第29話 我慢は「し過ぎる」な
猛暑日の日々が続く8月。もうすぐお盆の季節だ。
「小僧。ここのデイサービス施設は盆は休みだそうだが、お前は実家に帰るのか?」
「え、ええまぁ。電車で20分もかからずに帰れる場所ですがね。ススムさんは……って、帰っても得しないか」
「まぁな。帰っても息子や孫共に
「すいません。変な事思い出させてしまって」
「構わんさ。ところで小僧、お前はただ我慢すれば必ずいい結果が出ると思ってはいないだろうな?」
「え? そうじゃないんですか?」
進は当たり前のように老人にそう答える。
「やはりそうか。これも学校教育の悪い面だな。学校教育のせいで我慢さえすればいい成績を残せると勘違いしてしまう者は多い」
ススムは呆れたような顔で若者にそう言う。
「……違うんですか?」
言われた側は言い返す。そうではないのか? と。
「違うとも。小僧、言っておくが学校では通じたかもしれんが社会では通じないぞ。我慢しても見返りがない事なんていくらでもある。何だったら『我慢したせいで損をする』事すらごく当たり前のようにある」
「ええ!? 『我慢したせいで損をする』!?」
老人の言葉に進は大いに驚く。
「世の中というのは複雑なもので「苦労しても見返りが無い」どころか逆に「マイナスの成果」が出ることも多々ある。もちろんその逆の「何の苦労もしないで楽して成果をつかみ取る」事例も数限りなくある。
いくら我慢しても成果や結果が出なければ何の意味も無い。
それなのに「こんなに我慢してるんだからなにかしらの成果はあるはずだ!」と勘違いする人間は数多い。
『我慢さえすれば後で「必ず」いいことがある』と思う者は多いが、それは間違いだ」
ススムは「残念だ」という顔をしながらハァッ、と重いため息をついた。
「実例として5年かけて不動産を買うための400万をため、いざ大家生活に入ろうかと思ったら悪徳業者に騙されて大して価値のない建物を高額なローンを組んで買ってしまい、不動産を買う前よりも生活が苦しくなった。
という者はオレが知ってるだけでもそれこそ掃いて捨てるほどいる。
他にも聞いた話では独立開業するために貯めた1000万円を、いざ開業するっていう直前に病気になって治療に2年かかり、その中で貯めた1000万を全部使ってしまった。という話もあったそうだ」
ススムは再びハァッ、と重いため息をつく。
「もちろん一切我慢するな、というわけでは無い。人生において我慢することは必要なことだ。だが問題なのは学校教育で我慢を「信仰、
特にオレたち日本人は昔から我慢するのを美徳としてあまりにも我慢を過信しすぎているのは極めて大きな問題だ。
我慢することが悪い事ではない。我慢を「し過ぎる」事が問題なのだ。問題なのはあくまで「し過ぎ」だ。「し過ぎ」がよくない」
ススムは真剣な表情をしながら話を続ける。
「前に『薬も飲み過ぎると害になる』と少し言ったが、まさにそれが起きている。
「我慢という薬」の「飲み過ぎ」で体調がおかしくなっているのだ。
それに気づかずにさらに我慢に我慢を重ねれば肉体も精神もぶっ壊れるし、実際それで壊れてしまった者の話はまた聞きを含めれば何人もいる。
聞いた話だが、中にはあまりにも我慢をし過ぎて自殺してしまった者すらいるそうだ。残念な話だがな」
老人の声が止まる。悲しい顔をしていた。
「ススムさん。では我慢をし過ぎなのかし過ぎでないのかを見分けるコツっていうものはありますか?」
「なるほど見分け方と来たか……ここまで言っておいてこう言うのもなんだが、オレには分からん」
「!! ええ!? 分からないんですか!?」
「ああ。オレにも分からん。後になって「あの我慢は必要だった、あるいは不要だった」というのは分かるが、
今この瞬間の我慢が有用か不要かを見分ける手段は分からん。無責任かもしれないが、この年になったオレにも分からんことはあるんだ」
「そんな……無責任じゃないんですか!」
進は心底絶望したような顔を浮かべる。
「すまんな。ただ、もし対策があるとすれば他人の意見を聞くというのが1つあるな。他人というのは比較的お前自身よりも冷静にお前の事を見ているものだからな。
ただこれも絶対ではない。他人の判断もまた間違うことも多々ある。それだけは気を付けておけ。今日言えるのはそれくらいだな」
【次回予告】
実家に帰省した進。そこで親類から株をやるのを止められる。
第30話 「親に感謝するという事」
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