第5話 悪役令嬢はお茶会を開くようです

 メリアと仲良くなるために、アリシアがまず考えたのは、お茶会を開くことだった。

 2人で同じ時間を共有すれば、仲が深まることは間違いないだろう。


 思い立ったが吉日。

 早速メリアをお茶会へと招待した。

 子爵令嬢に過ぎないメリアが、アリシアの誘いを断れるはずもない。


 メリアはどことなく困惑した雰囲気ではあったが、そんなことは気にしない。

 ここは攻めの一択である。


 メリアにとってアリシアは、顔を会わせる度に小言をいう姑みたいな存在だろう。

 誠に遺憾ではあるが、残念ながら良くは思われていないはずだ。

 好感度マイナススタートのヒロイン攻略。

 失う好感度がないのであれば、攻めることを戸惑う必要もない。


 そうと決まればお茶会の会場を用意する必要があるわけだが、今回は学園にあるサロンを利用することにした。

 サリアス魔法学園には、貴族の子女が数多く在籍していることもあり、いくつかのサロンが設けられている。

 これらのサロンは申請すれば、誰でも利用することができるのだ。


 会場については、ローデンブルク家を提供してもよかった。

 しかし、いきなり公爵家に招待するのは、メリアにとって、かなりハードルが高いだろう。


 それに学園のサロンであれば、人払いも容易だ。


 貴族の子女が多いとはいっても、それぞれが専属の使用人をつけているわけではない。

 貴族であっても学園内では、基本的に自分のことは自分でしなければならない。


 つまり、何がいいたいのかというと、サロンの中に入れるのは、サロンの申請者とその招待客だけなのだ。

 今回であれば、アリシアとメリアだけである。

 そして、お茶会の用意をするのは、ホストであるアリシアだ。


(意中の相手の心を射止めるために、まず胃袋をつかむのは定石よね)


 公爵令嬢であるアリシアだが、英才教育の中には料理も含まれていた。

 さすがに公爵家の料理人には及ばないが、それでも並みの料理人と比べて、遜色のない腕前だといって過言ではないだろう。


 今日は早起きをして、メリアのためにパイを焼いてきた。

 季節の果物をふんだんに使った逸品だ。


 あらかじめ切り分けておいたパイを、皿に並べる。


(せっかくなら出来立ての、温かいものを食べてもらいたかったけれど、こればかりは仕方ないわね)


 電子レンジとオーブントースターで軽く温めるだけでも違うのに、と思う。


 この世界には電化製品が存在しない。

 その代わりに、魔道具と呼ばれるものが存在する。

 魔物を倒すと手に入る魔石に、魔術刻印を施すことで、火や水といった属性を付与することができる。

 そして、それぞれの属性の力を利用するのが魔道具だ。


 しかしながら、この世界における魔道具の存在位置は、専ら軍事品だといっても過言ではない。

 大規模殲滅兵器や、都市防衛用の大規模結界。

 小型なものでいえば、魔剣などの装備もそうである。


 したがって、一般に魔道具は浸透していない。

 唯一、例外的に広まっている魔道具は、街の光源である、魔道ランプくらいのものだ。


(今度なにか作ってみようかしら。

 刻印の施し方は学園で既に習っているし、単純な構造のものくらいならたぶん作れるはず)


 アリシアとして生きていた頃は、そのような発想が生まれることはなかった。

 それも当然だろう。

 何せ家電などというものを知らないのだから。

 しかし、前世の記憶を思い出したことで、身の回りの不便に、良くも悪くも目が向いてしまう。


 折角だ、多少生活を豊かにしても問題ないだろう。


 そんなことを考えていると、控え目なノックの音が響いた。

 メリアが来たようだ。


 緩みそうになる頬を引き締める。


「どうぞ、お入りください」


「しっ、失礼します」


 緊張しているのか、上ずった声をしながら、メリアが入ってきた。


「いらっしゃい、メリアさん。

 さあ、こちらにお掛けになって」


「はっ、はい」


 ぎこちない動きで席へと着くメリアを見ながら紅茶を淹れた。

 豊かな香りがサロンに広がる。


「今日は招待に応じて下さって、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそお招きいただき、ありがとうございます……」


「ふふっ、そんなに緊張なさらないでください。

 今日は本当に、ただのお茶会をするだけですから」


 メリアの緊張を解すように、微笑みながら言葉を紡ぐ。


「は、はい」


 だが、そう簡単にリラックスすることはできないようだ。

 それも無理ないことではある。

 これまで散々、自身に小言を垂れてきた相手に呼び出されたのだ。

 それも、状況から察するに、自分が原因で婚約破棄を突きつけられた直後に、である。

 なにかされるのでは、と身構えるのも仕方のないことだろう。


「まあ、これまでの関係を考えると、突然私に呼び出されて、緊張するなという方が無理でしたね」


「も、申し訳ありません」


 小さくなりながら頭を下げるメリア。


「いえ、気にしないでください。

 私にも非はありますから。

 そうそう、今日はパイを用意しましたの。

 お口に合うといいのですけれど」


「い、いただきます……」


 おずおずといった様子でフォークを口へと運んだメリアは、しかしながら一口食べると、そのクリッとした瞳を輝かせた。


「とても美味しいです!」


 そういいながらもう一口食べるメリア。

 その姿は、まるで愛らしい小動物を彷彿とさせるようである。


(ウヒャーーッ!

 お持ち帰りしたい!

 まったく、メリアったら、まったくもう!!)


 にやけそうになる口角を気合いで抑え込みながら、どうにか微笑みを維持する。


「それはよかったわ。

 メリアさんのために早起きして作った甲斐がありました」


「えっ、これ、アリシア様がお作りになられたのですか!?」


「ええ、そうですよ。

 こう見えて料理の腕には少し自信があるんです」


「本当に美味しいです!

 プロの料理人にだって負けないと思います!」


 眩しい笑顔で紡がれたその言葉は、世辞ではなく本心だとわかる。

 メリアが、アリシアの作ったパイを美味しそうに食べてくれる。

 その様子をみているだけで、幸せに溺れそうだった。


「ふふっ、ありがとうございます。

 おかわりもありますから、ぜひ召し上がってくださいね」


 こんな光景が毎日続くようになれば、あまりの多幸感に、天へと召されてしまうのではないだろうか。

 そんな考えが脳裏をよぎったが、それならそれで本望だろう。

 その選択を後悔することはない。


 本来なら、更にメリアとの仲を深めるため次の手を打つつもりだったが、今日はもう十分かなと思う。

 まだまだ、レイネスルートの完結までには時間がある。

 攻めるのと焦るのは違う。

 確実にメリアを落とすために、ここは慎重にいこう。


 他愛のない会話をしているうちに時間は過ぎていき、初めてのお茶会は大成功で幕を閉じた。

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