天使と悪魔と人と⑤
ラピュラスへ逃げ帰ったガルサノは、すぐさま天帝の間に向った。天帝の果実より魔力の補充を受けるつもりであった。
「私はこんなことでは負けたりしない!私がガルサノだぞ!執政官の首座だぞ!」
よやよたと天帝の間を歩きながら、天帝の果実を目指す。途中何度も躓きそうになるが、気力をもって天帝の果実の前まで辿り着いた。しかし、ガルサノは絶望せざるを得なかった。天帝の果実には魔力がほとんど残されていなかった。
「ば、馬鹿な!どういうことだ!」
残存する魔力を示す計器の針はほぼゼロを指している。ガルサノは膝を突いた。
「ほとんどが天帝に流れ込んだのです。お忘れですか?」
天帝の果実の影からソフィスアースが現われた。
「ラピュラスの制御はすべて天帝によります。ラピュラスが浮いていられるのも天帝に魔力があってこそ。天帝に魔力がなくなれば……」
ラピュラスは落下します、とソフィスアースは言った。そのようなことソフィスアースに言われるまでも無く、ガルサノは承知していた。
「あれほどの魔力があったのに、すべて天帝に……」
ガルサノは天帝を見た。相変わらず骸のままであった。
「ガルサノ様ならばと思いましたが、まことに残念です」
「一体何を……」
「何百年という歳月。私は待ち続けた。我が一族の屈辱を晴らす時であったのに。無能なあなたのせいで、すべてが無駄になりそうです」
ソフィスアースはガルサノの胸倉を掴み強引に立たせた。
「な、何を……」
「執政官首座なのでありましょう。情けない姿は困ります」
そのままガルサノの体を天帝の果実に押し付けた。
「やめろ、ソフィスアース。私の命令が聞けぬのか!」
「命令?私はあなたを見限ったのです」
ソフィスアースの白い翼がみるみるうちに黒へと変わっていった。
「黒い翼……。悪魔だと……。悪魔は数百年前に絶滅したのではなかったか……」
それは他ならぬソフィスアースがもたらしてくれた情報であった。
「魔界にいる悪魔はね。しかし、人知れず人間界、天界に潜伏していた悪魔は少なからずいたということですよ。尤もその同士達ももう数えるほどしかおりませんが」
胸倉を掴むソフィスアースの力が強くなった。積年の恨みをガルサノにぶつけているようであった。
「おのれ……最初から私を利用していたのか……。くそっ!この私が誰かに利用されていただなんて!」
ガルサノは体を揺らし抵抗を試みるが、今のガルサノには抗うだけの体力も魔力も残されていなかった。
「随分とご自身の才能に自信がおありのようですが、あなたは所詮その程度だったということです。散々馬鹿にしてきた地上の皇帝と変わりないのです」
そしてもう用済みです、とソフィスアースがさらに力を入れて、ガルサノの体を天帝の果実に押し付けた。
そこへガルサノを追っていたシードとエルマが到着した。シード達は仲間割れをしている様子もさることながら、目はソフィスアースの黒い翼に向けられた。
「なんだてめぇ。その翼は……。まるで悪魔じゃないか……」
「そのとおりです。あなたのような紛いものの悪魔とは違います」
「そんな……。悪魔はエルマさんが最後の生き残りで……」
「魔界ではね。私達のようにずっと人間界で生き続けてきた悪魔もいるのですよ。忘れてはいませんか?あなたがレンストン領で殺した悪魔。あれも私の同志でした」
レンストン領の悪代官トロンダの副官を務めていたゼハムのことを言っているのだろう。確かにゼハムも悪魔と称していた。
「そうか……奴が魔界王家の紋章に反応しながらも、私自身に反応しなかったのは、そのためか……」
「まさか王家の人間が生き残っていて、天帝の力を受け継いでいたなんてね。あまりにも滑稽な話です。虫唾が走る!」
ソフィスアースがガルサノをさらに天帝の果実に押し付ける。ガルサノが体が天帝の果実にめり込んでいく。
「や、やめろ!ソフィスアース!」
「王家が不甲斐ないから我ら悪魔は滅亡の淵にいる。しかも、王家の皇女が天帝の力を受け継いでいる。忌々しい!」
「がっ!ソフィスアース……」
もはやガルサノの体の大半は天帝の果実の中にあり、見えているのは顔半分と右手だけであった。
「さよなら、ガルサノ様。あなたとの日々、楽しかったですよ。最後は失望しましたが」
ガルサノの体が完全に天帝の果実の中に入った。
「何をした?」
エルマが吠えた。
「残り少なくなったとはいえ、ガルサノの魔力は使える。ラピュラスを崩壊させ、その残骸を帝都にぶつけるぐらいのことはできるでしょう」
あはははは、とソフィスアースが高笑いする。
「やめろ!」
叫ぶシードの足元が崩れた。足元だけではない。壁も崩れ、天帝が入れられている水槽のようなものも崩れ始めた。
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