第3話 エンジェル・ガブリエル


 緊急事態に看護師さん達によって少女の治療を邪魔される訳にはいかない。

 しかし先程まで昏睡状態であった少女はゆっくりと瞼を開けた。 

 エンジェルがにこりと微笑むと。ドアを開かせないようにピエロが邪魔をしている。



 看護師達は扉が開かないのでパニックしていると。

 エンジェルが眉間に皺を寄せて。

 じっくりと意識しているようだ。


 どうやら心臓を作り変えているようだ。

 エンジェルの能力は細胞を操作したりミクロ単位で動かしているそうだ。


 

 少女がぜいぜいと息を荒げる。

 エンジェルが瞳を大きく開くと。

 少女の体に衝撃波のようなものが振動した。

 少女はゆっくりと目を開けると。 

 地面に足を付けた。

 

 

「う、うそ」



 少女は驚きの声を上げている。

 エンジェルがグッドポーズをしていると。こくりと少女も頷く。



「では部外者はここを立ち去ろうか」

「そうね、それが一番だわ」



「お姉ちゃんありがとう」


「気にしなくていいのよ、お礼なら命を賭けた父親にする事よ」

「うん」


 エンジェルとピエロが扉の前に到達すると。

 するりと向こうの扉の人と入れ替わる事に。

 そこには8名くらいの看護師がおり。

 一瞬にして8名が病室に入るというパニック。


 反対側にはピエロとエンジェルがいて2人は笑いながらいなくなった。


 次の日には奇跡が起きたという情報が流れ。

 1人の少女の心臓が生まれ変わったという報道に沢山の人々が喜びの声を上げたほどだ。



 その頃にピエロとエンジェルはカフェランチをしていた。

 現在のエンジェルは天使のような仮面を付けていない。

 桃色のような柔らかい髪の毛をふわりとしている。


 一方でピエロのほうは仮面を付けている。

 今日はひょっとこの仮面であった。


 仮面を付けていようと、口や鼻があるのでコーヒーを楽しむ事は出来る。

 エンジェルはカフェオレの冷たい飲み物をゆっくりと飲んでいる。


「いつも君はカフェオレだね」

「甘いからとても飲みやすいの」

「僕は暖かいブラックが好きだけね」

「あんな苦いコーヒーを美味しいと言って飲むあなたは相当やばい」

「全国のブラック好きを敵に回したぞ」

「いいもんね、うちには全国のカフェオレ好きがいるんだから」


 2人は爆笑していた。


「そにしても思い出すな、2人で病院から脱出した後。色々あったよな」

「そうね、色々ありすぎておかしくなったけどね」

「それは言えている。あの後わたくし達は」

「そうね、思い出したくないけど」





 ====過去====


 ピエロと名乗り本名を捨てた少年が背負っているガリガリに痩せたエンジェルのふたりは病院の外に出た。

 

 病院の外に出るのに殺害した看護師は20名を超えた。

 次から次へとやってくる看護師を片っ端から殺すのは気が引けたが。

 嫌だという気持ちを認識出来なくなっていた。


 病院の外は繁華街とスラム街に分かれていた。 

 繁華街ではホストクラブやキャバクラや風俗店など、本屋や服屋もあるくらいであった。

 多種多様なお店はお金を持っていないと楽しめない作りとなっていた。


 

 そしてスラム街では沢山の子供、大人、老人が彷徨っていた。

 繁華街で出た生ごみ等を運んでくるゴミ収集車があり。

 近くを通ると、沢山のスラムの住民がゴミ漁りを始める。


 そうやって人々は食料を手に入れて行く。

 中には沢山の人々に踏まれて息絶える子供もいたりする。


 その地獄に2人は到達していたのだが。


 1人のお兄さんが話しかけてくれたのだ。


「君達さ、どうしたの? あの病院から逃げて来たんだね、そうだ、これ食べなよ、俺はラックスって名前だ。君達は?」

「ピエロだ」

「エンジェルよ」


「すごい名前だね」



 ラックスはいつもにへらと笑っていた。

 ピエロとエンジェルが高校生くらいだとしたら。ラックスは大学生くらいだった。

 ラックスはいつもパンの欠片を持ってきてくれる。

 ピエロはエンジェルを守るのに精いっぱいで食料を調達出来ていなかった。


 なのでラックスが助けてくれる分で何か恩返しをさせてと言ったら。


 

