第92話 クソガキは掘りたい
1
「はーい、みんな一列になって、白い線から出ないように」
「はーい」
歩道をアリの行列のようになって進む一年生たち。赤白帽と体操服を身につけ、足元は持参した長靴を履いている。背中にしょい込んだリュックサックにはお弁当や軍手、タオルなどが詰め込まれており、すでに疲れ顔の生徒もちらほら。
「眞昼、朝華、誰が一番たくさん掘れるか勝負しよう!」
「未夜ちゃん、やる気満々だね」
「私、さつまいも大好きだもん」
「あたしは今日のために朝ご飯いっぱい食べてきたぞ」
眞昼は棒のような腕で力こぶを作って見せる。まるでないが。
「いっぱい取れたら勇にぃにも分けてやろうぜ」
「いいね」
「そうしよう」
からりと晴れた十月下旬、この日は生徒たちが待ちに待ったさつまいも掘りが行われる日である。
未夜たちが向かっているのは小学校から徒歩十分ほどにある畑。春頃に植え付けを行ったさつまいもが収穫時期を迎える秋の中頃に、一年生の遠足を兼ねたさつまいも掘り大会が催されるのが恒例行事となっていた。
「前から車来たよ、みんなストップ」
たかだか十分といっても、百人近い低学年の生徒を連れての移動は危険を伴う。先生にとっても、大変な一日である。
やがて一行は畑に到着する。
引率の教師の指示に従い、クラスごとに整列。そして畑の管理人からさつまいも掘りのレクチャーや注意事項等の説明を受ける。
「ガシガシ掘ってはいけません。お芋に当たると傷ついて、美味しくなくなっちゃいますから。優しく、できれば手で掘るのがいいですねぇ。モグラさんの手になって、外側からちょっとずつ土を掘ってください。お芋が見えたら、ぐっと腰を落として、引っ張りましょう」
「はーい」
そしていよいよ畑へ。
軍手を装着し、バケツを持ってクラスごとに割り振られた場所へ向かう。
まっすぐ続く畝の前にしゃがみ込む。
「モグラさんの手、モグラさんの手」
朝華は土をかき分けるも、なかなかさつまいもは見えてこない。
「おらっ」
眞昼が貫手の形に伸ばした指を叩きこむ。
「ま、眞昼ちゃん、おじさんが優しくって言ってたよ」
「朝華、甘やかしちゃいけないぞ。甘いのはさつまいもの味だけで十分。おりゃっ」
「大丈夫かなぁ」
とはいえ、そこは所詮小一女児の腕力。普通に掘り進めるのとたいして変わらなかったりする。
「おりゃおりゃおりゃ」
子供たちの膝やももが土で汚れていく。
「あっ」と未夜が叫ぶ。
「芋か?」
未夜は小指ほどのうねうね動く白い生き物を摘み上げ、
「へへ、なんかの幼虫だった」
「うわぁ」
「きゃあっ」
「そんなに怖がんなくても」
さつまいも掘り開始から十分ほど経過し、芋を掘り当てる子供たちが出始めた。
「見つけたー」
「やったー」
「うんしょっ」
「でっけー」
「あたしたちも負けてられないな……おっ」
やがて眞昼は指先に手ごたえを感じた。
「おお、おお」
「眞昼ちゃん、それお芋じゃない?」
「やったじゃん」
赤紫色の突起が土の中から現れた。三人で慎重にその周囲の土を掘り進め、露出した部分が大きくなると、眞昼は腰を落として、
「ぐ、うおお」
「眞昼ちゃん、頑張れ」
すぽんと一つ抜けるとそれに続いて同じつるのさつまいもがすぽぽぽんと引き抜かれた。勢いあまって、眞昼は後ろの畝に尻もちをついてしまった。
「いてて、おっ、三つも取れたぞ」
サイズとしては小ぶりながらも、その達成感は大きい。
「すごい、眞昼ちゃん」
「私はもっとでかいの掘ってやるぞ」
「私も頑張る」
