氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

転生編

1.転生前

世の中は弱者にとって不利である。

弱肉強食。

悔しいがそれは今の日本にでも言えるだろう。

そしてここにも。


「おまえなぁ…三野のくせに生意気なんだよ!」


(そんなこと言われても…)


少年、三野真龍みのまたつはいわゆるいじめられっ子である。


「へっ、真龍ってかっちょいい名前持ってるのに本性は弱いんだな。反撃してみろよ!なぁ、ま・た・つ・さ・んよぉ!」


と怒鳴られながら蹴られようとされたその時、女子の大声が割入ってきた。


「こらぁ!まっくんに何してるんだぁ!」  

ぴた、といじめっ子の動きが止まった。


深色みいろ…。」


突然乱入してきた弓を背負い、手には矢を持っている少女は小野原深色おのはらみいろ


弓道部所属全国一位。男顔負けの根気の強さと冷静さを持ち合わせている最強の弓引きである。

真龍とは幼馴染同士である。


「げっ、小野原…。」


いじめっこは顔をしかめると、霧散するように逃げていった。

彼らを追い払うように深色はぶんぶん矢を振り回す。


「もうこっち来るな!この矢、あんた達にぶっ刺すから!」


それはやめようよ、と言いたいが苦しくて言えない。

(やばい……。悪化してる…。)

真龍はそう、直感した

深色は彼らが完全に見えなくなってから


「まっくん!」


と叫びながら走り寄ってきた。

あちこち殴られ、ぼろぼろの真龍は深色に助け起こされた。


「みぃー…。ありがと…。」

「いいのっ!まったく、あいつら、まっくんのことをなーんにも知らないくせに!偉そうに!」


真龍は怒っている深色を落ち着かせた。


「落ち着いてくれ。みぃー。…僕が…。原因不明の心臓病って言うことを隠しているのは…僕自身なんだ。」


深色は悲しいと憤慨が入り混じった顔をしている。

そんな顔の深色を見るとどこか遠いところに行きたくなる。 

女の子に守ってもらうなんて、馬鹿馬鹿すぎるから早く深色の居ないところに行きたいのだ。

そう思うと自然と口から声が出た。


「僕…。屋上行きたいな…。」


深色は真龍を見た。


「…分かった。まっくんが行きたいなら、行こ。」


深色は真龍を、じっと見ている。

真龍は深色を見る。


(ごめん、みぃ。君みたいな子が僕のそばにいてはいけない気がするんだ…。)


