第28話 世界一の配信者

「チッ!ジローマロの奴……」


 地下への出入口に目を向けながら、湖畔に佇んでいたサルマーロが、舌打ちをした。

 目にしたのは、気絶したジローマロを盾にするジュリヤだった。


「射抜かないで下さいよ!!ジローマロさんに当たりますよ!!」


「サルマーロ!!降参しなさい!!今なら往復ビンタで許してあげるから!!ちゃんと自首して秘密警察に成るなら、谷口もきっと許してくれるわぁ!!」


 指の関節をパキパキ鳴らしながら、準備運動万端のジュエリが続いて出て来た。


「ジュリヤ殿!!らゃむらゃむは何処でおざるか?!」


「さあ?カメレオンみたいに擬態してるんじゃないですかね!!」


「なるほど。背景を描いて、その後ろに隠れてるのでおざるな。あの能力なら可能でおざる」


 ジュリヤとジュエリは湖畔へと続く、一本道を歩きだした。

 二人の横の湖の水は、壁のように成って止まったままで有る。

 逃げ隠れは出来ないが、攻撃もし難いはずである。

 だが……


「〈殺霊箭サチヤ〉!」


「キャァ!」


「ねーチャン!」


 いきなり、ジュエリの腕から血が吹き出た。

 矢が真っ直ぐ飛んで来たなら、まず前のジローマロに当たるはずである。

 腕の傷からみても、明らかに別角度から矢は放たれていた。


「あまいでおざるよ!!ジュエリン殿!!喫茶店の事を思い出して欲しいでおざる!!マロの矢は、マロの方角から真っ直ぐ飛んで来るとは限らないでおざるよ!!」


「イッラッ!!面倒くさい能力ね……」


「もう一度射れば、ジローマロさんを横の湖に捨てますよ!!」


「分かったでおざる!!矢を放たない代わりに、湖畔に着いたらジローマロを返すでおざる。そこから再び交渉に入るでおざる!!」


 二人は湖畔に着くと、約束通りジローマロを解放した。

 二人はサルマーロと少し距離を置き、対面する。


「ジュエリン殿。ここならあのGメンは居ないでおざる。腹を割って本心を語ってほしいでおざる。まさか、あの莫大な宝を本当に諦めるつもりでおざるか?」


「仕方ないでしょ、谷口の物なんだし。日本なんか見捨てれば良いのにねえ……まあ、後でバースデープレゼントの分だけは、おねだりするけど」


「1700年前の人間でおざる。死んでて当然の人物でおざるよ。あやめても罪に成らないでおざる」


「馬鹿じゃない?駄目に決まってるでしょ!宝は諦めて帰りなさい!」


「そうはいかないでおざる。マロは世界征服の企みがバレたでおざる。あの男がどんな超能力を持っているか分からない以上、監禁も出来ないでおざる。あの男には、この世から消えてもらうしかないのでおざるよ。マロの仲間に成らないなら、ジュエリン殿も……」


「話長いわね。急いでるから、あと5秒ね!ごおー、よーん――」


「超能力者の世界はシビアでおざる。だから皆、隠しているのでおざるよ。正体を明かした相手は仲間にするか殺すかの二択なのでおざる。らゃむらゃむ!!聞こえているでおざるか?仲間に成らないなら、お前もだぞッ!!」


「――ゼロ!ハイ、時間切れ!交渉決裂ね。早く谷口を助けに行かないといけないから、容赦しないわよ」


「本当に残念でおざる。その能力……結界の鍵と成る十六歳の少女は、世界中を探せば見つかると思うでおざる。だが、その能力パストビューの超能力者は、もう現れないかもしれないでおざる。なぜ、マロの仲間に成らないのでおざるか?詰まらない正義感でおざるか?」


「別に正義感じゃないわよ。散々他人の事をゴミだのクズだの言って、自分が同じようなゴミクズ行為をしたらカッコ付かないじゃない。ちょっとだけ胸を張って生きて行きたいだけよ。まぁ、私も少しマシなだけのマメクズなんだけどさぁ。だわぁ」