そうして、クソガキたちはさつまいもを掘り当てていく。
先が細くなったもの、こぶのついた歪なもの、楕円系の丸っこいものなどなど、多様な形のさつまいもがバケツを埋め尽くしていく。
「うわ、なんだこれ、全然抜けない」
未夜が声を上げる。露出した部分を両手で掴み、渾身の力で引っ張るも、まるで地面をそのまま引き上げているような感覚であった。
「朝華、手伝ってやろう」
「うん!」
未夜の腰を眞昼が引っ張り、眞昼の腰を朝華が引っ張る。『おおきなかぶ』のように、三人で力を合わせること数十秒、
「わっ」
「わっ」
「わっ」
ついにさつまいもは土から抜き取られ、三人はドミノ倒しのように畑に倒れ込む。
「すごーい」
掘り当てたのは、未夜の顔よりも長くて腕よりも太い、反り返った赤紫色の芋。間違いなく、今日一番の大物であった。
「で、でけぇ」
「おっきいぃ」
「見て、私の顔より大きいぞ」
未夜は巨大さつまいもを顔にくっつける。
「これ勇にぃに見せたらびっくりするだろうな」
「未夜ちゃん、私にも持たせて」
「いいよ」
「お、重い」
「朝華、次はあたし」
こうしてさつまいも掘りを楽しんだ生徒たちは、お昼休みにさつまいも入りの味噌汁をお弁当と一緒に食べ、午後は近くの公園で遊んだ。
2
「あらー、すごいわねぇ」
さやかはテーブルに並べられたさつまいもを見て感嘆の声を上げた。掘った芋は生徒が持ち帰ることができ、その一部を〈ムーンナイトテラス〉におすそ分けに来たのである。
「みんなで掘ったの?」
「うん」
「うん」
「うん」
「疲れたでしょう。ジュースとお菓子で体力回復していきなさい」
「あ、そうだ、おばさん、この芋はね、まだ料理しちゃダメなんだよ。じゅくせーさせないといけないって言ってた」
未夜はうろ覚えの注意事項を伝える。
そう、さつまいもは収穫後、一定の温度湿度で寝かせて熟成させることによりでんぷん質が糖化し、甘くなるのだ。
そんなことはすでに了解済みのさやかであるが、クソガキたちの顔を立て、初耳のふりをする。
「へえ、そうなの。じゃあスイートポテトにするのはもうちょっと先ね」
「なんだおめぇら、なにを騒いでんだ」
「勇にぃ」
「勇にぃ」
「勇にぃ」
ちょうど有月が帰宅する。
「なんだ、芋かよ」
ちらっとテーブルの上に並んださつまいもを一瞥する。男子高校生にとって、さつまいもとは魅力をかけらすらも感じない一品である。
「私たちが掘ったんだぞ」
「すごいだろ」
「勇にぃにもあげますね」
「……あー、すごいすごい、サンキューな。だからお前らそんな泥だらけなのか」
そう言って荷物を置きに二階へ向かう有月。さつまいもではいまいちテンションが上がらない。
「ふふふ、これなんかもっとすごいぞ」
未夜は例の大物を手に取り、有月を追いかける。
悲劇は、三つの不幸によって引き起こされた。
一つに、巨大さつまいもが重く、バランスが崩れたこと。
一つに、腰をかがめてのさつまいも掘りで思いのほか下半身に疲労が溜まっていたこと。
そして――
「わっとっと」
バランスを崩し、前方に倒れ込む未夜。その先に待ち受けるは、有月の臀部。
手に持った巨大さつまいもが導かれるようにして突き立てられる。
一つに、それは位置関係だった。
ずぷり。
男子高校生の下半身と小一女児の目線の高さが引き起こした悲劇。
「ぐわぁああああああああああ」
有月の咆哮が店内に響いた。
*
幸い(?)、出口は無事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます