光射す道③
だが、またしてもバーンズの思惑は外れることになった。
スフェード領を目前にして敵と対陣した翌日、各方面に発していた斥候が慌しく帰ってきた。その全てが相当数のサラサ軍がこちらに向っている、というものであった。但し、どの斥候の報告も具体的な数が分からず、進軍路や軍容も曖昧なものであった。
「もっと明確な報告はないのか!」
バーンズは思わず癇癪を爆発させた。サラサ軍が雑軍であり、その事前情報も極めて少ないということもあるが、バーンズ軍の兵の質がかなり落ちているのも確かであった。
『敵が来ているのは確かか……』
そうなれば敵の数は一万程度か。ジギアスが動いていることを察知しているはずであるから、片方に兵数を偏らすことはないだろう。
「より正確な数を把握しろ。あとどの地点に到達するかだ」
現在寄せられている報告を総合してみると、敵はバーンズ軍の右翼―北側から進出してきそうである。
「少し軍を下げてみようと思うがどうだろうか?」
バーンズはキリンスに意見を求めた。敵の主力は間違いなくこれより到来するサラサ軍である。現在相対している敵よりもそちらに備えるべきであろうとバーンズは考えたのだ。
「幸い戦闘が始まっているわけではありませんから、少し下がって様子を見ましょう」
キリンスは同意した。バーンズはやや軍を後退させ、北から来るだろう敵に対することにした。軍を動かすにあたり、敵が襲ってくる懸念もあったが、敵は動くはなかった。バーンズは安堵しながら夜を過ごした。
「バーンズ様!起きてくださいませ!」
翌朝。バーンズは日の出と共にキリンスの声でたたき起こされた。実は緊張と不安でろくに眠れなかったので、すぐさまベッドから出ることができた。嫌な予感が的中したのではないかと思うと胸が締め付けられる痛みを覚えた。
「ご、ご覧ください」
キリンスが声を引きつらせた。天幕を出たバーンズは、目の前に広がっている光景を目にして絶句した。スフェード領の山地に昨日にはなかったおびただしい数の軍旗が、バーンズ軍を取り囲むように棚引いていた。
「これは……」
敵が到来するのは予測できていた。しかし、これほど迅速に、且つ大多数の兵力を動員するとはまるで予期していなかった。
「敵の数は……どれほどであろうか?」
バーンズは息が苦しくなってきた。心臓の痛みが先ほどから強くなってきた。
「詳細はこれより斥候を出して調べさせますが、ざっと見て二万はいるかと」
「二万?それは敵の全軍ではないか?」
もしキリンスの観測が正しければ、敵はほぼ全軍を持って挑んできたことになる。
「閣下……」
キリンスは明らかに動揺していた。そうなると逆にバーンズは冷静になれた。
「うろたえるな!たとえ敵が全軍で来たとしても、数で僅かに劣るだけではないか。我らが敵の全軍を相手していれば、陛下はやすやすとエストヘブンに到達できる。それで我らの勝利ではないか!」
バーンズはそう叱咤した。それは自分に言い聞かせているようでもあった。
バーンズはすぐさま自軍の配置を転換した。包囲するように南北に軍を広げている敵に対し、バーンズも自軍を南北に展開した。
『とにかく時を稼ぐことだ……』
同時にバーンズは全軍に命令を出した。積極的な攻勢を戒め、守勢に徹することにした。
サラサ軍は日が完全の昇りきると同時に攻撃を開始してきた。バーンズが守勢に徹するように指示したことにより、サラサ軍はバーンズ軍を攻めあぐねた。バーンズにとっては思惑通りであったが、それも夕刻までであった。
状況を一変させたのはサラサによって待機を命じられていたベリックハイム家の部隊であった。兵力はわずか百名足らず。領主であるシルダー・ベリックハイム自らが兵を率いていて、士気は極めて高かった。
「我らが父祖が受けた塗炭の苦しみを顧みよ。その恨みを晴らすは今ぞ。全員死せ!」
そう号令したシルダーは自ら先頭に立ち、猛然と敵軍に切り込んでいった。百年ほど前、肥沃な土地から荒廃した地へと転封させられたベリックハイム家とその家臣の生活は、貧困と飢えに支配された想像を絶する苦しみがあった。その苦しみは代々語り継がれていて、帝室に対する恨みとなっていた。
死をも恐れぬベリックハイム家部隊の突撃がバーンズ軍に楔を打ち込んできた。その突撃は凄まじいもので、バーンズがいる本陣にも肉薄してくるほどであった。やむを得ずバーンズは本陣を後退させることにした。
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