【ためらい電話】

【ためらい電話でんわ


見知らぬ街の外れにある

寂れた喫茶店

流れ者には不釣り合いの

コジャレたドアの横


静かに佇む

ピンク色した公衆電話


なけなしの小銭を取り出し

そいつを握りしめ

俺は六年ぶりに実家へ電話を掛けた

受話器の向こうで

おふくろの「もしもし」という声がした


父ちゃん母ちゃん

本当にごめんな

俺はいまこんなだけど

いつも二人の幸せ願っています

父ちゃん母ちゃん

本当にごめんな

俺は何も言わずに

そっと

受話器を置いた



生まれた街によく似た景色

かすんでく思い出

夕暮れ時にみんなでいった

ボロっちい銭湯


確かにあった

ピンク色した公衆電話


あの時の風はもうない

あの頃の俺はもうどこにもいない


兄ちゃん姉ちゃん

本当にごめんな

俺はいまこんなだけど

いつもみんなの幸せ願っています

兄ちゃん姉ちゃん

本当にごめんな

俺はダイヤル回さず

そっと

受話器を置いた



生まれた街

育った家

俺を包むぬくもり

全てがたまらなく嫌だった


夢に破れ

人に破れ

自分に破れた



父ちゃん母ちゃん

本当にごめんな

俺はいまこんなだけど

いつも二人の幸せ願っています

父ちゃん母ちゃん

本当にごめんな

俺はそう呟いて

そっと

受話器を取った


受話器の向こうで

おふくろの「もしもし」という声がした

俺は震えるくちびるを噛みしめ

静かに「もしもし」と返した


あの頃の俺はまだにいた

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