大将軍⑥
サラサはバーンズを陣営に加えることに成功した。彼の配下にいた皇帝直轄軍の兵士達もほとんどがサラサに帰順した。サラサはこれを第五軍とし、軍団長には当然ながらバーンズを指名した。
これについて従来からサラサに属している将達からほぼ異論は出なかった。シルダー・ベリックハイムなどは、かつて皇帝の配下であった男に対して面白くない感情を持っていたのだが、個人的感情をもってバーンズの実力と人望を否定することができなかった。
尤も、サラサはバーンズを優遇ばかりしなかった。バーンズの第五軍をアルベルト供に先陣に立たせた。水先案内人という意味もあったが、いざ戦闘となれば真っ先に戦わなければならない。しかもその相手はかつての同僚であるかもしれないのだ。そういう地位にバーンズを置いた。しかし、それでいてサラサは度々バーンズの下を訪れ、言葉を交わした。
「ところでバーンズには家族はいるのか?」
サラサは唐突にそのような質問をした。質問の真意を測りかねたバーンズが答えられずにいると、サラサが苦笑した。
「別に深い意味はないよ。ただ家族を帝都に残しているのなら、国務卿に人質にされている可能性もあるんじゃないかと思ったんだ」
ああ、とバーンズは安堵の声を漏らした。サラサが人質を出せと言い出すのではないかとわずかに邪推していたのだ。
「ご配慮ありがとうございます。確かに妻と子供が帝都におりますが、国務卿も人質に取るような卑劣な真似をしますまい」
「そうか、それならいい。ところで国務卿とはどういう男なんだ?私からすればジギアス帝以上によく分からん男だ」
サラサはこれまでジギアス一人を敵としてその戦術等を研究してきた。だが、その相手がここに来て代わってしまった。研究していない謎の人物であった。
「なんと申しますか……。有能な人物であるとは思いますが、情がないと申しますか……」
「ふむ……」
「彼の口癖は皇帝も国家の統治機関のひとつでしかないというものでした」
「なるほど。理屈としては正しいが、情のない話だな。だが、それで納得もした。国務卿としては皇帝というのは誰でもいいわけだ。血筋という資格さえ持っていれば」
実際のところ、サラサもレスナンと同じような政治理念を持っていた。しかし、決定的に違うのは、皇帝には血統意外にも必要な資質があると考えていたことだった。
「国務卿の考えは一理あると私も思っている。国家とは為政者の私物ではないし、私の為に国家が滅びるわけにはいかないからな。だから、大将軍の言う情がないというのはまさしく言い得て妙なんだ。為政者には臣民を慈しむ情が必要なんだ」
その情が自分にはあるのだろうか。帝位に着くことを決心した今でも、その点については我が事ながら懐疑的であった。
「ならば、皇帝を僭称しているイーライにも情はありますまい。帝位に目が眩み、父を殺したような男です。為政者というよりも人としての情に欠けています」
この時、バーンズはサラサが帝位につく決心をしたことをまだ知らない。サラサの決心を知るのはまだごく一部の人間だけなのだが、この状況で帝都に軍を進めている以上、誰しもがそのことを察していた。バーンズもそのひとりであった。後にバーンズはこの時のことを述懐している。
『私が陛下の傘下に入った時の諸侯連合の雰囲気というのは、実に活気があり、ひとつの気運に対して集団が一斉に動いているようであった。私もその雰囲気に飲まれてしまったわけだ。そういう意味では幸せな時間であった』
ひとつの気運というのは勿論サラサが帝位につくことである。集団の利害というものがただひとつのためだけに動いているというのは、バーンズにとって心地よいものであった。
こうしてサラサは無人の荒野を行くようにして帝都に近づきつつあった。この間、フェドリーとイーライ、両陣営の間で戦闘が行われていた。そのことについて触れねばならない。
両陣営とも戦力集めが急務であった。そのため双方ともサラサとバーンズに書状なり使者なりを送ったが、すべて不発に終わった。これが両陣営に不安を与えた。
特に焦りを見せたのはイーライであった。彼の下にはすでに三千名の兵が集まっていた。レスナンはその数を脅威に思っていたが、イーライはイーライでいかにも少ないと思っていた。
この時点でレスナン側が擁していた兵力は約千五百。純粋な戦力でいえばイーライ側の方が有利であった。だが、レスナンは帝都ガイラス・ジンに拠っている。この城塞都市をわずか三千の兵で落とすのは、流石に無理だとイーライ側も承知していた。しかも、サラサやバーンズを抱きこむことによる戦力の増強が望めない。
『ならばいっそうのこと帝都に迫り、挑発をして敵を野外に引きずり出し決戦しよう!』
イーライは声高に宣言した。だが、野戦を行うにしても明確な戦略戦術があるわけではなかった。イーライの不幸は、彼の陣営に生粋の武人がいなかったことであろう。これがレスナン側も同様で、帝国が抱えていた武人の多くはジギアスの遠征に参加しており、未だに帝都に帰還していない者がほとんどだった。中にはバーンズ陣営にいてサラサに恭順した者もいたし、逃散した者も少なくなかった。要するに帝都近辺には戦闘経験のない者達が集まり、戦闘が起ころうとしていたのだった。
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