特別編 クソガキとの『思い出』 〈ムーンサイド〉その6

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「お姉さん、どうしたの?」


 勇が声をかけたのは、一人の女だった。


 二十代後半から三十代前半ぐらいだろうか。長い黒髪、きりっとしたまなざし、そして風船を詰め込んでいるかのように膨らんでいるシャツの胸部。


 場所は浅間大社の境内。


 出店のかき氷を手にしたまま、ぼうっとベンチに座っている彼女を見て、勇は不思議に思ったのだった。


「かき氷、溶けちゃうよ」


「あぁ、そうね……僕、よかったら食べる? おばさん、まだ口付けてないから」


「いいの?」


 笑顔でかき氷を受け取り、頬張る勇。


「美味しい!」


 女の横に座り、勇はかき氷を食べ始めた。


「僕、近所の子?」


「うん。友達と遊んでるの」


 勇は瑠奈やほかの友達たちと浅間大社でかくれんぼをしていたのだが、一番最初にあっさり見つかってしまった。鬼として捜索に加わり、境内を歩いている最中に心ここにあらずといった面持ちの女を見つけたのだ。


「お姉さん、なんでぼーっとしてたの?」


「え?」


「なんか嫌なことあったの?」


 勇に聞かれ、女は俯き加減に答える。


「ううん、嫌なこととかじゃないの。なんだか、懐かしくてね」


 女はぽつり、ぽつりと語りだす。


「おばさんも子供の頃はこの街に住んでたんだけど、今は遠くの方で暮らしてるの」


 お盆休みを利用し、帰省してきた旨を子供の勇にも分かりやすく伝える。


「おばさんもね、小っちゃい頃はよく浅間さんで遊んでたんだ。だから、子供たちが遊んでるのを見てたら懐かしくなって、また、こっちで暮らしたいなって思って」


「そうなんだ」


「ほら、あそこの遊具のとこで遊んでる二人が私の子供なの」


 もさもさとした頭の男と一緒に二人の少女が遊んでいる。


「ふぅん」


「あの子たちにとってみたら、今住んでる家があるところが故郷ふるさとだから、親の都合でいきなり引っ越しってわけにもいかなくてね」


「でも、この街はいいとこだよ」


「うん、知ってる」


「おーい、勇ちゃん」


 瑠奈が息を切らせて駆け寄ってきた。


「こら、なんで休んでるのよ。あとまだよっちゃんが見つかってないんだから」


「はーい」


 勇はベンチから飛び降る。


「じゃ、バイバイ。あっ、かき氷ありがと」


 去っていく勇に手を振る女。そこへ、勇と入れ違いになるようにもさもさ頭の男とその娘二人がやってきた。


「ふう、ちょっと休憩」


「あれ、お母さんかき氷食べたの?」


「あっちの方で売ってるわよ」


「あたしも食べたい」


「私も」


「じゃ、お父さんが買ってくるよ。何味がいい?」


「いちご」


「メロン」


 姉妹たちが答える。


「私はブルーハワイで」


「愛華、もう一個食べたんじゃないのか?」


「いいから、行ってきて」


「はいはい」


 もさもさ頭の男――源道寺華吉は駆け出した。


 


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