第13話 悪役令嬢は試作品を使用してみるようです

 オーブントースターの試作品が完成した。


 ロバートからその知らせを受けたアリシアは、早速サロンで実物を見せてもらうこととなった。


「アリシア様のご要望通りの見た目にできたのではないかと思いますが、いかがでしょうか?」


 高さ約二十五センチメートル、幅約四十センチメートル、奥行約三十センチメートルの金属でできた直方体の箱。

 手前の面には、ガラス窓のある蓋が取り付けられている。


 テーブルに置かれたそれは、紛れもなくアリシアの知るオーブントースターそのものだった。


「素晴らしいわ!」


「ありがとうございます。

 熱源となる火の魔石は、天井部に備え付けられています。

 魔力効率、熱伝導効率を向上させるために、外装の素材に粉末にした魔石を混ぜこみました。

 これによって、サンプルで用意していただいた火の魔石より小さく、安価なもので調理可能となり、火の魔石の消費を抑えると共に、コストの削減に成功しました」


 アリシアとしては、それらしい外装ができれば十分だとおもっていたが、ロバートはその予想を越えてきた。

 この短期間でそれだけの改良を行うとは、ロバートやグストン商会がどれだけこの商品に期待しているかがわかるというものである。


「火の魔石の供給は問題ないかしら?」


「商会の伝手で、何人か声をかけられそうな魔術師がいますので、問題ないかと。

 どうしても人手が足りなければ、私自身で用意しても構いませんし」


「そのときは私にも声をかけてください。

 商売はできませんが、魔石に刻印を施すくらいのことならお手伝いできますので」


 初めはロバートに依頼することに対して思うところがあったが、今なら素直に頼んでよかったと思える。


 アリシアは姿勢をただすと、ロバートを見つめた。


「ロバートさん、ありがとうございます。

 貴方に依頼して正解でしたわ」


 前世の知識を拝借しただけではあるが、それでも自分で設計したものがこうして完成したという嬉しさから、つい表情もほころぶ。


「あ、ありがとうございますっ!」


 ロバートが頬を赤く染めながら、それに答えた。


(ロバートも自分の携わった品が完成して嬉しいのね)


 アリシアは、この喜びを共有できる相手がいることを心地よく感じた。


「そういえば、私がまとめた料理のレシピはどうだったかしら?」


 アリシアはオーブントースターの販売にあたって、付属品として添付する予定の料理のレシピをいくつかロバートへ渡していた。

 料理とはいっても簡単なものばかりだ。

 トースターや焼き芋、包み焼きにグラタンといった具合である。


「問題ありませんでした。

 むしろ、調理にあたった料理人から、このレシピを考えた者を教えるよう言い寄られてしまいましたよ」


 アリシアは今回の件で、自身の名前は伏せるようロバートにお願いしてある。

 不用意に目立ってしまうと、ローデンブルク家の目に止まってしまう可能性があり、そうなると最悪資金集めを止めるよういわれてしまう恐れがある。


 そのため、アリシアが発案者であることを知っているのは、実はロバートだけであり、グストン商会ですらその事実を知らない。


「本物の料理人の方に興味を持っていただけたのなら、よかったわ」


「以前と同じになってしまいますが、パンをご用意してありますので、よろしければ使用してみますか?」


「ええ、是非」


 アリシアはスライスしたパンをオーブントースターの金網の上に置くと蓋を閉め、手をかざしてそっと魔力を流し込んだ。

 ガラス窓から見える内部が、火の魔石によって赤く染め上げられる。


 無言で見つめ続けること数分、表面に小麦色の焼け跡がついたところで、もう一度魔力を流しオーブントースターを止める。


 蓋を開くと、熱気と共に芳ばしい匂いが広がった。

 前回の土魔法で作った、なんちゃってオーブントースターと異なり、焼きむらも少なそうだ。


「うん、いい香り」


「バターもご用意してありますよ」


「いただくわ」


 トーストの表面にバターを塗り、小さく千切ると口へと運ぶ。

 サクッとした表面と、ふんわりとした中身の舌触りが口の中を楽しませる。

 バターの甘さが心地よい。


「美味しいわね」


 アリシアがトーストを味わっていると、ふとロバートの視線に気がついた。

 その表情は笑顔なのだが、どことなくがっかりしているような。


(ロバートもトーストが食べたいのかしら?)


 それなら二枚焼けばよかったのにと思うが、アリシアの手前、遠慮したのかもしれない。


 このトーストの美味しさは、アリシアとロバートのオーブントースター製作の象徴といっていいだろう。

 だからこそ、この味を共有したい。


 やせ我慢しているロバートにもう一枚焼くよういうのは、野暮というものだろう。


 アリシアは前回の失敗を踏まえて、サロンに備え付けられている棚からトーストを切り分けるためのナイフを取り出そうと移動する。


「アリシア様?

 いかがされましたか?」


「ロバートさんともこの味を共有したいと思いまして。

 ほら、前回は私が手で千切ってしまったでしょう。

 だから今回はちゃんとナイフで切り分けようかと」


「っ!

 いえ、そんなわざわざナイフで切り分けずとも」


「ですが、私としてはオーブントースターの共同開発者であるロバートさんにも、一緒に味わってほしいわ。

 もしかして、あまりお腹がすいていないのかしら?」


「そんなことはありません!

 実はもうペコペコでして、はい」


「ならナイフで……」


「それはダメです!」


 再びナイフを取りに行くために動き出したアリシアを、慌てたようにロバートが止める。


「ダメ、ですか?

 いったいなぜです?」


「あっ、えっと、その……。

 そう!

 わざわざトーストを切り分けるためにナイフを使用するということは、その分洗い物を増やすということです。

 それでは水がもったいない。

 商人の息子としては、たとえわずかな水でも無駄遣いするわけにはいかないのです」


(平民とはいっても、ロバートも大商家の跡取り。

 かなり裕福な暮らしをしていると思っていたけれど、案外倹約家なのね。

 それが商人として成功する秘訣なのかしら?)


 これから商売へ手を出そうとしている身としては、商人の先輩の意見は尊重したいところである。


「では、申し訳ありませんが、私が千切ってもよろしいかしら?」


「はい、お願いします!」


 アリシアはトーストを半分にすると、まだ千切っていない側をロバートへと差し出す。


「ありがとうございます!」


 クリーム色の髪をふわふわ揺らしながら、トーストを口へと運ぶロバート。


(相変わらず美味しそうに食べるわね)


 ロバートの食べっぷりは、みていて気持ちがいい。

 がっついているわけではないのだが、本当に幸せそうに食べるのだ。


 小柄なこともあってか、異性ではあるがこういった雰囲気がかわいらしいと思えてしまう。

 ついつい、トーストで膨れた赤い頬をつつきたくなってしまうほどだ。


(こうしてみると、ロバートってどことなくメリアと似ているわね……)


 メリアにもある、小動物を彷彿とさせる愛らしさ。

 それと似た気持ちが、自分の中にあるのを感じる。


「マジラプ」では、メリアが元平民ということで、二人は意気投合していた。

 しかしそれだけではなく、もしかしたら互いにこういった小さな振る舞いに対して、シンパシーを感じていたのかもしれない。


 恋敵となるかもしれない相手ではあるが、アリシアは微笑ましそうにロバートの様子を見ながら、トーストを口へと運んだ。


 ◇


「それではまずは貴族関係者をメインターゲットに、オーブントースターの販売を開始していきたいと思います」


「よろしくお願いしますね」


 これが上手くいくかはわからない。

 だが、メリアとの将来のための道を、確かに進んでいるのを感じた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る