外伝Ⅱ 妖花~その21~

 結論から言えば、ベイマン家一派を追い落とすことはそれほど難しくない。ワグナスはそう考えている。何故ならばベイマン家一派は一族縁者で固めており、これに反発している貴族や官吏の派閥なども多いからであった。ただ、彼ら自身も反ベイマン家として結束するほど仲が親密というわけではなく、互いの動向を横目で見ながら動けぬという状況であった。


 『反ベイマン家を結束させるには大義が必要になる』


 要するにベイマン家を悪として、その悪を滅する正義の旗の下ならば互いの利害を超えて結束できるとワグナスは確信していた。


 だが、これこそが難しいとワグナスは思っていた。ワグナスが目をつけたのは不自然なまでのベイマン家の私財の多さであった。つまり、ベイマン家が悪辣な手段で私服を肥やしているのは客観的に見ても明らかであった。しかし、ワグナスが調べた限り、その証拠がまるで見つからないのだ。


 『ベイマン家が張り巡らせている根は意外に広く深い……』


 ワグナスは財務局の官吏なので、帝国の出納などを調べることができる。それを見る限り、ベイマン家が金銭を流用している様子はまるでない。富商や富農から賄賂を貰っているだろうが、それだけでは説明がつかないほどの私財を蓄えている。


 『そうなると……』


 ワグナスは他の官吏仲間にも調査を依頼した。すると、思わぬところから情報が舞い込んできた。


 「ザーレンツ先輩!これを見てください」


 嬉々としてワグナスに報告してきたのはバナジール・ウミナスであった。オルトスから後事を託された皇帝直轄地管理局の官吏で、ワグナスのことを師のように慕っていた。やや軽薄のところもあるが、見所のある男だと思っていた。


 バナジールが差し出したのは一枚の紙片であった。そこにはワグナスが見慣れた文字が並んでいたが、誰のものなのかすぐには分からなかった。


 「これは?」


 「実はアーゲイト先輩の書類を整理していた時に見つけたんです。ぜひ一読してください」


 「オルトスが……」


 一読してみるとワグナスは目を見張った。第五皇帝直轄地における不鮮明な資金の流れについての疑惑と所見が箇条書きにされていた。第五皇帝直轄地の代官はシドレ・ベイマン。マベラの叔父にあたる人物である。


 第五皇帝直轄地は帝国随一の金山を有しており、帝室に入る収入は他の直轄地より群を抜いて高かった。しかし近年、その金山の産出量が急激に落ちていた。オルトスはそれを様々な見地から分析した結果、どうにもこの金山の産出量低下が虚偽ではないかと疑いを持っていたようだった。


 尤もこれはまだ疑いの範囲内であり確証はない。オルトスはその確証を突き止めようとしていたようだが、その前に帝都を離れることになったのだった。


 『オルトスは何だかんだ言って私のために動いてくれていた』


 ワグナスは、これぞ自分とオルトスの友情であろうと感動した。言わずとも分かり合える。これぞ真の友情であろう。ワグナスは胸のうちでオルトスに感謝した。


 「だがこれではまだ不十分だ。ウミナス君、続けて調査を頼めるか?」


 「は、はい!」


 バナジールは顔を紅潮させた。尊敬する先輩に仕事を頼まれて興奮している様子であった。


 しかし、数週間過ぎてもバナジールからは色よい報告が来なかった。


 『これがオルトスであったならば……』


 バナジールは申し訳なさそうに項垂れていた。オルトスはこの若手官吏に随分と期待していたようだが、同じ年の頃の自分達と比べると明らかに力不足であった。


 『それともベイマン家が巧妙なのか』


 ここは時間をかけてでも徹底的に調査すべきか。それともオルトスと連絡を取り、彼に調査を託すべきか。ワグナスは判断に迷った。あるいは……


 「ウミナス君。きっと書庫に第五直轄地から不正に金が運び出された証拠があるはずだ。それを捜したまえ」


 「捜しました。しかし……」


 「捜したまえ。それができないのであるば、君は私の前にいる資格はない」


 絶対に捜し出せ、とワグナスは念を押した。その迫力にバナジールは顔を蒼白にさせて怯えの色を見せた。


 


 「アーゲイト様、この書類は……」


 一日の政務を終えたオルトスの机を整理していたダンクルが見慣れぬ書類の束を見つけた。


 「ああ、それか。帝都にいる時に気になって調べていたことの続きなんだが……どう思う?」


 失礼しますと言ってダンクルが書類を捲った。しばらくしてダンクルは小さな呻き声を上げた。


 「これは……金の不正流用?」


 「そうだ。第五皇帝直轄地のシドレ・ベイマンがどうやら金山から産出された金を不正に着服していたのではないかと思って調べていたんだが、どうやらお抱えの商人を使って運搬していたらしい」


 怪しいと思ったオルトスは、第五皇帝直轄地の関所の記録などを調べ、ベイマン家お抱えの商人の通行記録が不自然に多いのを突き止めた。


 「荷物の内容も随分と怪しい。それを素直に受け取るならベイマン家は十年分の芋を一年で消費している計算になる。明らかにおかしい」


 「左様ですな。アーゲイト様、これは告発するに値します」


 「確かに。しかし、相手はベイマン家だ」


 下手に告発をすれば握りつぶされ、逆にあらぬ嫌疑をかけられてしまう。それを恐れたため、もっと明確な証拠を押さえるまで秘するつもりでいたのだ。


 『ワグナスに知れれば、きっとベイマン家を倒す材料にするだろう』


 オルトスはそれも恐れた。勿論、将来的にはそのようになっても構わないが、現状では情報が不足している。今のワグナスならば、捏造してまでも証拠を作り出すかもしれない。それでは真の正義は成り立たない。


 「とにかくその書類は金庫に仕舞っておいてくれ。ちゃんとした証拠が出てくるまでは他言無用だ」


 承知しました、とダンクルは書類を抱えた。この男は他言しないだろうが、それでも嫌な予感を拭いきることができなかった。

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