名もなき旗のもとに⑧

 カランブルに入ったサラサは、今後の行動を決めねばならなかった。すでにサラサの中にはいくつかの腹案があったが、現在の状況と他人の意見も聞きたかったので、主だった者を集めて評議を開いた。


 「とりあえず現状を教えてくれ」


 「現在、即座に動員できる兵力はおよそ千五百名ほどです。但し、我が軍に参加したいという若者が各地から続々と集まっておりますので、時間が経てばさらなる増員も可能です」


 ジンがそう報告した。これにサラサがアルベルトから借りてきた兵を加えても二千には届かない。贅沢は言えないが、やや物足りない戦力である。


 「テナル。兵糧の方はどうだ?」


 「カランブルで篭城するのであれば、非戦闘員含めて二ヶ月は持ち堪えるだけの備蓄はあります。しかし、外に出てしまっては、荷馬車などの数がまだ足りませんので、かなり難しい事態になるでしょう」


 「ふむ……。すぐに外征は無理か……」


 先々のことを考えれば、篭城ばかりはしていられない。外に打って出て皇帝軍を討ち破り、支配できる領地を増やさなければ、集団としての未来はなかった。


 「敵の状況は分かっているのか?」


 「サラサ様が到着される二日前ほどに撃退した軍が、ちょうどエスティナ湖近辺まで撤退しています。エストブルクから着実に補給を受けていることを考えれば、最終的には四千から五千ほどになるのでしょうかと予想しています」


 「四千から五千か……。また大軍と戦う羽目になるのか」


 サラサの脳髄は、いかにしてこの大軍と戦い勝つか、という計算を始めていた。脳裏に浮かぶのは、カランブル近郊の地形とそこに入り乱れる自軍、敵軍。予想される敵軍の動き、それに対応する自軍の動き。その全てが加速度をつけてサラサの頭の中で映像として動いていた。


 『勝つには勝てる』


 サラサはそう判断した。しかし、そのためにはひとつの要件があった。


 「ジン。コーラルヘブンの状況は分かっているのか?」


 「およそ二百の帝国兵が駐在していますが、動く様子はないです」


 コーラルヘブン領は、カランブルにとって後背に値する。カランブル近郊にサラサ軍がいる限りは動くことはないだろうが、一度遠く外征すればコーラルヘブン領から出撃しカランブルを襲うか、サラサ軍の背後を脅かすだろう。厄介な蝿のような存在であった。


 『やはりコーラルヘブンを取らねばならないか』


 いずれコーラルヘブン領を抑えねばならないとは思っていた。その時期はもっと先だと想定していたが、状況を考えれば今やるべきなのかもしれない。カランブルを攻めてくる敵軍は遠く位置し補給のためしばらくは動かない。そしてコーラルヘブン領の敵軍兵力は少ない。好機と言えばこれほどの好機はない。


 「色々と意見があるとは思うが、私はまずはカランブルの後背を脅かすコーラルヘブンを奪取しようと思う。そこを後方拠点にできれば、戦いを優位に進めることができる」


 サラサが言うと、異論を挟む者はいなかった。彼らも同じようなことを考えていただろうし、なによりもサラサの言うことを全幅に信頼していた。


 「コーラルヘブン奪取作戦には五百の兵で行い、私が指揮をする。残りはカランブル防衛だ。これはジンに任せたい」


 「サラサ様が自ら赴かれることは……」


 ミラが心配そうに言った。


 「左様です。今やサラサ様は我らが大将。迂闊に出られ万が一のことがあれば……」


 奪取作戦は私が、とジンが続けた。


 「いや、ここは私が行く。お前らは忘れているかもしれないが、私はコーラルヘブンの人間だぞ。私が適任だ」


 こればかりは他人に任せるつもりはなかった。少々大掛かりではあるが、これはサラサにとっての里帰りなのだ。

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