天界動乱③
その日、夜遅くに天界院の臨時会議が開かれることになっていた。計画を実行するには絶好の日である。イピュラスを守っている衛兵の数は少なくなるし、執政官達の身柄を一気に押さえることができる。
議題は人間界の治安悪化の原因追及と対処についてであった。一時はその任務をガルサノに一任されることとなったが、シェランドンがブルゲアノスとメキュートスを巻き込み、これに対して異を唱え続けてきたのだ。
「このままでは一向に話が進みません。このガルサノ、一度拝命した任務を遂行するまでのことです」
珍しくガルサノが声を荒げた。どうやら会議がなかなか進むず焦れているようだ。
「しかし、やはりここは人間界の事情に精通しているシェランドン殿が引き続き行うべきであろう。シェランドン殿は自ら人間界に下り、事に当たると申されておる。それが上手くできなければ、ガルサノ殿がその任に当たればよろしかろう」
老練なブルゲアノスは、のらりくらりとガルサノの舌鋒をかわしていく。
「この件はすでにスロルゼン様が私に指示を出されたものです!」
「左様な。その手法を知りたくて開いた臨時会議ではないか。しかし、貴殿の手法はいささか手緩い。だからこそ今更ではあるが、異を唱えているのだ」
「どこが手緩いと申されるか?」
「どうして自ら人間界に下りて事に当たらぬ。その辣腕を直接人間界で披露すれば、瞬く間に事を治めることができるであろうに」
ブルゲアノスがそう言うと、ガルサノが苦りきった顔で黙り込んだ。天界で自らの権勢を拡大させたいと考えているガルサノは絶対に人間界には下りない。それを見越しているからこそ、ブルゲアノスはそう言ったのだろう。
「やめよ、ブルゲアノス。すでにガルサノに任を与えた。我らはその手並みを見守ればよいではないか」
スロルゼンは、あくまでもガルサノに任せるつもりであった。それでもブルゲアノスの求めに応じて臨時可の会議を開いたのは、やはりブルゲアノスの影響力を無視できないからであろう。
「私とてガルサノの手腕を疑っているわけではない。しかし、かつてのレオンナルド帝のような男がいない今、執政官としてより慎重な対応を期待し、知りたいだけなのだ」
埒が明かぬ、と言わんばかりにスロルゼンが短いため息を吐いた。
「どうですかな?本日はこれまでにしては。このまま堂々巡りの議論を続けていても、座して夜明けを待つだけです」
スロルゼンの腹心ゼルハンが口を開いた。異論はないとばかりにほとんどの者が頷く。ブルゲアノスもわざとらしく欠伸をする。しかし、それが合図であった。ばんと会議室の扉が開け放たれ、光の剣で武装した天使達十数名が乱入してきた。
「無礼者!神聖なる天界院の議場なるぞ!」
ゼルハンがすぐさま反応し、叱責の言葉を飛ばした。だが、ここに乱入してきた天使達は、そのような叱責に対してたじろぐような精神をしていなかった。さも当然であるかのように剣の先をゼルハン、ガルサノ、スロルゼンに向けた。
「これはブルゲアノスの仕業か……。いや、シェランドンか」
スロルゼンが剣を向けられていないシェランドン、ブルゲアノス、メキュートスを一瞥した。ひどく落ち着いているのがシェランドンとしてはしゃくであったが、こうなってはスロルゼンとて何もできまい。
「天界の古く時代が終わったということです。ご理解ください」
「古き時代か……確かにそうかもしれん。しかし、そこにいるガルサノは決して古き時代の天使ではないぞ」
シェランドンはガルサノに目をやる。諦めたのか目を閉じて俯いていた。
「どこまでも小僧の肩をもたれるのか!」
シェランドンはスロルゼンの胸倉を掴んだ。そのまま殴るも床に引き倒すのもシェランドンの自由であった。だが、射るように見返してくるスロルゼンの瞳は未だ威厳に満ちており、シェランドンは自然と手を離した。
「少なくともあの小僧は新しき時代には不必要ということです。新しき時代は我らが決めます」
シェランドンはそう強がるのが精一杯であった。
「お連れしろ」
ともあれ、武力によって天界院を制圧することには成功したわけである。仮にも執政官たる天使を殺害するわけにもいかないので、幽閉することとなった。
『勝った……』
シェランドンは万感の思いであった。そのシェランドンの横をガルサノが連行されていく。
「ガルサノ。貴様だけでも殺しておくべきかもしれんな」
勝者の優越としてシェランドンは脅すように言った。ガルサノは顔色一つ変えないの対し、仲間であるメキュートスが慌てた声で話しかけてきた。
「シェランドン殿。事が成った以上無用な殺生は厳禁なはず……」
計画段階より、無用な殺生は避けるように取り決めてきていた。このことについてはメキュートスが神経質なまでに主張し、シェランドンもブルゲアノスも異存がなかった。
「分かっております……」
と言いながらも、いずれは殺してやろうとシェランドンは考えていた。それこそが権力者の特権であるのだからと信じていた。
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