第191話  クソガキをプロデュース

 1



「――というわけで、今回も終業式の後にお楽しみ会をやりまーす」


 担任の先生がそう告げると、生徒たちはまるで生肉を放られた野犬さながらの大騒ぎを見せた。


「やったぁー」


「先生、お菓子持ってっていいー?」


「いいけど、300円までだよー」


 各学期の最後の日にクラス全員で楽しく遊ぶという体験は多くの者が体験したことがあるだろう。


 お楽しみ会、レクリエーション、クラス会……


 呼び方こそ違えど、その主旨はどれも同じである。


 普段はお菓子を校内に持ってくることなど許されないが、その日だけ特別に許可が下りる。お菓子を持ち寄り、各々が前もって準備した催し――歌やマジックや劇などなど――を披露し、全員で遊んでクラスの結束を高めるのだ。


「ねえ、何やろっか」


 休み時間になり、未夜は眞昼と朝華に相談する。二学期の終業式まであと一週間ほどである。練習する時間も加味すると、何をするのかは早めに決めておかなくてはいけないのだ。


「一学期の時はクイズ大会やったけど、おんなじのはちょっとなぁ」


 眞昼は腕を組む。


「香織ちゃんたちはマジックやるんだって」


 朝華が言うと未夜はぽん、と手のひらを打って、


「あー、その手があったか」


「えっ、未夜ちゃんマジックできるの?」


「できないけど」


「じゃあだめじゃん」


 どんな催し物を披露するか、クソガキたちは頭を抱える。


「うーん」

「うーん」

「うーん」


 と、そこへクラス一のお調子者の芹澤とその友達たちがやってくる。


「おい龍石、お前らまだ何やるか決まってないのか?」


「まだ、って、お楽しみ会をやることはさっき決まったばっかだろ」


「芹澤くんたちは決まってるの?」


 朝華が尋ねると芹澤たちはにやりと口角を上げる。


「ふっふっふ、俺たちはコントだ」


「コント?」


 未夜は首を傾げた。


「なんだそれ」と眞昼。


「なんだ、お前らコント知らないのか」


 芹澤は得意げに胸を反らし、


「ま、お前らがやることより面白くて楽しいのはたしかだな」


「なんだと」


「お楽しみ会を楽しみにしてろよ。わーっはっはっは」


 高笑いをしながら芹澤は踵を返す。


「ぐぬぬ。未夜、朝華、絶対あいつらよりスゴいのをやるぞ」


「う、うん」


「分かった」


 とは言ったものの、何をどうすればいいのか、全く見当もつかないクソガキたちであった。



 2



 家に帰ると、一階の店の方でクソガキたちが難しそうな顔をしてテーブルを囲んでいた。ノートを開き、鉛筆を握っているところを見るに宿題の最中だろうか。


「ただいま」


「おかえりなさい」と母がキッチンから顔を出す。


「あっ、勇にぃだ」


 未夜が俺に気づく。


「おかえりー」

「おかえり」

「おかえりなさい」


「おう。宿題やってんのか、偉いぞ」


「違うぞ」と眞昼が顔を上げる。


「何やってんだよ」


 眞昼の手元のページを覗き込むと、そこには幼い字で何やら箇条書きに書かれていた。


 コントにかつ!


 ・マジック。

 ・かみしばい。

 ・クイズたいかい。


「なんだなんだ」


 意味が分からんぞ。


「芹澤たちのコントに勝つために面白いものを考えるんだ」


 眞昼がぐっと拳を握って言う。


「どういうことだよ」


「実は――」と朝華が事情を話し始める。


「――なるほど」


 お楽しみ会の出し物についてアイデアを練っているわけか。とある男の子たちのグループはコントをするらしく、それに対抗心を燃やしているようだ。


「お楽しみ会か。なんか懐かしいな」


「勇にぃもやったことあるんですか?」


「おう。小学生の時な」


「ところで勇にぃ、コントって何?」


 未夜が真顔で尋ねる。


「コントってのは、劇みたいなお笑いだよ。たぶんお前らもしょっちゅうテレビで見てると思うぞ」


 それにしても小一でコントに挑戦するなんて、芹澤という少年のハートは鉄の塊か?


「勇にぃ、何かいいアイデアない?」


「アイデアねぇ……おっ、ここにマジックってあるじゃんか」


「あたしマジックできないもん」


「私も」


「それにマジックはほかのグループがやるんです」


 じゃあなんで候補に書いてあんだよ。


「つってもなぁ、こういう出し物の定番はマジックだしなぁ。それができないとなると……」


「うーん、またクイズ大会やる?」


 未夜が諦めたように見回す。


「ダメだ。前と同じのじゃ、芹澤たちには勝てない」


 どうやら前回――一学期のお楽しみ会ではクイズを披露したらしい。


 所詮は子供のやるものだ。難しく考える必要もないと思うが――とその時、テレビから華やかな音楽が流れ始めた。


『今日のゲストはシンデレラの十崎じゅうざき凛子りんこちゃんです』


 バラエティ番組のゲストとして現れたのは最近はやりのアイドルユニット『シンデレラ』の絶対的エース、十崎凛子である。


 特にアイドルなどには興味のない俺だが友人にアイドル好きが多いため、知識として知っている。A〇Bや乃〇坂、〇-Girlsにもも〇ロにアイ〇リングなどなど、様々な女性アイドルが覇を競うアイドル戦国時代において、ナンバーワンの人気を誇るのがこの『シンデレラ』だ。


