クラスメイトなメイド

神無桂花

初めましてご主人様。あなたのメイド、朝野陽菜です。

第1話 我が家にメイドがやって来ました。

 「えっ、何? 今日からメイドを雇うって?」

『そう。今日からメイドが来ることになっている』


 電話口から聞こえるのは現在海外出張中の父親の声だ。久しぶりに聞いた声が、突拍子も無い事を言っているのだ。

 正直、頭が理解するのを拒否している。


「一人暮らしも慣れてきたから、困ってないよ別に」

『そうは言ってもなぁ、心配だからなぁ。もうすぐ高校始まるだろ? 入学式行けなくて悪いなぁ』

「それは別に良いけどさ。メイドって? 家政婦とかじゃなくて?」

『あぁ。メイドだ。メイド派出所から来る、ちゃんとしたメイドさん』

「なんだそりゃ。いつ来るの?」

『そろそろじゃないか? おっと電話だ、詳しいことはその子に聞け』


 それだけ言って電話は切れた。それを見計らっていたようにインターホンが鳴る。

 いやまさか……また鳴った。一応出るか。


「はい! 今出ます」


 慌てて鍵を開けて、扉を開く。

 そこにいたのは絵に描いたようなメイド服に身を包んだ、肩まで伸びた黒髪の女の子だった。


「初めましてご主人様。私は本日よりこちらで務めさせていただくことになりました、朝野陽菜です。以後よろしくお願いします」


 淡々と自己紹介したその子は、素人目にもわかるくらい洗練されたお辞儀をした。



 

 「まずは契約内容の確認ですが、本当に旦那様から何も聞いていないのですか?」

「さっき、君が来ると聞いた」


 所変わりリビング、朝野さんは一枚の紙を取り出す。


「読みあげます。『住み込みで息子の面倒を見て頂戴、よろしくぅ』とのことです」

「……それは?」

「依頼書です。早速ですが、とりあえず荷物を置ける場所と寝る場所を割り振っていただけますか? その様子だと部屋などは用意していないと思われますので、床が寝床でも構いません」

「えっと、部屋はありますよ。客間で良いですか?」


 一人で暮らすには広い、この一軒家だから。突然泊まりに来た人にも貸せる部屋はある。

 感情が感じられない表情。良いのか悪いのかがさっぱりだが、彼女は控えめに頭を下げた。


「ありがとうございます。ご主人様」

「そのご主人様って呼び方……」

「何か?」

「いや、あー。申し遅れました。僕は日暮相馬です」

「存じております。雇い主の旦那様、この家の現在の主のご主人様。呼び方に関して何かご要望でもありますか?」

「それじゃあ、相馬と呼んでください」


 そう言うと少しだけ考えているように見える。はっきり言って、表情が欠片も変わらないから、わからない。


「そうですね、外では相馬様……相馬さん……少々考えさせていただきます」

「あぁ、うん。そうして頂けると助かります」

「敬語はやめてください。私は従者です」


 そう言って一礼。部屋を出て、きっちりと一分後、戻ってくる。


「あれ、場所教えてない……よね?」

「旦那様から間取りの情報はいただいておりますので。では早速、仕事に入らせてもらいます。とは言いましても、今からですと、夕食の準備となりますが。何かご希望はございますか?」

「思いつかないから任せて良いかな?」

「かしこまりました」


 そう言って足音も立てずに台所に消える。


「はぁ」


 落ち着かない。

 突然現れたメイドを名乗る女の子。

 この日本において、メイドと呼ばれる職業が、メイド喫茶のメイドさん以外にもあることに驚いた。

 それに服装だ。短めなスカートで少し露出多めな、最近のアニメなどでよく見るタイプのメイド服だ。見た目も確かに顔立ちは整っているのだが……。


「せめてもう少し愛想良くしてくれればありがたいのだが」

「申し訳ありません。メイド長より、笑顔が壊滅的に下手くそだと言われたもので」

「うわっ! ビックリした」


 いつの間に後ろに立っていた朝野さんは、買い物袋を手にぶら下げている。


「夕飯の買い出しに行って参ります。15分ほどで戻ります。旦那様の方から一ヶ月分のお仕事で使う予算は受け取っているので、ご安心ください」


 そう言って出ていく朝野さん。

 ぼんやりと足音を聞き流す。

 ぴったり15分、時報でも聴いていたかのような正確さだ。

 開いた扉から覗く姿はメイド服のままだ。


「その格好で行ったの?」

「はい」


 何がおかしいと言わんばかりの返答に、どう答えればいいのかわからず何も言わずにいると、「失礼します」 と言って朝野さんは去って行った。

 


 

 それからの三日間、どこか埃っぽかった家は綺麗になり、洗濯物が畳まれない、なんて事態は収束し、美味しく健康的な食生活を送ることができた。

 男女ということでやりづらいことはあるが、それはこっちが一方的に感じているだけのものだろう……か?


「凄いね」

「何がですか?」

「いや、上手く言えないけど、家事ができる偉大さを感じている」

「お褒め頂き、ありがとうございます。私が培ってきたものを、堪能していただけると、幸いです」


 生活するための最低限の技術。それ故に、磨けば生活がかなり豊かになると、たったの三日で実感した。


「僕にもできるかな」

「誰にでもできることです。ご主人様に関しては、私がいる限り、覚える必要はありませんが」


 淡々とそう言われる。

 陽菜の表情が変わらないために、何を考えているのか読み取れない。

 入学式当日、真新しい制服に着替えて玄関へと向かう。学ランのフォックを締めるか迷うが、首元が苦しいので結局開けたまま。

 少し肌寒い朝。制服を着こめば寒くもなく暑くもなく丁度良い。


「お待ちしておりました」


 玄関には陽菜が立っていた、僕の通う高校の制服を着て。


「学校で雇用関係が知れ渡ると不都合があると思いますので、日暮君と呼ばせていただくことを、ご了承ください」

「えっと……何しているの?」

「ご主人様の入学する高校、私も通わさせていただくことになりました。今日から同じ学年です。よろしくお願いします」

「そう、なんだ」


 ヤバい、顔が引きつって来た。マジか……。


「? 一応、お渡しした書類にも記載してあったと思いますが」

「すいません。見ていません」

「いえ、こちらこそ、確認不足で」


 あぁ、どうしようか。これから。 


「ご安心ください、雇用関係については学校で漏らすようなことはありません。守秘義務がありますので」


 戸惑う僕に陽菜はそう言って玄関の扉に手をかける。


「遅刻してしまいますので、そろそろ行きましょう」


 こうして僕の高校生活がスタートした。

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