決意
決意①
天使とは何者であるのか?
天使として生を受けた者として、ガルサノはずっと考えて生きてきた。
空に浮かぶ島に住み、地上で生活している人間達の精神的な支柱となるために日々教化を行っている。そう言えばいかにも聞こえがいいが、はたしてそのとおりなのだろうか。幼少から英明と周囲から将来を期待されてきたガルサノの思考は、普通の天使のそれとは大いに異なっていた。そして、心理にも等しいその回答を得られれば、きっと天使にとっても人間にとっても最良の時代を迎えることができるだろう。ガルサノは強く信じていた。
その真理に到達するには執政官になり、天帝にお目通りが叶うしかない。ガルサノはただそのためだけに勉強し、教化に励み、時として手を汚しながら権力の階段を上り続けてきた。
ガルサノが天使と悪魔にまつわる真実と、天帝の現状を知りえたのは執政官となった時であった。衝撃を受けたのは言うまでもない。だが、同時に天使の―というよりもガルサノの―存在意義を見つけたような気がした。
『新しい天使の時代を作るべきではないだろうか?』
端的に言えばそういうことであった。天帝を排除した、新しい天使によって天使そして人間を支配する世界を作る。それがガルサノの究極的な目標となった。かつて天使と人間と悪魔は同じ種族であり、天使が最終的勝者となったのだ。だとすれば天使こそが世界を支配する権利がある。そしてその支配者こそ自分が相応しい。すぐには無理でもいずれ自分が執政官の首座となり、新たな天使の時代を作る改革を行う。ガルサノの思考はそこまで達していた。
だが、ガルサノが想像していたよりも天界院は固陋であった。彼らはこれまで自分達が築き上げてきた世界を守ることに必死で、とりわけ天帝を生かすことこそが主たる目的となっていた。
すでに天帝は骸と化している。肉は削げ落ち、骨だけの存在となり、おそらくは自発的な意思もあるまい。人間どもから微量ながら魔力を吸い上げ、『天帝の果実』なる装置に溜め込んで天帝に供給することで辛うじて生命を保っている。しかし、それも限界に近づきつつあった。天帝の衰退と、供給する魔力が追いつかなくなってきたのだ。
なんとかして強大な魔力を得るために執政官達は悪魔達に目をつけ神託戦争を起こさせたが、これは失敗した。他にも様々な手段を試みてきたものの、どれひとつとして芳しい成果を得られなかった。残された手段はひとつしかなかった。天使そのものを天帝の贄とすることであった。
スロルゼンがガルサノに打ち明けた計画では、優秀な男女の天使をわずかばかり残し、後はすべて天帝に魔力を供給する。天帝は復活し、残った天使達によって新たな天使の世界を作る。というものであった。
『そんな馬鹿な話があるか!』
ガルサノとしてはスロルゼンのもつ優秀な天使による選民的な手法には多少なりとも共感を持ってた。だが、天使を天帝の贄とすることには賛同できなかった。それではまるで天使は天帝のためだけに生きて天帝のためだけに死んでいくようなものである。天使の存在意義と言うものを考え続けてきたガルサノとしては、そのあまりにも虚しい存在意義を認めるわけにはいかなかった。
『スロルゼンの好きにさせるわけにはいかない』
スロルゼンを排除してでも彼の計画を阻止せねばならない。その時が近づきつつあることをガルサノは覚悟していた。
「皇帝が負けたようですね」
そう傍で囁くソフィスアースはガルサノの胸のうちを知る唯一の天使であった。
「まぁ、あの猪が勝つとも思わなかったが、これで私の計画は頓挫してしまったな」
ガルサノの計画では、地上の戦いにガルサノが介入することでシードなる少年天使を誘き寄せ、その魔力を奪い取るつもりであったが、先手を打たれてしまった。天帝以上の翼を持つシードが見せ付けんばかりに天界に現われたのだった。これにより天界は混乱し、執政官たるガルサノもその対応に追われ、地上の戦争に介入するどころではなくなってしまった。
『うろたえるでない。あれは我ら天使を動揺させる悪魔の仕業だ!』
スロルゼンはそう訴えかけ、天使達の動揺を治めようとした。一応は混乱は沈静化されたが、中には悪魔の仕業だと言うことに疑問を感じている者もいたし、悪魔の進入を許したとして執政官の責任を問う天使も少なくなかった。
「しかし、これでいよいよガルサノ様の時代が来ると言うものです。いっそうのこと、スロルゼン様の責任を追及し、執政官首座からご退場いただきましょう。そうなれば、おのずと執政官首座はガルサノ様のものです」
「それはそうだが、この件についてはスロルゼン様だけを追求できない。私も執政官である以上、その責任を免れない」
シェランドンをはじめとしてかなり悪辣な手段で政敵を排除してきたガルサノからしてみれば、またここで立て続けに最後の政敵を排除するというのは、どうにも聞こえが悪いような気がした。仮にスロルゼンを排除することに成功して首座を得たとしても、余人の信望を得られないのではないかと思うようになっていた。
「ガルサノ様、これは好機なのです。御身が天界、人間界の覇者となる一世一代の好機です」
ソフィスアースに言われるまでもなく、今が好機なのは重々承知していた。
「首座となれば他の天使の支持も必要となろう。あまり立て続けに他者を追い落としたとなると、世俗がどう見るか……」
「これはガルサノ様らしくない弱気。他者の支持などどうでもいいではありませんか。要は実力なのです。あの骸の養分になるのを座して待つおつもりですか?」
もはや一刻の猶予もないのです、とソフィスアースが語気を強めた。確かにラピュラスの高度はわずかながら徐々に落ちてきている。執政官以外の天使はその事実に気がついていないが、いずれ知られることだろう。
迷っておられる時間はないのです、というソフィスアースの言葉が脳裏にこびり付いて離れなかった。
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