決意③

 二度にわたりジギアスの大軍を退けたサラサのもとには、続々と領主やその使者達がやってきた。祝言を述べると供に、諸侯会盟への参加を申し出たのであった。これまで会盟に参加した領主達は、いずれもエストヘブン、コーラルヘブン領近郊か、それよりも北部に領地を持っていたが、それよりも南の領主達も参加を申し出てきたのだった。


 ここで余談ながら帝国の領地について説明しておく。帝国の行政区分はこの物語の開始時には八十二領あり、内訳は帝国直轄地十四、教会領四、特別領(マランセル公爵領など)八、残り五十六領は諸侯に与えられた封土となっていた。


 封土を与えられた領主は諸侯とも言われており、諸侯の中には爵位を賜っていて『貴族』と呼ばれている者達もいる。但し、諸侯の中には爵位を賜っていない者もいた。


 さらにややこしいのは、爵位を賜った『貴族』の中には封土を持っていない者もおり、彼らは帝国から支給される金銭によって生活していた。さらに言えば『貴族』の中で皇統に近い者達は『皇族』と呼ばれていて、彼らも帝国から金銭が支給されていた。帝国直轄地には金山銀山が豊富にあり、それら非生産的な貴族達を養うことができたのだった。以上は余談である。




 今回の勝利でサラサのもとに集まってきた諸侯は三十一名になり、封土をもらっている領主達の過半数を超えた。さらに帝国直轄地の代官までもが自らの任地を差し出してくる始末であった。領主については寛大に迎え入れたサラサであったが、帝国直轄地の代官については不信感を顕にし、これについては拒否した。


 『私は別に領土的野心をもって戦ってきたのではない。それに仮にも皇帝陛下の信任をもって任地を任されている代官がこれを裏切るような節操のなさは私は嫌いだ』


 特に領土についてはサラサは敏感であった。彼女はエストヘブン領とコーラルヘブン領以上の領土を得るつもりなどまったくなかった。これを得てしまえば、これまでサラサが掲げてきた大義名分が失われてしまうからであった。


 「これで帝国の半数以上が我らの味方となったわけだな」


 相変わらずエストブルクに居座っているアルベルトが、各諸侯から出された誓書を一枚ずつ捲りながら嬉しそうに言った。


 「半分じゃない。まだ四割程度だ」


 サラサは溜まっていた書類の決裁を進めながら応じた。


 「領土の広さからするとそうだが、諸侯の数で言えば半数は超えたぞ。流石に半数以上の諸侯が意見すれば、皇帝も無下にはできないだろうな」


 「そうだといいがな……」


 サラサはこの段階で再びジギアスに意見書を提出しようと考えていた。しかし、それがどれほど有効かは正直なところ疑問であった。


 「これまで幾度となく皇帝には意見書を出してきたが、その度に反古にされた。こちらの味方が多くなって言うことを聞いてくれるような男なら、すでに多少なりともこちらの意見に耳を傾けているよ」


 「ではどうするかね?新たな道を模索する、というのは愚問かな?」


 「何が言いたい?」


 「口で言わないとお分かりいただけないかな?」


 「当たり前だ。私には人の心を読む力などないぞ」


 アルベルトはふっと鼻で笑った。癇に障る笑い方であった。


 「ならば言おう。サラサ殿、いやサラサ様。いい加減に皇帝になったらどうだ?」


 サラサは、アルベルトの率直な言い方に度肝を抜かれた。もうちょっと婉曲な言い方をすると思っていたので、苦笑するしかなかった。


 「なんだそれは?えらく簡単に言うもんだな。料理屋の大将になるのとはわけが違うぞ」


 「いや、今のあなたなら簡単だ。この帝国で半数以上の諸侯があなたの側に着いたんだぜ」


 「そう言うが、その諸侯の全員があなたみたいなことを考えているとは限らんだろ」


 「そうかな?なんなら実際に聞いてみてもいいんだぜ」


 今日のアルベルトはいつになく執拗であった。珍しく一滴も酒を飲んでいないようだから、きっと大真面目なのだろう。余計にたちが悪かった。


 「仮にそういう声が多くても私は皇帝なんかにはならんぞ……」


 寧ろあなたがなるべきだ、と言うと時であった。血相を変えたミラとジロンがノックもせずに入ってきた。


 「サ、サラサ様。帝都から急報です!」


 「どうした?ミラ」


 「皇帝がジギアス皇帝が亡くなりました」


 ミラが告げると、先に報告を受けていた様子のジロンが無言で小さく頷いた。


 「本当か?間違いないのか?」


 サラサは念を押した。俄かに信じられない内容であった。


 「間違いないようです。国務卿の名前で発表されたようです」


 ミラに代わって答えたのはジロンであった。


 「死因は?病気で死ぬような奴じゃないだろう」


 アルベルトはひどく落ち着いているように見えた。


 「敗戦を悔いての自裁とのことですが……」


 裏がありそうですな、とジロンは続けた。それについてはサラサも同意見であった。ジギアスは病死するような男ではないし、自ら命を絶つような男でもないだろう。サラサは、ジギアスが謀殺された可能性があると思った。


 「とにかく情報を集めてくれ。情報が少ないと打つ手立ても検討できない」


 承知しました、とミラが言った。詳細な情報は必要だが、ジギアスが死んだというのが事実だとすれば、サラサが取るべき道はどう考えても限られていた。情報収集を命じたのは、その結論に至るまでの時間稼ぎでしかなかった。

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