諸侯会議②
サラサの案内に対する諸侯の反応は素早く、全ての諸侯が参加する意向を示してきた。ここで会盟に参加した諸侯の中から、いくつか特徴的な諸侯を紹介する。
まずはこの物語の始まりの地となったレンストン領。ここの領主が領地経営を代官に任せて帝都に住み着いていたことは、この物語の始まりで語ったとおりである。その代官が悪政の限りを尽くしていたものの、シード達によって死したことも先述した。その事件以後、自領に戻った領主は、そこではじめて代官の悪政の限りを知り、自らの不明を悔いた。それからは常に領地に留まり、領民の為に概ね善政といえる政治を布いていた。
そのレンストン領の南に位置するノーレン領も特徴ある領であった。現在、ノーレン領の領主はわずか八歳のイスメル・ノーレンであるが、実質的には彼の祖母であるナスターシャ・ノーレンが政治を見ていた。これには経緯があった。
五年前、先代領主が病により死去した。長く闘病していたが為に遺言を残しており、それによれば『次期領主は我が子のイスメルに継がし、弟ハインツに補佐される』というものであった。しかし、当時イスメルはわずか三歳でしかなく、とても領地経営ができるような年齢ではなかった。
これにより家臣団は二分した。先代領主の遺言どおりイスメルを領主にすべきという一派と、イスメルではなく先代領主の弟であるハインツに継がすべきだという一派にである。彼らは直接的な抗争にこそ及ばなかったものの、日々絶えることない論争を繰り返していた。
さすがにこれでは埒が明かないと思った両派は、ナスターシャ臨席のもとで会議を開き、そこで次期領主を決することにしたのだった。しかし、これまで激しい論争を繰り広げてきた彼らが容易に妥結するはずもなく、議論はいつ終わるとも知れなかった。
会議が始まってほぼ一日が経過し、何度か目かの休憩が取られた。すっと席を立ったナスターシャは、戻ってきた時には家宝の短剣を手にしていた。家臣達が何事かと固唾を呑んで見守っていると、ナスターシャはすっと短剣を抜き、机に突き刺した。
『亡き御領主様は、イスメルを領主にし、ハインツにその補佐をさせると遺言したのです。それなのに何故その遺言を反古にするのですか?それは明らかに亡き御領主様への不忠ではありませんか?イスメルが領主になることに反対する者は名乗り出なさい。不忠者としてこの短刀でその首を掻き切って差し上げます。そして私も自らの胸を刺し、泉下で亡き御領主様に詫びを申し上げます』
ナスターシャの発言に、家臣団は黙り込んでしまった。普段は穏やかな人柄で家臣領民から敬慕されてきたナスターシャだけに、この激しい剣幕に家臣達は萎縮し反論ができなかった。以後、イスメルを領主に、ハインツを補佐役とすることに意見する者はいなくなった。
しかし、事態はこれで収束しなかった。ナスターシャの剣幕に恐れをなしたのは家臣達だけではなく、補佐役を任されたハイツンもであった。
『とてもあの母がいる中で政治の補佐役などできない』
と恐怖し、逐電してしまったのであった。ナスターシャは領内くまなく捜させたがハインツは見つからず、やむを得ず自らが新しき領主の補佐役となったのであった。
サイラス教会領の東隣にあるゼレダ領も触れておく。この領は非常に小さな領地で、ベリックハイム家が領有していた。しかし、元々ベリックハイム家は南部の肥沃な領地を有していたが、百年ほど前に転封させられていた。
ベリックハイム家の開祖はマカーレン・ベリックハイム。ちょうどレオンナルド帝の時代である。マカーレンは帝都の近衛兵で、宮城の門番であった。彼は佞臣ザーレンツが皇帝を弑逆した変事を最初にレオンナルドにもたらした人物で、レオンナルドは即位後、その功績を大いに讃え、南部の肥沃な土地を与えたのだった。
事態が変転するのは、今から約百年前のことであった。時の皇帝はギルガメル帝、ジギアスにとっては曽祖父にあたる。ギルガメル帝は『烈帝』という称されるほど、強烈な個性を持った皇帝であった。
非常に強権的な人物で、気に入らぬ家臣がおればその場で切り殺すなど、常軌を逸した所業を繰り返し、人々を恐れさせた。また私生活においては、美女と美食と美酒をこよなく愛し、そのために帝国の国庫が彼の即位中に大きく傾いたといわれるほどであった。
当代のベリックハイム家の当主は、カナンウェル・ベリックハイム。彼はギルガメル帝に匹敵するほどの好色家であった。それがベリックハイム家にとっては不幸の始まりであった。
カナンウェルはある日、宮城で行われた宴席に参加し、したたかに酔った。前後不覚になるほど酩酊したカナンウェルは、あろうことか皇帝の寵姫に手を出してしまったのである。翌朝になって事態が発覚し、カナンウェルはその場で切り殺され、ベリックハイム家は北部のゼレダ領に転封させられたのだった。
実はこれは烈帝ギルガメルによる陰謀であり、それが発覚するのはサラサが帝位についた後のことであった。ギルガメルの寵姫の日誌が帝国書庫から見つかり、ギルガメルが肥沃なベリックハイム領を皇帝の直轄地にしたいが為に、寵姫を使って好色なカナンウェルを罠に嵌めたということが明るみに出るのであった。この事実を公表したサラサは、ベリックハイム家を元の領地に戻すのだが、それも後の話である。
さて、ギルガメルに罠によってゼレダ領に転封させられたベリックハイム家は困窮を極めた。当然ながら領の収入としては激減するのであるが、皇帝からは転封の際に家臣団を罷免することを禁止された。つまり、同じ数の家臣団を激減した収入で養わなければならなくなったのだった。
転封当初は、餓死する家臣達が続出し、困窮のあまり農家や工人に転身する者も少なくなく、ベリックハイム家は没落していった。
そのためベリックハイム家家中には皇帝を憎む要素が強く、伝統となっていった。しかし、神託戦争においては、隣領には反皇帝派の領主がおらず、経済的理由から遠征を捻出することもできず、参加できずにいたのだった。そんな彼らにとって今回のサラサの決起は、百年前の恨みを晴らす絶好の機会、というわけであった。
『参加する動機はそれぞれだが、仲間が多いのは心強い』
サラサは次々と集まってくる領主達は一堂に会するのが楽しみになっていた。
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