第185話  クソガキは組み立てたい

 1



 土曜日の午前十時。


 源道寺家のとある一室、源道寺華吉の書斎。


 壁際にはいくつもの大型のガラスケースやガラス棚が設えられており、華吉のコレクションが飾られていた。


 男という生き物はいくつになっても少年のままだ。幼い頃に憧れたものは、年を取ってなお心の中で輝いている。好きな物に囲まれる空間こそ、男が本当にリラックスできる場所なのだ。


 華吉は集中していた。


 書斎の入り口から見て正面奥の机に座り、説明書に従って細かいパーツを組み合わせていく。


 機動戦士ガ〇ダムのプラモデル、略してガ〇プラを組み立てていたのだ。彼が手を付けているのはマスターグレードの『ジョ〇ー・ライデン専用〇ク』である。社長業で多忙を極めている華吉。プラモデルをじっくり組み立てている時間などなく、少しの時間を縫うように、長いスパンで組み立てていた。


 塗装にもこだわるため、この真紅の稲妻専用の〇クに手を付けてからすでに二週間近くが経過していたのである。

 しかもこの男、製作中にさらなるプラモを買い込んでおり、完全に購入に組み立てが追いつかない状態であった。まだ開封すらしていないものも多く、彼の書斎にはいくつもの積みプラの山ができている。


 が、それでもついつい買ってしまうのが男のさが


 今日は久々の休日なので、ガッツリ制作に時間を使える。


 こんこん、とドアがノックされた。


「はい」


「お父さん」


 現れたのは朝華だった。その後ろには、彼女の親友である未夜と眞昼の姿もある。


「どうした、みんなして」


 朝華が代表して言う。


「お父さん、、また見たいです」


「うん? ああ、『佐久夜さくや』かい」


 『佐久夜』とは源道寺家の家宝の日本刀である。詳細は省くが、朝華、未夜、眞昼の三人が宝の地図によってこの『佐久夜』を見つけ出したため、建前上はということになっている。


 普段は鍵付き倉庫の中に厳重に保管しており、時おり彼女たちが見たいという時だけ出して見せてあげている。無論、危険な真剣なので触らせることはしないが。


「はいはい、ちょっと待っててね」


 華吉は立ち上がり、机を迂回して三人のところへ。


「お父さん、またプラモデルですか?」


「うむ、カッコいいだろう」


「このお相撲さんみたいなやつ、勇にぃの部屋にもあったな」


 ガラス棚に顔を寄せて眞昼が言う。彼女の前の棚には腹部にウェイ〇ライダーが突き刺さった〇・Oが飾られている。


「カッコいいけど、あたし、プラモって作ったことないや」


「なんか難しそうだよね」と未夜


「そんなことないよ。説明書通りに作れば簡単さ……あっ!」


 華吉は部屋の左手奥にあるドアを開ける。その先は物置になっており、ここにも長年溜め込んだ積みプラ――というよりもはや放置プラ――がしまいこまれていた。彼はその中から小さな箱を三つ取って部屋に戻った。


「ほら、これをあげるから作ってごらん」


「いいの?」と眞昼。


「難しくない?」と未夜。


「大丈夫。これは子供でも作れるから。そうだ、勇くんと一緒に作ってくるといい」


「ありがとう」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


「あとこれも」


 華吉は三人分のニッパーとスミ入れペンのセットも渡した。


 その後、華吉に貰ったプラモデルと道具を小脇に抱え、〈ムーンナイトテラス〉へ向かった三人。ジュースをご馳走になった後、いつものように勇の部屋へ向かった。



 2



「なんだおめぇら、似合わねぇもん持って」


 クソガキたちが持ってきたものはなんとガ〇プラだった。しかも懐かしきシー〇デスティニー時代のものである。

 サイズは144分の1だが、H〇ではない。コ〇クションシリーズというらしい。まだプラモづくりに慣れていない子供でも作ることのできる安価なモデルだ。今でこそ宇〇世紀じゃないと満足できない体になってしまったが、俺も子供の頃はこのシリーズに大変お世話になった。


「朝華のおじさんに貰った」


 眞昼が無邪気に言う。


「勇にぃと一緒に作れって」と未夜。


「ほう」


 未夜が持っているのは『フォース〇ンパルス』、眞昼は『ソード〇ンパルス』、朝華のは『ブラスト〇ンパルス』。


「仕方ない、やってやるか」


 こうしてクソガキたちとプラモ作りをすることになった。


 *



 テーブルの上にパーツと説明書を広げるクソガキたち。


「いいか、おめぇら。まずはこのニッパーを使ってパーツを切り離すんだ」


「そんなことしなくても手で取れるぞ」


 眞昼がランナーからパーツをブチっともぎ取る。


「ほら」


「あっ、こら。そんなことしたらバリが残っちゃうだろうが」


 案の定、眞昼が素手で切り離したパーツにはバリが残っていた。


「ほらほら、こうなっちまうから、ちゃんとニッパーで綺麗に切り取るんだよ」


 言いながら、俺は眞昼のパーツに残ったバリをニッパーで切り取ってやる。ああ、懐かしい感覚。


「全部切っちゃっていい?」


 未夜が聞く。


「まずは説明書をしっかり読んで、使うパーツを順番に切り取るんだ。じゃないと、バラバラに混ざっちゃうからな」


「絵と同じやつをやればいいんでしょ」


 未夜が言った。


「基本はそうだが、ちゃんと番号も確認しないと駄目だぞ」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 説明書を広げ、パーツを切り離していくクソガキたち。


