第4話

 白と青の世界の先、深緑に彩られた扉を潜った少女たちがまず目にしたのは、一面に実った黄金の稲穂たちだった。


 風に乗せられた自然の香りに、澄んだ空気は闇夜やみよの月を歪ませることなく魅せている。

 自然豊かな平地世界の中央には、丈の高い菌糸類が蔓延はびこる森林があり、暗色の多い世界にも関わらず彩りが失われている様子は無かった。


 舗装ほそうもなにもされていない野道を歩く少女たち三人は、風に揺れる稲穂の海を通り過ぎ、森林の奥へと入っていく。

 森の中は以外にも月明かりに照らされ、光は獣道けものみちを辿るように降り注いでいた。

 道無き森林には、世界中のきのこを集めたと思わされるほど様々な種類が生えており、派手な色彩のきのこは彼女たちに取って欲しいと魅力で訴えかけていた。


「見るからに危ないものがいっぱいですね」

「そうだねー。ダメだよー、紅音あかねちゃん。綺麗だからって手に取ったりしちゃ――」

「お母様! これめっっっちゃ綺麗なのじゃ、あかいのじゃ!」


 騒ぐ紅音あかねの様子を見た二人は、小さく息をこぼしお互いの顔を見合わせる。


 この世界に来るまで半死半生となっていた紅音あかねが、嬉々として掴み取っていたのは彼女の言う通り赤いきのこ

 紅玉ルビーに似た赤みを持つ傘は、月光を浴びせると透明感が加わり宝石の加工品と間違えるほど、質感が類似していた。

 しかし柄の部分は生々しい白さを持っており、傘部分の気品とは裏腹に気味の悪さを感じさせる。


「いやそれって、絶対にヤバイやつですよね」

紅音あかねちゃん、ストップ、ストーーップ!」

「大丈夫じゃって、何せ紅音あかねちゃんは天っ才。ジーニアスじゃからな」


 海夢みみとかぐやの静止はむなしく聞き流され、意気揚々と駆け寄る紅音あかね

 その歩幅は段々と小さくなり、比例して手に持っていたきのこが大きく見える程になっていく。


「……ほえー。お母様とかぐやちゃん、急に大きくなったのー」

「わたしたちが大きくなったんじゃなくて、紅音あかねちゃんが小さくなったんだよ」

「うわわわわ、どうしよう。かぐやちゃんのタルト探ししてる場合じゃないよ!」

「落ち着いてお母さん。こういうときは――」


 右往左往する海夢みみに、やや慌て気味だが行動に移そうとするかぐや。

 今の自分の状態を理解できていない紅音あかねは、呆然と自分の体をパタパタと確認してため息をつく。


「何も変わってないのじゃ」

「姉さん? 見ないうちに縮んだね」


 月明かりに影が射し、夜のごとき静かな男性の声が聞こえてくる。

 深緑の二本の尻尾に和服に似た黒衣こくいをはためかせ、被ったお面から黄色の瞳を覗かせる少年は、背の縮んだ紅音の姿を見て首をかしげる。


 その様相は森に迷いこんだ人々を誘う妖狐ようこであり、頭と腰から生える狐の部位からして人間ではないことは明らかだった。


「おお、稲夜とうやくんなのじゃ。おはしろーなのじゃ」

「あっ、稲夜とうやくん! 紅音あかねちゃんがちっこくなっちゃったんだけど、何とかならない!?」

「えっ、あーうーん。そうだなあ……、この辺りのきのこを試せば元に戻るんじゃないかな」


 剣幕に迫る海夢みみに気圧され、深緑の少年――稲月いなつき稲夜とうやはあやふやな答えを口にする。


「いや待てよ。ちっこい紅音ちゃんもかわいいから、それはそれで良いんじゃないかな」

「紅音ちゃんは縮むより成長したいのぉ」


 さんざん考えを巡らせて唸っていた海夢みみだったが、ついには現状を受け入れることも視野に入れ始め、幼少期とも言えるぐらいの紅音あかねを抱き締める。

 抱き抱えられた猫のように抵抗しない紅音あかねは、海夢みみに遊ばれながらも周囲のきのこを見回すが、手がかりのない状態では検討もつかず断念する。


「そもそもどうして三人がここに?」

「えっと、わたしの作ったタルトが無くなったのは足が生えたからだって、お母さんと紅音ちゃんが言って。それで来たんです」

「……どういうこと?」


 三人が森の中にいる理由をかぐやへと尋ねた稲夜とうやだが、詳しい経緯を聞いてもなお疑問が解かれることはなかった。

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