第2話 【架空文通】牧田さんのお手紙に対する返事(主に、起業の良い所、大変な所)

牧田さんへ(私へのお手紙も”さん”でいいですよ。)


 お手紙、ありがとうございます。ノーベル文学賞を目指している雨独です。笑う所じゃないですよ。大志を抱けって子供の頃から教育されてきたじゃないですか。

 六月下旬に文通サークルに流れ着いちゃったのですね、あらー。ウェルカム ディス サークル。きっと、いいことありますよ。


 なになに、文友検索をしていたら、我がプロフィールが異臭を放っていて看過できなかった、と。あー、あれね。あれはもう、丹精込めて作って放置して一年経つからブルーチーズの如く熟成してしまっているんですよ。よく、クレームが来るんですよ。臭いが癖になるから、どうにかしろ、と。


 と、まあ、気後れさせてしまう挨拶はこれくらいにして、ご丁寧に書いてみますね。いや、向こうから勝手に届いた手紙というのが、久しぶりなんで、あたかも、無人島暮らしをしていたら、もう一人、漂着してきた、という感じで、そいつが、ここはどこ、と不安げなのをよそに、狂喜乱舞しているようなものです。


 お手紙を順に読んでいくと、三十代前半なのですね。私がその頃は、ITバブルが始まって終わった頃でした。不遜にも、上場を目標とするIT会社を起業し、マスコミに持ち上げられていい気になって、全然儲からなくて倒産し、もう俺はダメだ、何やってもダメだ、と実写版すみっコぐらしの如く、ふて寝していたという感じですかね。


 ここらへんは、映画『SING』の主人公が自分の劇場が壊れて、ふて寝している所とそっくりなので、是非、観てください。私のことを必要以上に理解できるようになり、ややもすると、淡い恋心なんぞ抱いてしまい、「うふふ、あの人ったら」と思ってしまいます。


 あー、まだ、年齢のところか、いかんいかん、先に進まねば。そういえば、丁寧に書くって、どうなった。ま、いいや。


 なに、デザイン関係の仕事ですか。実は、前述の起業の前、二十六歳の時に、ウェブデザイン会社を既に起業していたのですよ。え、デザインの学校に行っていたのか、って。ぜーんぜん。私は、掘り下げれば掘り下げるほど、ちぐはぐで迷走した人生を送っているのが分かってしまうのですが、まあ、それはティーザー効果を狙って、小出しにするとして、早稲田大学教育学部卒業なのです。なんで早稲田、なんで教育学部、二十六歳まで何してた、と、私の話の腰をへし折って、お尋ねになりたくなるお気持ちは、これまでのいろんな人との会話から容易に想像できますが、この失敗談を話すと、笑点メモリアルボックス(カセットテープ七十巻セット)になってしまうので、また今度。


 はじめは一人でやっていたのですが、右往左往、徒手空拳、手探りで頑張っていたら、あーら、不思議、ITバブル直前にはスタッフ二十人の渋谷にオフィスを構える会社になっていたんですよ。だから、いい気になって二社目を起業しちゃったんですけどね。


 ウィンドウショッピングなんぞが好きとか。私もです。正確に言うと、ぶらぶらするのが好きなんです。座りっぱなしだと、頭がオーバーヒートするのです。放浪、徘徊すると良いアイデアが浮かんできたり、天啓が落雷の如く落ちてきて、下からと上からの同時攻撃で、もう、まっすぐ歩いていられませんよね、同志。


 映画、アニメが好きとか。私は、『キャストアウェイ』『ショーシャンクの空へ』『未来少年コナン』が好きです。自分が自称苦労人なので、困難を乗り越える主人公に共感するのでしょうね。


 読書も趣味なのですか。もう何から何まで私と同じですね。『くっすん大黒』を最近読みまして、これが可笑しいんですよ。読んでみてくださいな。これを可笑しいと思えなかったら、貴殿の片腹はよほど鍛えてあると言えます。私は電車の中で声を出さずに口を開けて笑いました。


