第4話 【架空文通】北村さんのお手紙に対する返事(精神医学、向き不向き、お似合いのタイプの男性)

北村さんへ


 お元気ですか。梅雨が終わり、暑い夏がやってきましたね。あとはコロナですね。あー、もう、出かけられないと気が狂ってしまいます。出かけることは、私に人生の閃きをもたらすことと同義なんです。ほっつき歩いていると、「あ、あれ、あんな風にやったらいいんじゃないかな」とか、「やっぱり、あれ、止めよう、もう、やっていてもしょうがないや」とかを思いつくんですよね。

 私の場合は、机に向かっている時は、戦術的なことを考え付くことができるのですが、大局観に基づく戦略的な事は、いうなれば、根詰めていない状態でないと、考え付くことができないみたいです。


 将来は会社の人事に関わりたい、とのこと。しかも、仕事だけではなく、プライベートの相談も受けられるようになりたい、と。貴殿は世話好きなのですね。きっと、心が優しい人なのでしょうね。


 私が精神医学のどこに関心があるのか、についてお応えします。

 精神医学の、ずばり、他人のせいにする、という所に関心があるのです。遺伝でADHDだよね、遺伝でアスペルガーだよね、他者からの言動でトラウマができてこんな思考の癖がついたんだよね、幼少期の育てられ方のせいでこんな人間になってしまったんだよね。これが精神医学です。

 対して、心理学は「作用」の学問だと思っています。つまり、「こうしたら、こう反応する」の学問かな、と。

 じゃあ、精神医学でそれらを治せるのか、と訊かれますと、いいえ、ほとんど治せません、となります。冷えて固まった鉄の如く、ひん曲がったものをまっすぐにするのは至難です。

 「治す」ではなくて、「回避する」を施すのがこの学問の真骨頂です。つまり、Aが発生したら、Bをしてしまうので、Aが無いところで生活する、とかです。こんな言い方もできるかと思います。「己が何者か教えよう、その上で、どうすべきかを考えよ。」

 また、魂に着目するのが心理学、脳に着目するのが精神医学とも言えるような気がします。


 向き、不向きに気が付くのは難しいなぁ、とのこと。

 私の人生を振り返ってみても、本当に、それは難問でした。でも、すいません、ちょっと、物言いをつけさせてください。「気が付くのは難しい」のではなくて、「目をむけるのが難しい」が正確ではないか、と。

 実は、私は長い間、「大企業の社長になって、大金持ちになって、バカにした奴らを見返してやる」という夢を持っていました。この夢の随所にご質問したい点があることは承知していますが、ひとまず、それは置いておき、これって、向き不向きを完全に考慮していない夢ですよね。そうなんです、他人がどう思うかの、他人目線の夢なのです。この呪縛に気が付かないで、しばらく生きていたら、ある日、「あれ、面白くないな、楽しくないな」になりました。

 そして、あるとき、揚げ物屋のバイトを試しにやってみることにしたのですが、前夜、眠れませんでした。「もし、これが自分に向いていたら、どうすんだ、今までの学歴、職歴、それにまつわる勉強、全否定じゃないか」と。過去を全否定することになる怖さと、現状打開の一縷の希望を見つけたい気持ちが、踏切の赤い信号のように代わるがわる明滅しました。

 こうして、今、自分が経営する揚げ物屋の二階の事務所で、この手紙を書いているんですけどね。


 え、貴殿に合いそうなタイプの男性はどんなのか、教えろ、ですか。

 うーん、猫が好きな男性でしょうかね。あ、いえ、猫に好かれる男性ですね。いつもはおとなしいんだけど、面白い事をしてくれる人がいいかと。あと、「今日は、今までの恋愛で三番目に面白かった話を聞かせて」と貴殿が枕元で無茶なことを言っても、「あー、そんなの急に言われてもなぁ」と言いつつ、一生懸命、思い出して、応えようとしてくれる人ですかね。

貴殿が、目がクリクリってしていそうな活発な雰囲気の手紙を書いてよこすもんですから、相方はそんな貴殿を包んでくれる人がいいんじゃないかなぁ、と思いました。


またね。

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