 このコ〇クションシリーズは良くも悪くも子供向け。パーツの数も少なく、複雑な関節の組み立てもないため、初心者でも安心して組み立てることができる。値段も安価で、俺の記憶だと六〇〇~七〇〇円くらいで買えた。

 まあ、価格が安い分、肘や膝の関節が動かなかったり可動域が狭かったりするが、プラモ作りの入り口としては非常にいい商品だ。


「勇にぃ、これは?」


「勇にぃ、ここのパーツがない」


「勇にぃ、またバリがー」


 クソガキたちの補助をしながら順調に組み立てていく。やがて卓上に三体のガ〇ダムが並んだ。


「できたー」

「できたー」

「できたー」


 かかった時間は約一時間。


 俺の補助有りとはいえ、初心者にしてはいい感じだ。


「よし、遊ぶぞ」


 眞昼が完成したプラモを持って立ち上がる。


「待て待て。せっかくだからスミ入れもしようぜ。華吉さんがペンもくれたみたいだしな」


「スミ入れってなんですか?」


 朝華は小首を傾げた。


「このスミ入れペンを使って、線を引くんだよ」


「落書きする気か!」と未夜は自分のプラモを大事そうに小脇に抱えた。


「違う違う、溝に線を引くことで、カッコよくなるんだ」


 俺は試しに未夜の『フォース〇ンパルス』の顔の部分にスミ入れをし、未加工の眞昼、朝華のものと比べさせる。


「ほら、こっちのがいいだろう」


「本当だ」


「これを全身にやるんだよ」


 こうして半信半疑のクソガキたちを説得し、俺はスミ入れ作業に入った。素組みのままでも十分カッコいいけれど、それだけではちょっぴり物足りない。

 既製品に自分で手を加えることこそ、プラモデルの醍醐味ではなかろうか。


「ふう」


 まずは未夜の『フォース〇ンパルス』のスミ入れが終わった。うんうん、やはりスミ入れをした方が立体感が出てカッコいいぜ。これを見たクソガキたちの反応が楽しみだ。眞昼と朝華の分も早く終わらせなくては。


 当のクソガキたちはというと、地味な作業に入ると分かった途端「できたら呼んで」などとほざいて下へ行ってしまった。



 3

 


 〈ムーンナイトテラス〉のテラス席。


 三人のクソガキたちはホットココアを飲みながらゲームをしていた。するとそこへ見知った顔が通りかかる。


「あっ、光だ」


 眞昼が言う。


「おっ、みんな」


 制服姿の下村光だった。クリーム色のセーターの上に深緑色のブレザーを着込み、スカートから覗く生足はよく日に焼けていて美しい。首元には赤いマフラーが巻かれ、両手に手袋をはめていた。


「光ちゃん、学校ですか?」


 朝華が聞く。


「今日土曜だよ」と未夜。


「いやぁ、ちょっと学校に用があってね。それよりみんな、ここで何してるの?」


「暇だからゲームしてるの」


 そう言って未夜は手元のゲーム機を見せる。


「今日は有月くんと一緒じゃないんだ」


「勇にぃ? 勇にぃはなぁ」


 眞昼が腕を組む。


「何? 有月くんがどうかした?」


「スミ入れをしてるんです」


 朝華はペンを持つように指を構え、ちょんちょん、と前後に動かし、有月がやっていた動作をマネする。その動きと『すみ』という言葉が光の脳裏にある行為を浮かばせる。


「え? 刺青すみ入れ?」


「うん、って言ってた」


 未夜が補足をするが、それは光の勘違いをより強固に補強した。


「あ、有月くん、マジか……ど、どこに入れるって言ってたの?」


「最初は顔に」と眞昼。


「顔!? いきなり?」


「そのあと全身にやるって」と朝華。


「全身!?」


「今やってる最中だよ」


 二階の方を指さし、未夜は言う。


「家でやってるの? 嘘でしょ……」


 カルチャーショックを受け、思考がまとまらない光であった。


(そういえば、有月くんのお父さんって、昔は走り屋としてけっこうやんちゃしてたってお母さんが言ってた……!)


「じゃ、じゃあね」


「バイバーイ」

「バイバーイ」

「バイバーイ」


 早足でその場をあとにする光。

 

(まだ学校を卒業もしてないのに刺青すみを入れるなんて、すごい)


 人は見かけによらないな、と彼女は思った。



 *



 月曜日になって、光の誤解を解くのに有月が大変な苦労をしたことは言うまでもない。






 * * *


 いよいよ『10年ぶりに再会したクソガキは清純美少女JKに成長していた』1巻が発売となります。

 公式発売日は10月25日ですが、首都圏に近いところはフラゲできたりする可能性があるのかな……?


 明日、学校帰りや会社帰りに書店に足を運んでみるのもいいかもね!


 挿絵や口絵も素晴らしく、あの名場面やあの珍場面がイラストになっているのでお楽しみに!


 また物語としてのクオリティを高めるために一部のエピソードでは加筆や修正もしており、一冊の本として非常に素晴らしい出来になっております!


 早く皆様のお手元に届きますように!


 

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