第3話 王子様


 クリストファーは驚いた。

 自分が王宮に行って帰っての時間は三時間程度だったはずだ。


 クリストファーの目の前には枝を広げ青々とした葉を揺らす一本の木。

 「咎人の村」の世界樹程大きくは無いが、どう見ても世界樹だった。


「お帰りなさい。今、村の人総出でスープを作ってるから出来次第こっちに持ってきますね。弱った身体には固形のものより柔らかいものの方が良いですからね」

「マリア、これは⋯⋯?」

「シロが村から持ってきた枝を地面に挿せって言うからやってみたらこんなんなりました」


 マリアはケラケラと笑い当のシロは犬のフリをして木の下で寛いでいる。


「マリア! 本物のマリアだ」

「あーっ! ゲルガー様フィール様ハイデン様、お元気してましたー?」


 旧友の再会に盛り上がる四人を眺めながら木の元へ立ちクリストファーはシロの頭を撫でた。


「クリストファー様、こちらをお飲みください」

「ありがとうアレ⋯⋯ン⋯⋯っうっ」


 アレンに差し出されたコップを手にしてクリストファーは顔を顰めた。

 薬湯茶⋯⋯「いや、大丈夫だ」と苦笑するとアレンは飲むまで引かない体でジッとクリストファーを見据える。


「お飲みください。動き通しでしょう? 小川の水を使った薬湯茶は疲れも傷も癒しますし、力が漲りますよ」

「村の水になんて効果が付加されているんだ⋯⋯」


 マリアと再会を楽しんでいた三人も薬湯茶を飲まされたのだろう「うあーっ」と叫び声を上げ「力が漲って来たー!」と騒いでいる。

 それを見たクリストファーが覚悟を決めて薬湯茶を飲み干すと満足気にアレンが頷き「口直しです」とクッキーを口に押し込んだ。


「良い王子になられましたね」

「私を、知っていたのか?」

「はい。私が貴族の令嬢を襲った罪で流された時、貴方だけが冤罪を疑ってくれました」


 クリストファーは貴族裁判では必ず貴族は無罪となり、平民の罪は全て有罪となっている事に不審を持った頃から裁判を見続けてきた。

 ただ、いくら王子とは言え発言力も説得力も無かったクリストファーには何も出来なかったのだが。


「私は何も出来なかった。今でも何も出来ないともどかしく感じているよ」

「貴方は何も出来なくはないですよ。「聖女」マリアを動かした。私を動かした。人を動かしたのです」


「ワッフ」とシロが吠えた。


⋯⋯ボクもだよ⋯⋯

「そうだな。クリストファー様は聖獣をも動かしました」

「⋯⋯ありがとう」


 まだ泣く時ではない。それなのに涙脆くなってしまっているとクリストファーは世界樹を見上げた。騒めく葉が微かに歪みギュッと両眼を閉じた。


「あれー? クリストファー様泣いてません?」

「クリス何泣いてんのさ」

「いや、泣いていいぞ薬湯茶は泣く程まずい」

「そうか? 俺は好きだな」


 マリアがケラケラ笑うと友人達も大笑いする。

 クリストファーは揶揄われるのは構わない。むしろ彼らに笑ってもらえるのは嬉しい。


 薬湯茶のお陰か頭はスッキリとし、身体が軽い。

 顔をパンッと叩きクリストファーは友人達と向き合った。

 