きれいな顔。すっと通った鼻筋。桜色の唇。

全てが完璧で、教師にも一目置かれている存在。


一生懸命真龍の体を支える深色がなんだか看護師に見えて真龍は笑みと同時に言った。


「みぃ…。僕…死にたくないな…。」

「私もだよ!まっくんを死なせなくない!」

「…うん。」


死にたくない、とは言ったがやはり痛みには耐えられない。

疲れ切った。胸の痛みにも。外的な痛みにも。

そして深色達は放課後にしては賑やかな校舎内を歩く。

はぁ。はぁ。

真龍は胸が締め付けられる感覚がし、呻く。


「ぐっ…」


冷たい汗が流れる。

深色は泣きそうに真龍を見る。


「まっくん…。もうすぐだよ。もうすぐだよ。まっくん、頑張って…。」


真龍の中に保健室に行くという選択肢がないことを深色はよく知っている。

しかし、深色は保健室を素通りする時、足を止めた。

どうしても思ってしまうらしい。 

ここに行けば、真龍を助けられると。

だが、真龍の病気は治らない可能性のほうが高い。

もし助かるにはドナーが必要なのだ。

そのドナーがタイミング良く現れてくることなど、ないに等しい。

そして二人は階段を登り始める。

一段一段、ゆっくり階段を登っていく。

そして、屋上についた。

深色は部活があるため真龍を大きなオブジェの影に移動させてから


「すぐ来るから!」


と言い残し、弓道場に戻っていった。

深色がいなくなったと同時に真龍は胸を掴むように抑え、フラフラする上半身を地面に横たえた。


「ぐっ…はぁ、はぁ、も…だめ…か…。」


次第に激しくなる痛み。

その痛みに己の寿命の無さを知った。

真龍は震える手でポケットからくしゃくしゃな紙を出し、胸ポケットに挿してあったボールペンを取り出し、こう、書いた。

『みぃーへ。大好きだった。もう、苦しかったけど、みぃだけが心の支えだった。ありがとう。真龍。』

歪んでいく字。もう、自分でも読めない。

真龍はどんどん意識が消えていくのを感じた。


「…みぃ…。」


真龍は深色を想う。口もとに笑みが浮かんだ。

そして、真龍の意識は完全に消滅した。



「はぁ、はぁ、はぁ…。まっくん…」


深色は真龍のもとへ向かっていた。 

部活を早退し慌てて屋上へ駆け上がる。


「まっくん!」 


と叫びながら屋上に着く。

オブジェの方を見ると、オブジェによりかかり、力無く目を閉じている真龍がいた。


「まっくん?!まっくん!」 


深色は悲鳴のような絶叫を上げながら真龍の元へ向かう。

もちろん、その声は校庭まで聞こえていた。


「まっくん、しっかりして!まっくん!まっくん!やだ…やだよぉ!」


深色は泣きじゃくりながら心肺蘇生を始める。


「お願い…。まっくん…お願いだよぉ…。目を開けてよぉ…まっくん!」 


そうこうしているうちに先生がたくさん走ってきた。

ある先生はAEDを持って。


「小野原!どけろ!」


そしてAEDのパッドを真龍の右肩、左腰にそれぞれ貼り、スイッチを入れる。

ばん!という音がし、真龍の体が跳ね上がるように震えた。

先生が心肺蘇生を始める。

野次馬のように集まってきた生徒達。その中にはあのいじめっ子がいた。

目を見開き、唖然としている。

その表情に深色は怒りを覚える。


(こいつらが居なかったら…。まっくんは長生きしたかもしれない…。)


そう思った。

深色はふらふら、といじめっ子のもとへ向かい、

思いっきり殴る。


「がっ!!なにすん…」


深色はいじめっ子の襟元を掴み、叫ぶ。


「なにすんだじゃない!あんたらよ。あんたらがまっくんを殺したのよ!あんたらがいじめなんてもんをしたからまっくんの寿命が縮んだのよ!まっくんはねぇ、原因不明の心臓病なのよ!まっくんはあんたらの生活が乱されるから、ってことで黙っていたのに…。まっくんがなんであんたらのせいで死ななきゃならないのよ!あんたらのせいだ…あんたらのせいだ!」


深色は取り乱しながら叫ぶ。

そして殴ろうを手を握りしめ、振りかざしたその瞬間、目を横に滑らせる。

そして深色は視線の隅になにか奇妙なものを持った生徒を見たのだ。

その野次馬の中に目を怖ばらせながら録画している生徒がいた。

深色の怒りの矛先は完全にその生徒になった。


「ちょっと。何撮ってんのよ。」


殴ろうと手を握るその時、


「がはっ!」


心肺蘇生している先生達の方から詰まった息を吐き出すような声が聞こえた。

深色は勢いよく振り返る。

深色の怒りはいつの間にかさっぱりと消え去っていた。


「まっくん!」


息を始めた真龍に深色は走りよる。 


「みぃ…。」


がはがは、と血を吐きながら深色を見る。


「まっくん…血…。大丈夫?」


しかし、真龍はこれに答えることなく笑う。


「みぃ…。また…話せた…ね…。」

「まっくん…。」


真龍は死に際にも関わらず、落ち着いた声をその青ざめた唇から漏らした。

深色は滲み始めた涙を頭を軽く降ることで振り払う。


「僕は…もう…言い残すことなんて、ないし…、心残りなんて…ない…。だけどね、僕、もう一回…見たかった事が…あるんだ……。」


真龍はうっすらと笑い、掠れていく声で伝えた。


「みぃの…笑顔と、優勝トロフィー……。もう一回見たかった………。」


深色は目を見開く。

深色の笑顔と優勝トロフィー。

真龍はそれだけを望んでいるのだ。

深色は真龍に泣きながら無理に笑顔を作った。

真龍は優しく笑った。

そしてふぅー……。と長く息を吐く。

そして真龍は深色の手に全力を振り絞り 自分の手を乗せる。


「はは…。…ありがと…最後に…みぃと……話せ…て…笑顔を見れて…よかっ…た…。あり…が………」


最後まで言うことなく真龍はことん、と首を倒す。手から力が抜ける。

深色含めそこにいる全員が確信した。

もう、だめだ。と。


「まっくん…。優しすぎるよ…。酷いよ…。う、うぅ…。」


ポタポタと涙を落とす深色。

そこに丁度救急車が来た。

ピーポーピーポーとサイレンが鳴っている。

そして救急救命士が走ってくる。

そのうちの一人が真龍の脈を確かめる。

仲間に向かって首を横に振る。

今度は救急救命士により心肺蘇生が開始される。

しかし、真龍は笑顔のまま心臓を動かすことはなかった。

深色は真龍の遺言を守ろうと思った。でも…。 

(無理だ。こいつらがまっくんを殺したんだ。だから、だから…わたしが落とし前をつけてやる。)

そう、心に誓った。

私の愛する人を…殺したのだから当たり前でしょ?






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