第3話 メイドと普段着。
「えっと、やっぱりそれで行くの?」
「はい、ご主人様と出かけるのであればこれかと。メイドの着装、立ち居振る舞いはご主人様の評価にもつながるので」
高校入学して最初の休日。約束していた陽菜の服を買いに出かけることになった。
陽菜の服装はいつものメイド服。
陽菜にとっては正装であり普段着だが、世間的に見ればただのコスプレだ。
そう、コスプレに見えるから、雇用関係がバレるということは考えにくい。だから特に不都合自体はない。
でもコスプレに見えてしまうということを、陽菜はどう思うのだろう。
「ジャージで良いよ、服買ったらそれに着替えてもらうし」
「仕事において手抜きはしたくないので、これで行かせていただきます」
「変なところで強情だな」
これ以上の説得は意味をなさないと判断、諦めることにする。
家を出てしばらく歩けば、大きなショッピングセンターがある。学校以外で陽菜と一緒に外を歩くのは初めてだ。
うららかな日差しが眠気を誘う。はぁ、良い天気。ベッドで眠りたい。春休みのだらけきった生活はまだ抜けていないようだ。
早朝に運動する習慣だけは途切れさせず、それが終わったらソファーでひたすらだらける、我ながらよくわからない生活だ。
服屋に着き、店を見回し、僕は途方に暮れてしまった。
女の子にどんな服が喜ばれるのかがわからない。
「陽菜ってどんな服が好み?」
「動きやすい服ですね」
「デザインは?」
「特には」
参考にならない。
「ご主人様の趣味に合わせるとのことでしたので、お任せしますよ」
僕の趣味か……。
どれにしよう。
今のメイド服もかなり僕にはストライクなのだが。うーん。
陽菜に合いそうな服を探して、店の奥へと進んでいく。
「あれ、日暮君と朝野さん。私のこと覚えてくれてる? クラスメイトの布良夏樹だよ」
後ろを振り向くと、布良さんがそれはもう、不思議そうな目で陽菜の事を眺めていた。
「コスプレ?」
わずかに陽菜の表情が凍り付いたのを、僕は見逃さなかった。
「ふむふむ、なるほど、素材が良いから何着ても似合っちゃうね」
試着室の前、布良さんが次々と色々な服を着せては楽しそうに眺めている。
陽菜はというとされるがままだ。コスプレが趣味な陽菜のために、普通の服を何着か用意したいという話を、あっさりと信じてしまった布良さんの着せ替え人形と化している。
ちなみに俺が趣味で選んだのは黒のワンピースだ。それはもうよく似合った。
これからの季節にはちょうど良いとも思うし、陽菜の動きやすいという要望にも、ピッタリだ。
「相馬君、三つ程度組み合わせがあれば十分と判断しましたので会計をしてきます」
「了解」
そう言って財布を取り出すと、陽菜が手で制する。
「いえ、相馬君が私の普段の格好がどういった目で見られるのかを、危惧してくださっていたのがよくわかったので。コスプレですか……」
そんなにショックだったのか。顔には出さないがなんとなくそうなのだろうと思う。
そりゃまぁ仕事に対する思い入れが強いだろうから、ショックを受けるのもなんとなくだがわかる。
会計に向かう陽菜を眺めていると、隣に布良さんがやって来る。
「さすが幼馴染、仲良しさんだね。休日も一緒なんだ」
「まぁ、そうだね」
「相馬君の服のチョイス良いね、私もあれが一番似合うと思ったよ」
陽菜が戻ってきて、そのまま一緒に昼食を取ることにする。
近くにあったハンバーガーショップは昼時が過ぎた時間だからだろう、席が簡単に確保できた。
「布良さんっておしゃれですね。スタイルも良いですし」
陽菜が珍しく話題を振る。
あまりじっくり見る余裕が無かったが、確かに布良さんの格好は派手すぎず地味すぎず、丁度よくまとまっている印象だ。
ロングスカートに白のTシャツ。ジージャン。春らしい装いとも言える。
「朝野さんこそ、メイド服もその服もとても似合っているね」
「ありがとございます。しかしこの服、何かスースーして慣れませんね」
陽菜は今、メイド服から俺が選んだ黒のワンピースに着替えている。陽菜が自分で選んだようで、勧めた僕としては嬉しい。
「朝野さん、あまりそういう服は着ないの?」
「はい、基本的には」
「いつもメイド服?」
「いえ、ジャージの方が多かったです」
「そうなんだ」
さらりと普段もよくメイド服を着ているという発言を、流しているのに気づいていないのか。
「そういえば二人とも、来週テストあるって覚えている?」
「えぇ、存じております」
「えっ、そうなの?」
まだ授業始まってもいないのにテストするのか。
「春休みの宿題から出るそうですので問題ないでしょう」
陽菜はそう言うが、早めに終わらせてしまったために内容なんて覚えていない。
「大丈夫だよ、まだ一日あるし。どうにかなるよ」
……最初のテストでは躓きたくないな。
うん。頑張るか。
「陽菜、僕は帰って勉強する」
「そうですか、わかりました。私も一緒に帰ります」
「二人とも頑張ろうね」
そして家に帰り、春休みの宿題を引っ張り出す。さて、やるか。
「ご主人様、夕飯は出来上がりましたが、どうされますか?」
「……先に食べます」
夕飯を食べ改めて。さて、やるか。
テキストを開きとりあえず自分がやった問題を見る。
ん? これ、中学の頃にやったやつじゃん。
「ご主人様、コーヒーをお持ちしました」
「うん、ありがとう」
よくよく考えればわかることで、別に慌てる必要なんて無かった。僕は何を慌てていたのだろうか。
この範囲の勉強とか受験の時に徹底的にやったとこじゃねぇか。
「ご主人様、お休みになられるのですか」
「うん、中学の頃にやった範囲だったからもういいかなと」
そう言うと、陽菜はテーブルの上に置かれていたテキストの後半の方を開く。
「ここら辺の範囲、かなりの間違いがあるようですが、一応名目は高校の予習です」
「そうなの?」
「はい、おそらく来週の授業でやる範囲かと。ただ先生は、テストに出すとおっしゃっていました」
「まじで?」
「はい」
全教科その範囲あるのだが。いや、でもほとんどが中学の範囲から出るだろうしそこを着実に取れば赤点は逃れられるはず。
「私も至らずながら、解説の方はさせていただきますが、どうされますか?」
陽菜の言葉。悩む。楽はしたいけど陽菜の提案を無下にするのも申し訳ない。
「やります」
陽菜との深夜にまで及ぶ勉強のおかげで、結構良い点が取れた。
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