 みんな勝気な良い顔をしている。頼もしい仲間だとクリストファーは頷いた。


「避難所を設置する。ゲルガーは避難所のエリアを分けてくれ。フィール、怪我人の人数と程度の確認をしてくれ。ハイデン、動ける人達と一緒に毛布と薪を集めてくれ」


 「御意」と三人が笑顔で応えた。


「マリアはゲルガーが決めた場所を「聖女」の力で再生してくれ。アレンは村から小川の水を運んで薬湯茶を作ってくれ。大量にな。シロ⋯⋯は」

⋯⋯ボクは世界樹の枝を運ぶよ⋯⋯

「ああ、シロは世界樹の枝を避難所に植えてくれ」


 聖女と聖獣だけが植えられる世界樹は結界だ。世界樹の見守る一帯は魔を退けてくれる。


「私は⋯⋯」

「クリスは俺達をしっかり動かしてくれよ」


「⋯⋯ああ、みんな、すぐに取り掛かってくれ」


 王都は広い。野良状態になっている馬を見繕いそれぞれが持ち場へと散開して行った。


「私達も村へ行ってきます」

「私も⋯⋯行く」


 クリストファーはアレンとシロと共に魔法陣の描かれた前に立ち、どうか自分も「咎人の村」へ通してくれと祈った。

 「聖女」のゲートから村へは世界樹が認めたものしか通れないと聞いた。

 マリアはクリストファーは村に歓迎されていると言ったが、それはクリストファーが旅の間に傷付いていたからではないか。


 不安だった。クリストファーは王族だ。「咎人の村」は王族、貴族を良く思っていない。

 冤罪を押し付けた自分達を許すことはないのだ。


 クリストファーは微かに身体を震えさせていた。


「クリストファー様」


 アレンが腕をクリストファーの前へ突き出した。


 その手首には「咎人の烙印」が黒く刻まれている。マリアも消していなかったがアレンも同じく消していない。


「私達は冤罪でこの焼印を押されています。貴方が私達の冤罪を晴らしてくれると信じています」

「アレン⋯⋯必ず、晴らす」


 頷いたアレンが魔法陣に消えるとシロが続く。


 クリストファーはアレンとシロが消えた魔法陣に一歩を踏み入れた。


──どうか、私を村へ。


──────────


「クリストファー様、何をしてるんですか?」


 クリストファーの友人達は有能だった。

 王都を走り回り、避難所を東西南北に四ヶ所設置し、重傷者は中央公園に設置した仮の病院へ収容した。

 避難して来た人や街中の人達に薬湯茶とクッキーを配り、夕飯にはパンとスープを配った。

 人は暗闇に恐怖を持つと言う。集めた薪が炎を上げ避難所と病院を照らし、シロが植えた世界樹が結界を張った。


 こうして一仕事を終えた彼らはクリストファーの元へ帰って来て珍しい光景を目にしていた。


 三角巾を被り、誰に借りたのかエプロンをしたクリストファーの姿。

 大きな鍋からスープを掬いアレンに味見をさせて「お帰り」と迎えたのだ。


「何って、お前達の夕飯だ。今日は薬湯茶を飲むだけで朝も昼も取らず走り通しだったからな」

「村の人達が作ってくれましたよね?」

「あれは王都の人達の食事だ。村の人達には既に食事を届けた⋯⋯パンとこのスープだけだが⋯⋯」


 クリストファーは魔法陣で村へ跳び、王都の人達の食事を作っている村人達へお礼をして回った。

 村人達は憎いだろうクリストファーに笑顔を向け「なんてことない」と返してくれた。

 正式な御礼では無いが何かを返したくなったクリストファーはマリアに傷を治してもらっていた老婆に料理を教えて欲しいと頼み込んだのだ。


 クリストファーは料理などしたことが無い。剣は握っても包丁を握ったことが無い。切った野菜は大きさがバラバラだったが村人は喜んでくれた。


「味は大丈夫だ。アレンから合格点をもらったからな」


 自信あり気に掬われたスープとパンを手に友人達は火を囲む。

 パチパチと火の粉が舞う中での質素な食事だったがクリストファーの自信通り一流の料理人が作る食事に劣らない美味しさだった。


「今夜はそれぞれ避難所に付いて欲しいんだが良いだろうか」

「当たり前だ。俺は北の避難所に付こう」

「ゲルガーが北なら僕は東に行くよ」

「南は俺だな」

「私とアレンは病院ね。適任だもの」

⋯⋯ボクはクリストファーと西に行く⋯⋯


 スープを掬っていた三人の手が止まった。

 ゲルガーが北、フィールが東、ハイデンが南。残る西はクリストファーだけのはずだと。


「誰だ? 今の」

「僕じゃないよ僕は東だから」

「子供?」


 キョトン顔の三人の間をシロが何度も行き来し尻尾を当てまくっているが三人はキョロキョロと辺りを窺うばかり。


⋯⋯ゲルガー、フィール、ハイデンにもボクの声、聞こえる⋯⋯


「お前達も聞こえるのか。シロだ。シロは聖獣だ」

「シロも三人が気に入ったみたいね。あはは。シロってば結構人懐っこいじゃない」


 顔を見合わせた三人がシロをマジマジと見てガバッと抱きつくとワシャワシャと撫で回し、蕩けた表情でシロの首、背中、腹に顔を埋めては言葉なのか擬音なのか分からない声を上げた。


