特別編 クソガキとの『思い出』 〈ムーンサイド〉その5
1
「勇ちゃん、今日は探検隊を作るわよ」
瑠奈がそう言うと、勇は素朴な疑問を口にする。
「探検って何するの?」
「決まってるじゃない。誰も見たことのない未知の世界を見つけるために探検するのよ」
「へぇ、面白そう」
場所は有明瑠奈の住むアパートの前。そこに、瑠奈の友達の小一の女児たちが集まってくる。
「おーい、瑠奈ちゃーん」
「みんな来たわね」
瑠奈の友達とはいえ、勇にとっては面識のない年上のお姉さんたちばかり。いつもは元気いっぱいな勇だが、この状況では借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「有月勇、です」
「可愛いね」
「瑠奈ちゃんの弟じゃないんだ」
勇は内弁慶なのである。
しかも自分以外は全員女の子。普段、未来や瑠奈など女の子と一緒に遊ぶことはあれど、今は瑠奈以外見知らぬ子ばかり。居心地の悪さを感じる勇であった。
「ねぇ、どこに探検に行くの?」
「浅間さんよ」
「浅間さんは何回も行ったことあるじゃん」
「違う違う。勇ちゃん、浅間さんの裏に森があるの知ってる?」
「うん。でもそこ、入っちゃダメってなってるよ」
「実はね、そこに入るための隠し通路があるらしいの」
「え?」
隠し通路という言葉の響きが、幼い勇のロマンを刺激する。
「面白そうでしょ」
「うん!」
そうして一同は浅間大社まで向かう。
「ねぇねぇ、瑠奈ちゃん、アレどうなった?」
「アレ? ああ、どうってことなかったよ」
道中、女子たちは勇には分からない話題で盛り上がっていた。
「それがさぁ――」
無論、彼女たちは勇を仲間はずれにしようなどとは考えておらず、時折、勇にも伝わるアニメの話題をあげていたし、幼稚園児という立場の勇を気遣っていた。勇も彼女たちとだんだん仲良くなってきたのだが、心の奥底に言葉で表すことのできないもやもやとした感情も抱えていた。
いったいそれがどういう理由で湧き上がってきた感情なのか、幼い勇には分からない。
やがて一行は浅間大社までやってきた。境内には入らず、浅間大社と市立図書館の間の道を北に歩いていくと、やがて坂になる。その坂の右手こそ、探検隊が目指す森なのだ。
このエリアは私有地であり、立ち入り禁止となっているため、勝手に入ることはできない。だが、その手前の部分までなら歩いて入ることができるのだ。
「ここ。ここに道があるの、昨日見つけたんだ」
坂の途中まで登ると、瑠奈の友達が声を潜めて言う。
森を挟んだ向かい側の住宅街に通じる抜け道のようなものである。子供たちは一列になってその道に入った。
背の高い木が立ち並び、空を覆っている。青々とした匂いとどこからか流れる水の音。子供たちの胸の辺りまで伸びきった草の中に、踏み荒らしたような道が続いていた。
自分たちの住む街にこんな場所があったなんて。
子供だけの探検というドキドキ感と、入ってはいけない場所に入っている背徳感に酔いしれながら、子供たちは足を動かした。
森の中には見たことのない建造物もあった。
「わっ、あれなんだろ」
かつての貯水タンクも子供たちにとっては未知の存在である。
やがて一行は南側に足を向ける。少し歩くと小さな川が現れ、森の敷地を北と南で分断しているのが分かった。川の先はまさしく浅間大社の森で、こちら側と境になるように大きな塀で囲われていた。
川と高い塀のせいで、さすがに向こうへ渡ることはできなかった。
それでも、子供たちは満足だった。
「そろそろ帰ろっか」
瑠奈の号令で一行は帰路に就いた。
*
その日の夜。
勇はベッドの中で考えていた。
初めて会った瑠奈の友達たち。
友達と楽しそうに話す瑠奈。
その姿を見て、心の中で湧き上がったあの感覚。
あれはいったいなんだったのだろう。
いいものではなかった。
もちろん、瑠奈の友達の女の子たちはみんな優しくて、彼女たちのことが嫌い、というわけではない。探検も楽しかったし、何一つ嫌なことはなかったはず。
ではいったいあの時の感情はなんだったのか。
勇には全く分からなかった。
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