コーラルヘブン③
コーラルルージュに入ったサラサ軍は、七百名に膨れ上がっていた。皇帝軍の抵抗はなく、無血のうちに街へ入ることができた。どうやら皇帝軍はコーラルルージュ城に籠もって抗戦するらしい。
コーラルルージュは、コーラル山系の中腹に開かれた都市で、コーラルルージュ城は険峻な崖の上に建っていた。さらにコーラルルージュ城の背面には湖があり、まさに天嶮に守れた堅城であった。
「なるほど。まさに天下の名城。守るに易し、攻めるに難しと言った感じですな」
馬上のジロンが崖の上に佇むコーラルルージュ城を見上げた。
「知っているか?かの神託戦争のおり、皇帝軍はこのコーラルルージュ城を攻めようとしたが、この光景を見て諦めたらしいぞ。おかげで私の命も助かったらしい」
「本当ですか?」
「知らん。風の噂だ」
サラサもかつての自分の住処を見上げた。こうして下から他人の物となった城を見るというのも不思議な感じであった。
「さて、どう攻めますかな?」
「普通の山城なら難しいだろうな。でも、ここは私の故郷だぞ」
「ほう。やはり絶妙な作戦がおありと?」
「作戦?ははっ、これを作戦というよりも一種の詐欺だな。ネグサス!」
「はっ!」
「城を囲みは任せた。いかにも城を攻めますよ、という示威活動をしてくれ。私は別働隊の百名を率いる」
「御意です」
ネグサスという男は、サラサの命令に従順であった。ジロンのように軽口を叩くこともなければ、サラサの作戦に異論疑問を差し挟むこともなかった。やりやすい部下ではあったが、どうにも面白みに欠けた男であった。
「ジロンとミラは私と来い。私の家を案内してやるぞ」
夜。サラサは百名の部隊を率いて密かに包囲軍を離れた。コーラルルージュ城を横目に見ながら湖の方角に進んだ。
「湖から攻めるのですか?」
ミラはサラサと馬を並べながら尋ねた。
「そうだが、ちょっと違うな。まぁ見てろよ」
森を抜けると湖が見えてきた。湖面にはいくつもの舟が浮いていた。バロードを先行させ舟の準備をさせていたのだった。
「お待ちしておりました、サラサ様」
「よし。順々に乗り込め。敵に気づかれないように慎重かつ迅速にな」
サラサは馬を降り、自らも乗船した。
全軍が舟に乗り込むと、月の光に照らされながら、舟の群れはコーラルルージュ城へ向けて進んだ。切り立った崖の上に佇むコーラルルージュ城は深い闇に沈み、動きはまるで見られなかった。
「サラサ様、そろそろ……」
「うん。進路をあの空洞の方向に向けろ」
バロードに促されたサラサは、岩壁の端にある空洞へと舟の向きを変えさせた。そこは長年に渡り湖面の波によって抉られた洞窟ができていて、舟を止めることのできる桟橋もあった。
「サラサ様、ここはまさか……」
「そうだ、ジロン。万が一の時に備えての脱出路だ。本来は城から脱出する時に使うものだが、今回は逆に使わせてもらう」
サラサの乗った舟は桟橋に寄せられ、舟から降りた。他の舟もそれぞれ接岸し、兵士達も舟を降りていった。
全員が船を降りるのを確認したサラサは、自ら先頭に立ち洞窟の中を進んだ。流石に落城の際の脱出路として作られたため道幅は広く、整備もされている。全軍が通るのに支障はなかった。
「バロード、この辺だったな」
「確かそのはずです」
サラサは全軍を停止させると、岩壁をまさぐった。しばらくして隆起した岩の一箇所がわずかに凹んだ。
「ここだな」
サラサはその場所を強く押した。すると岩壁の一部が大きく開き、上へと向う階段が出現した。
「このような隠し階段が……」
ジロンが感嘆の声を上げた。
「この脱出路と隠し通路はビーロス家でも一部の者しか知らない。皇帝軍もまさかこんなところから攻めてくるとは思っていないだろう。上りきると城の中だ。総員、戦闘準備」
サラサがそう命じると、一同が剣を抜き、サラサを追い抜いて階段を上っていった。
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