「かわいいなあ。本当かわいい」

「かわいいねえ。シロかわいい」

「かわいいよう。心底かわいい」


 撫でくりまわされたシロも満更では無いと三人に擦り寄り最後にはアレンに引き離されていた。



「それでは、みんな頼んだぞ」


 夕飯後にはゲルガーは北へフィールは東へハイデンは南へ。マリアとアレンは病院へと向かい、クリストファーとシロが残された。

 

 火の始末をしようとした背後から枝を踏み折る物音が聞こえクリストファーは咄嗟に腰の剣へと手を掛ける。

 神経を張り辺りを伺うが気のせいだったのかと手を緩めると「クリストファー様」と呼ばれ弾かれるように声の方向から距離を取った。


「誰だ」


 一人、二人⋯⋯もっと、居る。気配が多い。

 世界樹を背に立つとシロがクリストファーの前へ進み立ちはだかった。


 ガチャガチャと音を立て姿を現したのは体格の良い騎士達。シャルケ王国騎士団と魔導士達だ。

 魔物が去って一週間経つというのに全員、泥で汚れ、血に汚れてボロボロだった。


「クリストファー様、ご帰還、お待ちしておりました」

「ライオス騎士団長⋯⋯」


 一週間、国を放っていた事を咎められるのか。クリストファーは身体を強張らせ彼らに対峙する。

 睨みは作れているだろうか。


 クリストファーが考えられた中でこうするしか無かった。

 国は「聖女」と「貴族」だけしか守らなかった。

 魔物が去った後も国民の救済に動かなかった。いや、「動いているつもり」なのだ。

 国と国の「聖女」が国民を救済しないのなら「聖女」に願うしか無いと「咎人の村」を目指した。

 一人で出たのは王宮で自分が一番、扱いが低いからだ。

 「聖女」ライラとの婚約解消以降、王族と貴族はクリストファーを軽視し侮蔑していたのだから。


 だからと言って一週間、姿を眩ませて良いとは思ってもいない。

 自分は罵られ、蔑視されても構わない。だが、街を再生してから。それからならいくらでも受けてやるとクリストファーは表情を強張らせる。


「息子から、ゲルガーから聞きました。聞いてから貴方様を軽んじていた自分を悔やむとは何と愚かだと。御前に参上するのは厚かましいのですが⋯⋯」


 ガチャガチャと鎧が擦れる波が立つ。


「殿下! 我々も働かせて下さい。

国民を守らなかった、騎士失格だと罵られても構いません。償いの機会をお与えください」


 ライオスは自分達も傷ついているだろう身体を屈めクリストファーの前にかしずいた。

 騎士団と魔導士は国民を守らなかった。王宮と貴族街を守らされ命を捧げさせられた。

 彼らの本心では無かったが、街を見捨てた。


 彼らも苦しんだ。「罪」だと後悔している。


「償うのは私もだ。だが、償いで国民を助けるのではない。私は守りたいのだ⋯⋯私にその力がないのが悔しいがな」

「僭越ながら、一人の力で出来ないのであれば人の力を借りるのも手段です。

クリストファー様はそれがやれるお方です」


 立ち上がったライオスがスラリと剣を抜き、それに倣って騎士達も剣を抜く。


「シャルケ王国騎士団と魔導士はクリストファー王子に忠誠を誓う」


 ライオスの宣言に騎士達は胸の前で垂直に剣を翳し、突き上げた後、半回転させ地に突き刺す。

 魔導士達は左胸、心臓辺りに右手を当て膝をつく。

 一連の動作は「忠誠の宣誓」と呼ばれるものだった。

 騎士として魔導士として忠誠を誓ってくれた彼らには「ありがとう」ではないとクリストファーは言葉を選ぶ。


「宜しく頼む」


 ライオスは少しだけ逞しくなった王子に不敵な笑みを見せた。

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