「そうだね、今日はここの主がやってくるんだ。皆で挨拶するんだけど、君もくるかい? もちろんエンジェルも」

「それが恩返しになるならね」



 その日は沢山の人々が道を開けていた。真ん中にはレッドカーペットが敷かれており。

 1人の男性が歩いている。

 衣服は貴族みたいな恰好。体中には宝石が身に付けられており。周りには2人の屈強なボディーガードがいた。



 彼等はピエロを見ると、次にエンジェルを見た。


 

 するとそのスラム街の主はボディーガードに呟くと。 

 ボディーガードが走ってきた。


 エンジェルの手を掴むと。


「離してよ」


 エンジェルはずるずると引っ張られていく。

 ピエロは正気に戻ると、走り出した。

 しかし群衆に邪魔されて彼女達は車に乗っていなくなってしまう。


 

 ピエロは唖然と膝を落とした。 

 あのボディーガードを見た時に寒気を感じた。

 ピエロは圧倒的恐怖を感じた。

 それは死をよぎるものであった。


 ラックスがこちらにやってくる。

 彼は申し訳なさそうにこちらを見ていた。


「実は綺麗な女性を差し出せと言われていた。エンジェルしかいなかったんだ」


「ふふ、確かに恩返しだ。わたくしの大切なものを差し出せという事か。ふふ、ひうっはっはあっはは」



 ピエロはぶち壊れた。

 信頼している人に確かに恩を返した。 

 だがそれはこちらを裏切られていたという事だった。


 怒りが熱情に代わり。

 大切な存在を取り返したいと思う。


 ピエロは立ち上がった。

 彼はピエロの仮面を身に着けた。

 スラム街に来た時から仮面を取り外していた。

 ここにいる人々なら信頼出来ると思っていた。



 それが間違いだった。


「ラックス、さいならだ」

「本当にごめん」



 ピエロはどんどん人間でなくなっていく。 

 彼は遥か先に見える自動車を見ていた。


 自動車は高級なものとされており、排気ガスの煙がもうもうと上がっていた。


 ピエロは走り出す。

 エンジェルという仲間を助ける為に。

 そして命を賭けて助けるだけの価値がある事に。

 ピエロは他者の命を思いやる事を思い知った。


 その時足が速くなっていく。 

 まるで疾風雷神の如く走り出す。

 周りの人々がスローになっていく。

 走り続けるとそのまま車を追い抜いてしまった。

 運転手のボディーガードがぎょっとしつつも。 

 


 高級な車の目の前に到着する。


 ボディーガードもびっくりしているが運転手も唖然としている。 

 ボディーガードは避けろと叫ぶが運転手はクラクションを鳴らす。


「やってみた事もないマジック、種も仕掛けもありませんよ」


 車が衝突する間際。ピエロは高級な自動車を持ち上げた。

 そのまま空中で待機させ、落下させる。ゆっくりと落下した為。

 中にいる人々は怪我人がない。

 ドアを開けると、エンジェルがこっちを見て太陽のような微笑を見せてくれた。



 パニックになっているスラム街の主とボディーガード2人と運転手1名。


 ボディーガードが正気になると車の外に出る。

 ピエロとエンジェルは唖然としながら、奴が懐から拳銃を取り出すと。

 そのまま眼の前でピエロの頭蓋に一発放つ。


 銃声の音が響き渡る中、周りにいる人々は驚きを隠せない。

 ボディーガードは口を釣り上げてほほ笑んでいる。


 

 そのピエロは倒れない。

 頭の額から煙が出ているだけで、倒れない。


「お、お前は化物なのか」


「種も仕掛けもないマジックさ」



 眼の前でスラム街の主は恐怖映像でも見たと勘違いして失禁している。

 それを見ていたピエロとエンジェルは申し訳なくなり。

 痩せたエンジェルをお姫様抱っこして。

 普通では考えられないスピードで、どこかに必至で逃げ続けた。

 一体どこに向かっているのだろうかと2人は思ったほど。

 その逃げ道はジャパニーズ王国を駆け巡った。


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