 十崎凛子は新曲の宣伝のために出演したようで、やがて画面は『シンデレラ』の新曲のPVに切り替わる。


「あたしシンデレラ好きだなー」


 眞昼がらんらんと目を輝かせながらテレビを見つめる。


 華やかなPVをぼんやり見ていた俺の頭にひらめきが舞い降りる。


「そうだ。お前ら、アイドルやればいいんじゃないか?」



 *



「アイドルですか?」


 朝華は不安そうな顔をする。


「そう。アイドルの曲を練習して、みんなの前で歌って踊るんだ」


「えぇ、アイドルかー、なんか恥ずかしいかもー」


 未夜がくねくね体をよじるが、言葉とは裏腹に表情はノリ気だ。


「それで芹澤たちに勝てる?」


 眞昼が聞く。


「そりゃあインパクト十分だし、ちゃんと振り付けも練習して上手に歌ったら勝てるんじゃないか?」


「よし、未夜、朝華、アイドルをやるぞ」


「おー」

「おー」



 3



 さっそく俺たちは二階に行って作戦会議プロデュースを始めることにした。


 お楽しみ会の出し物ということを考えると、取れる時間はせいぜい一組当たり十分もないだろう。練習期間は一週間ぐらいしかないし、こいつらのことだからいろいろな曲を練習しても覚えられるか怪しい。


 ここは一曲に絞ってそれをみっちり練習するのがよさそうだ。


「シンデレラの歌がいい」


 眞昼がせがむ。


「分かった分かった」


 友達にシンデレラの熱狂的ファンがいるのでそいつにCDとDVDを借りてくるとして、歌と踊りはそれで練習する……あとは衣装だな。


 私服でアイドルソングを歌うのも可愛らしいと言えば可愛らしいが、どうせならそこもこだわりたいポイントだ。


「未来さんに作ってもらえるかな……?」


 未夜の母、春山未来は地元のとある劇団で衣装係として働いていたそうで、服や衣装の自作を趣味としている。以前、ハロウィンの際も手作りのコスプレ衣装をクソガキたちに作って――なぜか俺の分も――いたので、アイドル衣装も作ってもらえるかもしれない。


「よし、ちょっと行ってくるから遊んで待ってろ」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 俺は家を飛び出し、まずはお隣の春山家へ。


「あら、勇くんどうしたの?」


 未来に事情を説明し、衣装制作を頼み込む。


「――というわけなんです」


「ふぅん、面白そうねぇ」


 よし、好感触だ。


「作ってもらえますか?」


「いいわよ。でもその代わり――」


「へ?」


 未来はにっこりと微笑んで、


「今度勇くんにも衣装のモデルやってもらっていいかしら?」


「え?」


「ちょうど取りかかろうと思ってたのがあるんだけど、勇くんが引き受けてくれるならアイドル衣装の方を先にやってあげる」


「ちなみに、どんな衣装なんすか?」


「ナ、イ、ショ」


 妖しい笑みを浮かべる未来だが、俺には断る選択肢はない。


「わ、分かりました」


「ありがとう!」


 こうして衣装の確保に成功した俺は、次なる目的地へ向かう。


「あれ? 有月、どうしたの?」


「実は――」


 シンデレラのファンの友人にも事情を話し、シンデレラのCDを借りることに成功した俺は、急いで家へと戻る。


「帰ったぞ」


 クソガキたちはゲームをしていたようで、仲良くベッドの縁に並んで座っていた。


「ほれ、CD借りてきたぞ。衣装のことも未来さんに頼んできたし」


「よし、じゃあさっそく練習しよう」


 未夜はケースを開き、PVが収録されているDVDをデッキに入れた。ややあって、アイドルたちの映像がテレビから流れ出す。


「可愛いー」

「可愛いー」

「可愛いー」


「お前ら練習するんじゃないのか」


「まずはちゃんと踊りを見ないと」と眞昼。


 それから練習する曲のPVを何周か見て、クソガキたちはダンスの練習を始めた。

 

 が――、


「あれー?」

「ちょっと、今のとこ止めて」

「ここどうなってるんだろう」


 PVといっても最初から最後まで定点で撮っているわけではないので、角度やカットの切り替わりのたびに動きの把握がしづらくなる。


 クソガキたちは見よう見まねでダンスをするが、子供という点を差し引いてもその出来はあんまりなものだった。これじゃいつまで経っても上達はしないぞ。


「うーむ、お前ら、とりあえず今日は歌の練習だけにしとくか」


「でも歌って踊るのがアイドルですよ」


「朝華の言うとーり」


 未夜が高らかに言う。


「でもな、そもそもどういうふうに動いてるのかが分からなくちゃ練習のしようがないだろ? 今日は自校がなくて暇だから、どんな振り付けなのかをまとめといてやるよ。で、ダンスの練習は明日からにしようぜ」


「しょうがないな」


 眞昼は腕を組む。


 そしてクソガキたちは歌詞カードを見ながら歌の練習をした。



 4



 その夜。


「勇、お風呂空いたよ。勇? ――っ!」


 さやかは戦慄した。


 息子の部屋を覗くと、そこには熱心にアイドルの曲の振り付けを練習する我が子の姿があったからだ。


「ほっ、ほっ、ほっ」


「勇?」


 ダンスに夢中でこっちには全く気付いていない。


「ほっ、ほっ、で、ここでターンで、次にこうか――わっ、なんだよ母さん」


 くるっと一回転した息子と一瞬目が合った。息子は顔を真っ赤にしながら、


「こ、これは違くて、あいつらにダンスの振り付けを」


「あ、お風呂空いたわよ。大丈夫、お母さんも昔は光GE〇JIとか好きだったし、思春期なら誰でも通る道だから」


「違うんだって」


 アイドルに憧れることはおかしなことではない。


 何も見なかったことにしてあげよう。


 さやかは静かにドアを閉めた。


「話を聞け―!」



 *



 その後、ちゃんと誤解は解けた。

















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