天使たちの反乱
天使たちの反乱①
時はやや少し戻る。サラサがジギアスとエストヘブン領の平原で決戦をしている頃であった。
天界はいまだ騒然としていた。天帝の以上の翼を持つ謎の天使が現われ、天界院はその釈明に追われた。
スロルゼンはそれを悪魔の仕業であるとして、一時は事態を沈静化させることができたが、それはすぐに蒸し返された。
『あれが悪魔の仕業であるというのなら、悪魔が復活する危機が迫っていると言うことではないか!そうだとすれば天界院は具体的な指針を示すべきではないか!』
と言い出す天使達が出没したのである。彼らは徒党を組み、天界院に直談判を求めてきたのだ。
少し前まででは考えられるぬことであった。天界院の権威は絶対であり、これに異を差し挟む天使など皆無であった。しかし、シェランドンの謀反以来、これが失墜した。しかも、現在執政官を務めているのは、スロルゼンとガルサノ、そしてガルサノの子飼いでシェランドン謀反の際に功績があったソフィスアースのみである。スロルゼンは補充を考えていたが、まだ適任となる天使を選べずにいた。
「早急に声明を出していただきたい!でなければ、我々は安心して眠ることができない!」
天界院に反発する天使達の代表は、唾を飛ばしながら喚きたてた。本来であるならば、執政官以外入ることのできない天界院の議場に彼らは詰めかけ、スロルゼンに迫ってきていた。
当初スロルゼンは追い返そうとした。しかし詰め掛けてきた天使達の人数は百名を上回り、衛兵達も積極的にこれを制止しようとしなかった。衛兵達もシェランドンの謀反以来、天界院に不信感を持っているのは明らかであった。
「承知している。早々に声明を出すから、今日はお引取り願おう」
スロルゼンとしてはそう言うしかなかった。あの天使が何者なのか。当のスロルゼンも知らないのだから、説明のしようもなかった。また悪魔が実はとうの昔に滅び去っていたという事実も、つい最近になって知り得たことであり、悪魔の復活についても整合性のある話を作り出す暇がなかった。
「では、いつ出していただけるか?それさえお聞きできれば、今日は引き下がるといたしましょう」
偉そうに、とスロルゼンは内心毒づいた。執政官の首座が下級天使に上から目線で物を言われるなどとは屈辱以外の何ものでもなかった。
「無礼であろう。執政官首座であるスロルゼン様が謀りを言うとお思いか!」
脇に控えていたガルサノが口を出してきた。反発する天使達の心情を考えて、ガルサノには喋らせないつもりでいたが、堪え切れなかったのだろう。
「無礼とは何か!我らは疑問に思っていることに対して率直なる返答を求めているだけだ」
執政官の何がそんなに偉いんだ、という罵声が群衆のどこかからか聞こえた。
「誰だ!無礼だぞ!」
「やめよ、ガルサノ」
スロルゼンはガルサノを制止した。スロルゼンもあまりの無礼な天使達の態度に身震いし、感情が爆発しそうなのを必死に耐えていた。
「兎も角も、ここれはお引取り願おう。お互い冷静さを欠いては有益な議論などできないからな」
議論。そのようなものなどスロルゼンはするつもりなかった。この窮状を打破するにはもはや非常の手段を行使するのに躊躇している場合ではなかった。
ひとまず反発する天使達を下がらせたスロルゼンは、その足で天帝の間に降りた。執政官の首座となって何年過ぎただろうか。幾度となくこの場にやってきて天帝の側近として活躍したメトロノスと対話してきた。
『それにどれほどの意味があったのだろうか……』
意味などないのだろう。そこから得られるものが天使の活動に活かされたことなどなく、ただ天帝という権威に接しているという優越感だけなのだろう。
『それもまた虚無に等しい』
スロルゼンは天帝を見上げた。単なる巨大な骸でしかない。これにどれほどの権威があるのだろう。今となってはただこの浮遊する巨大な岩石を空中に浮かしている動力に過ぎない。いや、それすらも失われた力になりつつある。ガルサノは再三、天帝不要論を説いてきたが、あるいはそれは正解なのかもしれない。しかし、今更天帝の権威を否定するにしてはスロルゼンは長く高位に居過ぎた。
「メトロノス様、いらっしゃいますか?」
スロルゼンは虚空に問い掛けた。しかし、応答はない。ここ最近、メトロノスはまるで応答しなかった。肉体を失い、魂だけの存在となったメトロノスも力を失ったのかもしれない。
「もはやこれしか手段はあるまい」
スロルゼンがスロルゼンとして生きるためには、天使が天使として存続するには、やはり長きに渡り胸に秘めてきた計画を実行するしかなかった。
「これで多くの天使が死ぬであろう。しかし、優秀な天使が生き残り、優勢な種を代々残していけば、天使はいずれ復権する」
スロルゼンは天帝が入れられている容器に触れた。ありったけの魔力を手に集中させ、それを天帝へと注ぎ込んだ。天帝に力が与えられ、意のままに天帝を操ることができる。
骸状態であった天帝の骨がいくつも伸び始めた。その先端は容器を破壊し、スロルゼンの脇を通り過ぎていった。そして床や壁を突き破り、イピュラスの外へと姿を現した。
「すべからく天帝様の養分となるのだ」
もはや止めようがなかった。天界は新しき時代を迎えるのだった。
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