天使たちの反乱③

 ひとまず順調のようだ。スロルゼンは『天帝の果実』といわれている器に魔力が集まりつつある状況に満足していた。本来なら天帝の果実から天帝へと魔力は流れていくのだが、今はそれを反転させている。天帝の骨を通じて抽出された天使達の魔力が天帝の果実へと流れ込んでくる仕組みになっていた。


 「さてさて表はどうなっていることか……。まぁ、ひとつがいでも残れば、それでいい」


 若く才知ある男女の天使がひとつがい残りさえすれば、天使はそこから種を残していける。スロルゼンはやがて死ぬであろうが、それで構わなかった。天使は千年余り種を残してこれたのだ。これから千年もきっと残していける。その長き事業の端緒さえ見届けられれば十分であった。


 「スロルゼン様!これは一体……」


 背後から呼ぶ声がした。振り向くとガルサノとソフィスアースがいた。あるいはこの二人が新しい天使の世界を築く始まりのつがいになるのかもしれない。


 「ここは天帝の間。執政官首座以外は立ち入ることが許されぬ禁忌の地。まぁ、そのようなことはもはや無意味かもしれんがな……」


 「表で起こっていることはスロルゼン様の仕業なのですね」


 ガルサノの声色からは怒りの色が読み取れた。


 「いかにも私の仕業だ。天使達には天帝様のための贄になってもらい、残った有能な天使達によって新しい世界を創造する。すでにお前には説明したと思うぞ」


 「お聞きしました。しかし、私は賛同しかねました。すでに骸と化した天帝にどれほどの価値があるのです?新しき世界というのなら、天帝無き世界を創造すべきでありましょう」


 「天帝様無き世界……。若いな、ガルサノ。天使が天使でいられるのは天帝様がおられるからだ。天帝様の存在しない世界で、天使は何をもって人間どもに権威を示す?何もないではないか?」


 「スロルゼン様、あなたは天使をまるで信じておられないのですか?」


 あるいはそうかもしれない、とスロルゼンは思い始めていた。自分以外の天使など信じていないのかもしれない。自分以外は無能で世界を導く才能もないと思っているからこそ、無能な天使は天帝の贄になるより他ないと確信し、今回の壮挙に及んだのだろう。


 「ガルサノよ。こうなるより他なかったのだ。これは新しき世界を作るための陣痛のようなものだ。天帝様によって無能な天使は淘汰された。お前はどうやら生き残ったようだな。どうだ?これよりお前が執政官の首座となって新しい世界を創ってもよいのだぞ」


 それはスロルゼンの本心であった。老躯は引退し、若き者に任せてもいい。そして任せるにはガルサノこそ相応しいと常々思っていたのだ。


 「もとよりそのつもりでおりました。しかし、私の新しき世にあなたは不要!」


 一瞬のことであった。ガルサノの手がスロルゼンの首に伸び、ぐっと鷲掴みにした。


 「ガルサノ……。血迷ったか……」


 「血迷ったのは貴様の方だ!今回の事、たいそうな御託を並べたが、要するに自分の政治的不利を糊塗するためであろう!」


 ガルサノは力任せにスロルゼンの体を天帝の器に打ちつけた。


 「歯向かう気か……」


 ガルサノが手を離すと、スロルゼンは咳き込みながら地に倒れた。


 「歯向かう……まぁ、そういうことになりましょう」


 「ふふ……。お前の権力への志向、私が気づいていないとでも思っていたか?シェランドンよりは利口で、着実に階段を上っていくと思っていたが、ここに来て暴力に訴えるとはな。見損なったぞ」


 「見損なっては困りますな。私は単なる権力志向者ではない。権力を得るのは、私の究極の目標へ至るための手段でしかない」


 何だと、とスロルゼンは呻いた。


 「言ったはずだ。天帝無き世界を創ると。貴様が天使を天帝の贄にすると聞いた時から決めていたのだ。天使は天帝のためだけに生きている。そうだとすれば天使の存在意義とは何だ?考えれば考えるほど天帝など馬鹿げた無用な妄想の産物だと分かった。だから、私は排除すると決めたのだ。天帝と貴様を!」


 「なるほどな。流石は天界きっての俊英だ。気宇が壮大なことよ。しかし、天帝様なくしてどのようにして世界を支配する。天界は?人間界は?」


 「我が才知と力によって!」


 「ははは。よほど自信があるようだな。だが、まだまだ小童よ」


 いつの間にか天帝の骨数本、ガルサノとソフィスアースを取り囲んでいた。その先端は突き刺さんばかりに二人に向けられていた。


 「私はお前を評価していた。その権力への飽くなき野心とそれを手にするための才知と打算。だからこそお前を警戒することも忘れたわけではないぞ」


 ガルサノの饒舌な口が止まった。


 「残念であったな。黙して私についていっておれば、いずれ権力の座を手にしていたものを……」


 「残念なのは貴様の方だ」


 ガルサノとソフィスアースに向けられていた天帝の骨の切っ先が急にスロルゼンの方に向けられた。そして間を置くことなく、天帝の骨はスロルゼンの体を貫いていった。


 「ば、馬鹿な……!」


 「貴様が天帝に植えつけた呪詛、勝手ながら私が書き換えておきました。今や天帝は我が意のままに」


 「お、おのれ……!」


 「大好きな天帝の力の元となるのです。本望でありましょう」


 無数の骨がスロルゼンの体を貫いていった。スロルゼンは呻き声一つ発することができず絶命し、すぐに魔力を吸われ干物のように干からびた物体となった。


 「執政官の首座として君臨された者としては、あまりにも憐れな最期だな」


 「これで名実供にガルサノ様が天使の頂点、そして、世界の頂点に君臨することになったのです」


 おめでとうございます、とソフィスアースは言った。


 「さぁ、行こうか。新しき世界の為に」


 ガルサノはひとまず天帝の動きを止めさせた。そして天使達の前に姿を現し、自らが天界を掌握したことを告げるのであった。

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