風雲児

風雲児①

 ダルトメスト陥落の報は、敗残し逃走してきた僧兵達によってもたらされた。しかもその敗北が一方的なものであると知ると、エメランスの首脳部は大いに動揺した。彼らの中に純軍事的に戦略戦術を総覧し指揮を取れる者などおらず、ただただ混乱するばかりであった。かろうじて理性を維持していたバドリオは、すぐさま最高司祭会議を開催した。


 「まずは今後の見込みだ。僧兵総長」


 「エメランスに戻ってきた僧兵の数は三百あまり。そのうち戦えるのは半分程度です」


 半分という言葉に議場はざわめいた。八百名あまりが出陣し、帰って来たのは半分以下。その中で戦えるのはさらに半分以下であるという事実は、軍事的に素人である彼らにも大敗北であることは十分に理解できた。


 「この責任はどうするのだ!教会の不名誉だけではなく、総本山そのものの危機ではないか!」


 ひとりの司祭が机を叩き叫んだ。先の会議でバドリオを援護した司祭である。事態が変転するとこうも簡単に変節するとは。バドリオもこの男を切り捨てようと思った。


 「帝国軍は我らを上回る兵数でダルトメストを囲みました。いくら一騎当千の僧兵達でも多勢に無勢では……」


 「一騎当千とは片腹痛い!一騎当千ではないから負けたのではないか!」


 このままでは不毛な議論になる。バドリオは口を開いた。


 「責任論はこの際やめよう。問題はこれからどうするかだ」


 責任論になるとバドリオにも矛先が向う。それは避けたかった。


 「僧兵総長。動員できる兵力は?」


 「およそ千人です」


 千人。対するジギアスはすでに三千五百の兵を動員しており、さらに増やすこともできる。当初は各地にいる信者の暴発も期待したが、こうもあっさりと帝国軍が僧兵を撃破したとなると、信者達はかえって萎縮してしまうだろう。バドリオの計画はたった一戦によって崩壊してしまった。


 「この際だ。僧兵だけではなく、エメランスにいる信徒達にも武器を取らせよう。エメランスにいる三千名近い信徒が結集し、一丸となって戦えば、いくら盛況な帝国軍とはいえ簡単に勝てるはずもない。不肖、このオブライト、自ら槍を振るって帝国軍に向っていく所存です」


 「戦闘経験のないものが剣と槍を取ってどうするかね?ただの役立たずではないのかね」


 一同が声のする方向を見やった。アルスマーンであった。オブライトは、アルスマーンが目上の者であることを忘れたかのように激昂して、机を叩いて反駁した。


 「私が覚悟を申したまでだ!その覚悟があってこそ、帝国軍を撃退させることができるというもの!」


 「覚悟とな?そなたが覚悟するのは勝手であるが、その覚悟を他者に強要し、そして戦地へと赴かせる。救いようのない話ではないかね?」


 「総司祭長は私を口先だけの卑怯者と仰るか!」


 オブライトに分がないのは誰が聞いても明らかであった。バドリオは助け舟を出してやるしかなかった。


 「オブライト口を慎みたまえ。それと総司祭長。あなたにはご意見がありますかな?」


 アルスマーンの眼光が鋭く光った。いつもの好々爺の雰囲気は消え失せていた。


 「簡単な話じゃ。我ら全員が皇帝陛下の御前に進み出て頭を下げるだけじゃ。すみませんでした、とな」


 議場がざわついた。アルスマーンの発言は、ここにいる誰もが思いも至らなかった解決案であったに違いない。


 いや、正確に言えばバドリオも事態を収める最良の方法はそれしかないと思っていた。意気盛な皇帝の出鼻を挫くにはこちらが平身低頭して謝るしかないのだった。しかし、そんなことは教王としての矜持が許せなかった。


 「教会が皇帝に屈せよというのか!」


 「教会ではない!教王陛下、あなただ!」


 アルスマーンが声を荒げた。その迫力に議場は凍てつき、バドリオは硬直してしまった。


 「そもそもダルファシルに僧兵を入れて皇帝陛下を挑発したのは誰か?そこにいるオブライトであり、教王の命令によって行われたことぞ。責任論云々と言われていたが、すべての責任者は教王にある。教王が一身を捨てぬ限り、皇帝陛下は容易に矛を納めまい」


 権力者としての責任ということだけであるまい。皇帝ジギアスは個人的な恨みとしてバドリオの首を欲していることだろう。アルスマーンの発言は、あまりにも正鵠を射ていた。


 「そ、そのようなことを!教王様ばかりに責任を取らせるのは……」


 アルスマーンの迫力に完全敗北しているオブライトは、情けなき声で反論したきた。


 「左様。不肖、このアルスマーン・ミサリオも身を投げ打つ所存。火遊びの罪科を皇帝陛下の処していただく。教王と私、それと数人の首があれば、皇帝陛下もご納得されることでしょうな」


 冗談ではない。こんな一時的な失態のために教王の座を追われ、挙句に命を取られるなんて冗談ではなかった。 


 さらに冗談ではないのは、議場の雰囲気がそちらの方向に傾いていることであった。口々にアルスマーンの提案を是とする声があちらこちらから聞こえてきた。彼らにしてみれば、自分にさえ実害がなければそちらへと意見が流れるのは当然かもしれなかった。


 「ひとまず閉会する!明日早朝に再び開催する」


 バドリオは声を荒げて宣言した。不利に傾く流れを止めねばならなかった。


 アルスマーンが口惜しそうにしていたが、反駁する様子はなかった。きっと明日の会議の展開に望みを見出したのだろう。しかしそれは、バドリオにとっては歓迎すべき事態ではなかった。バドリオに不利になった流れは、容易に好転するとも思えなかった。


 『これは何とかせねば……』


 やるしかないのか。バドリオは秘めていた黒々とした計画を実行すべき時がきたのだと覚悟せねばならなかった。

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