 もう、これ以上、趣味が合ったら怖いな、と思っていたら、防災グッズ集めにはまっているとか。キモっ、なんで、同じことを同時期にするかな。マネされた。私の座右の銘に『泣き面に蜂』というのがあるのですが、え、それ、座右の銘になるのかって、もう、腰折り禁止、ま、聞いてくださいよ。でね、コロナ中だっていうのに神様は意地悪して、我々に大震災をもたらす、と疑っているのですよ。


 それで、近所のディスカウント店に行って、カセットコンロのガス缶とか、レトルトカレーとか、電池とか、煎餅とかを越冬前のリスの如く買い集めているんですよ。何が嫌かって、災害直後はレジが激混みになって、一触即発の苛立ちオーラ充満の雰囲気が嫌なんですよ。今、背後の棚にはガス缶が所狭しと積んであります。これも、一触即発と言えますが、自分の努力でそうなるなら納得できるというものです。

 

 起業の事、やっぱり気になっちゃいましたか。これなんか、悠久の大河ドラマで、スターウォーズとプリズンブレイクの全編を足してもまだ及ばないほどです。さて、はじまりはじまり。え、大丈夫、地雷は踏んでいませんよ。


 フランス料理店ではないです。そんな、あなた、出来る訳ないでしょ、前キャリアが二十年、ITなんですから。小さな揚げ物屋さんです。

 で、なに、起業に至った経緯と楽しい事、大変な事をパワーポイントにまとめて、朝一で教えろって、もう、グイグイきますね。貴殿の手紙はよく読むと訊きたいことがテンコ盛りなので、言葉に敏感な私は律義に反応しちゃうんですよね。


 一回目の起業のきっかけは、人生どうしたらいいんだろうか、と悩んでいたところに、ビルゲイツの『未来を語る』という本と出会って、感銘を受けたことです。インターネットの超巨大革命が来る、と書いてありました。一九九五年の話です。


 二回目の起業のきっかけは、子供の頃からの夢(私の家は貧乏だった)であった大金持ちになるには、ITバブル(当時は、バブルという認識はなく、単にIT産業の勃興という認識だった)を利用するしかない、と思ったことです。


 三回目の起業のきっかけは、サラリーマンに戻ったものの、リーマンショックと東日本大震災で不況となり、雇ってくれた会社がほぼ倒産状態となり、これは神様が「お前は自分の力で生きていく運命なんだよ」と言っているんだな、と思ったことです。


 楽しい事は、努力は必ず報われる、をいつも体験していることです。報われ方が可笑しくて、「え、そっちから」という感じです。

 大変な事は、自分の器の形と大きさを常に実感させられる、という事です。あと、公平な人事。

 

 お仕事はグラフィックをしていて、毎日楽しい、とのこと。それは幸せですね。そう思えて、人にいう事ができる人は少ないと思います。きっと、貴殿が自分のことを考えて、進路を選択してきた結果なんでしょうね。

思うに、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」で、己を知った貴殿が、次に世の中という敵を知ろうとしている状態が今なのかもしれませんね。


 チーズカフェでムサカというお洒落な外来の物を食べたそうで、なんとも羨ましい限りです。私の方は、籠りっきりで、贅沢と言えば、どこかの名店が監修したレトルトカレーを食べ比べすることです。これで分かったのは、私はビーフカレーが一番好きだ、という事でした。チーズで思い出したのですが、『ウォレスとグルミット チーズホリデー』という粘土アニメの映画を推薦します。イギリス人の作るものはユーモアがあっていいです。


 雨の日の過ごし方ですか。読書です。え、どんな本かって。『ディズニーCEOが実践する十の原則』『若き詩人への手紙』『SPA!』。あ、最後のは雑誌です。作家を目指しているので、何でも見てみよう、という気構えです。これ、便利な理由ですね。


 いやー、長くなってしまいました、貴殿への初めてのお返事だというのに。これに懲りず、お手紙下さいね。

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