雷神と少女⑥

 「まずは祝着。といったところかな。アズナブールの生死は定かではないが、再起はできまい」


 男は尊大な態度でネクレアを見下ろしている。自分より若く見えるが、地位も年齢もネクレアなどよりも遥かに上である。そうと知りつつも、若造に見下されているみたいで不愉快であった。


 「恐れ入ります」


 ネクレアはそんなことをおくびも出さず従順に従う。これも愛するわが子を領主にするためである。


 「しかし、マグルーンの領主就任を認める勅状はまだのようだな」


 「はい。催促はしておりますが、皇帝陛下もお忙しいようで」


 「ふん。忙しいものか。戦争と美姫という酒に酔いしれているだけだ」


 ベストパールが死去した直後、ネクレアはベンニルと諮り、アズナブール討伐の檄文を偽造するとともに、マグルーンを新しい領主とする報告を帝国政府に提出したのであった。この報告を受け、新領主を認める皇帝の勅状が発行されれば、名実ともにマグルーンが新しいエストヘブンの領主となる。


 しかし、未だに皇帝の勅状は発行されていない。皇帝陛下が各地で発生した反乱を鎮圧するのに忙しく、帝都にほとんどいないからである。


 「あの猪皇帝には困ったものだ。自らをかつての獅子王に準えているらしいが、実力も人望も足元にも及ばんじゃないか。なぁ」


 と同意を求められたので、ネクレアは適当に相槌を打った。


 「しかし、アレクセーエフ様。その皇帝が我が領の内紛に介入してくるやもしれません」


 「懸念材料ではあるな。だが、その辺は任せてもらおう」


 「助かります」


 尊大で不愉快な男だが、利用価値は高い。特に教会への影響力の高さは、ネクレア達にとっては大きな武器であった。


 「さて、そろそろ行くとするか。あまり油を売っていると、勘繰られるからな」


 「では、また」


 「うむ。それまでには皇帝の勅状が出ているといいな」


 アレクセーエフは立ち上がると、背中から大きな白い翼を二枚、左右に出現させた。翼をはためかせ、高く飛び上がるとアレクセーエフはそのまま夜空に消えていった。


 天使。しかも、二枚の大きな翼を持つ階級の高い天使である。どんな思惑があってネクレア達に協力してくれているのか定かではないが、利用できるのであればとことん利用してやる。ネクレアは静かに誓った。

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