「[50歩100歩]だよ!!50歩の散歩なんて、1カロリーしか消費しねえぞ。もっと歩けよ」


 ジュエリはツッコミを入れる弟に『アッチ行ってろ』の合図を送ると、すぐにサルマーロに向けて挑発の手招きをした。


「さあ、来なさい!お尻が赤くなるほど、ペンペンしてあげるわぁ!」


「せめて楽に殺してやるでおざる。〈殺霊箭サチヤ〉!!」


 サルマーロが叫ぶと同時に、ジュエリは右に避けた。

 だが、肩に鮮血が飛ぶ。


「〈殺霊箭〉!〈殺霊箭〉!」


 サルマーロとの間合いを詰めようとしても、見えない矢が連続に飛んで来てままならない。

 右に左に避けるが、見えない矢を完全に避ける事が出来ず、致命傷では無いが生傷は増える一方であった。


「不味いわぁ。せめて矢の出処でどころが分かれば……〈パストビュー〉」



 ◀ ◀ ◀


 矢が当たるジュエリ自身を見る。

 逆送りにして、そのままサルマーロの目にズームアップした。

 矢が放たれる直前に、眼球が矢の飛んで来る方向に動いている。


 ▶ ▶ ▶


「オッケッ!分かったわぁ」


「〈殺霊箭〉!〈殺霊箭〉!」


 急に矢が当たらなく成った。

 ジュエリは完全に飛ぶ方向を察知して避けだしたのである。


「なっ!どうして避けれるでおざる」


「アンタの目線を追ってるのよ」


 ジュエリはサルマーロの眼球の動きから、矢の飛んでくる方角を予測していた。

 だとしても近距離の見えない矢を、紙一重で避けているのである。

 とんでもない動体視力と反射神経だった。


「馬鹿な!コイツ、身体能力も超人でおざるか?」


「これは毎日鍛えて得た能力よ!!」


 ジュエリは矢を避けながらサルマーロにどんどん近づく。

 間合いが詰り、勝利を確信したジュエリだが……


「クソッ!〈狩武羅箭カブラヤ〉!!」


 __キュルキュルキュルキュルキュル――!!


「キャァ!!」


 急に大きな音が、ジュエリの耳を貫いた。

 突然の事で一瞬怯んでしまう。

 ジュエリは足に激痛を感じた。

 ステップを踏むように華麗に避けていた歩みが止まる。


「爆音を発する見えない矢でおざる。殺傷能力は落ちるでおざるが、足を怪我をしたなら俊敏な動きは鈍るでおざるよ。もう、マロの矢は避けられないでおざる」


 サルマーロが不適な笑みを浮かべる。

 ジュエリに少し焦りの表情が見られた。

 その時――


「ウギッ!!」


 サルマーロの後頭部に石が当たる。

 いつの間にかジュリヤが、サルマーロに近づいており、石を投げつけたのだ。


「サルマーロさーん!タイマンじゃないですよー!元々2対2なんだから、卑怯じゃないでしょ?」


「チッ!〈殺霊矢〉!!」


 サルマーロはジュリヤに向かって矢を放った。

 ジュリヤがスマホをサルマーロに向けて翳す。

 ただ、それだけだった……


「えっ?何故でおざる?」


 サルマーロは目を丸くした。

 ジュリヤが無傷だったのだ。

 スマホも割れていない。

 サルマーロに向けられたスマホ画面は、テレビ電話に成っていた。

 その画面に映っていたのは……


「サルマーロさーん!!ご報告が有るのぉー!らゃむらゃむは本日を持ちまして、事務所を辞めさせていただくのぉー!」


 画面に映った女性は、自分の化粧メイクを動かし、漫画みたいな滝の涙を流していた。

 涙の滝壺の中には、可愛い萌キャラが泳いでおり、『バイバイ』と手を降っている。


「らゃむらゃむ?!どういう事でおざる????」


 てっきり近くで隠れていると思っていた、羚羊れいよう誘夢ユムが、スマホに映っている。

 結界の中での通信は不可能だと思っていたサルマーロには、全く状況が理解出来なかった。


「イチコさんの能力は、霊的な力を送受信出来るんです。竜宮城でのらゃむらゃむさんの能力は、預かった色粉だけを僕が撒き、能力は通信で送られたものなんです。らゃむらゃむさんはずっと、イチコさんの自宅に居ました」


「イチコ?まさか、賽河原さいがわらいちこかッ?!」


 画面をよく見ると、ユムの後ろの汚い壁に穴が開いている。

 サルマーロの矢が貫いて出来たものだ。

 ジュリヤに放った霊的な矢も、スマホで受信者に送られたのである。

 スマホの画面は、ユムの隣に立つボブヘアーの女性に切り変わった。


「ごめんなさい……あなたとは仲間には成らない……ジュエリちゃんとの方が……おもしろそう……」


 内京大学サイキック研究会の部長、賽河原さいがわらいちこは、世界征服の仲間入りを、お断りした。

 勿論声が小さいので、サルマーロの耳には届いていない。


「アンタ。何、よそ見してんのよ?」


「ウキッ!しまった!」


 ジュリヤ達に気を取られてる間に、サルマーロは間合いを詰められていた。


「この距離なら矢は撃てないでしょ?」


 ジュエリは凍りつくような笑顔を、サルマーロに送った。


「ジュ、ジュエリン殿。宝は全部ジュエリン殿の物でどうでおざるか?ついでにマロの貯金の10億も付けるでおざる。それに超能力者集団の総長、新世界の女王様はジュエリン殿が成るべきだと、マロは思っているでおざるよ――」


「イッヤッ!!私は公務員にも、世界征服者にも成らないわぁ」


 ジュエリは思いっきり腰を捻り、足を振り上げた。


「私は世界一の配信者うぷぬしに成るのよぉぉぉぉおおお!!」


 __バゴォーン!!


「ウギィィィィィイイイ!!」


 全体重を乗せ、サルマーロの頭に飛び上がりハイキックをかました。

 サルマーロは顔を歪ませながら吹っ飛び、一発KOされる。


「ウギウギ五月蝿い猿だわぁ。暫く黙ってなさい!って、言うでしょ!」


「[去るもの追わず]だよ。猿、関係ねえし」


「とりあえず勝ったわね。後は――」


「ねーチャン!!」


 ジュリヤが背後を指しながら大声で叫んだ。

 見ると、湖に出来た道が消えていき、地下への入口が閉ざされて行く。


「ウッソッ!!どうして?」


「ねーチャン!霧も晴れて行くよ。結界が消える」


 ジュエリは慌てて湖に手を浸すが、霧はどんどん消えて行く。


「駄目だわぁ。一度結界が消えると、直ぐには発動しないんだわぁ」


「どうしよう!谷口さんが……」


「……」


 ジュエリは既に元に戻った湖を暫く眺めていたが、急に投げ捨てるように帽子を脱いだ。


「一か八か潜ってみるわぁ。絶対に谷口を助けてみせる!」



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