第41話  クソガキと同レベル

 1


 長かった夏も終わり、季節は秋へ移りゆく。


 とはいえ、九月に入ってすぐに気温が下がるというわけもなく、まだまだ蒸し暑い日は続きそうだ。


「ねぇ、有月くん。そういえばイ〇ンで迷子になったってマジ?」


「え!? いや、あれは――」


「下村さんが聞いてたよ」


「あ、俺も聞いたぞ。どういう状況だよ」


「いやー、それは……」


 い、言えない。

 十歳以上も年下のクソガキに呼び出されたなんて……


(クソガキ共め……)


 久々の学校で糞ほどイジられた俺はクソガキ共へのヘイトを若干溜めつつ帰宅する。

 始業式しかないので午前で帰ることができた。


 食い飽きたそうめんをすすっていると、外の方から声が聞こえてくる。


「勇にぃー」

「勇にぃ!」

「勇にぃ」


 表に出ると、案の定、未夜、眞昼、朝華の三人がいた。


「おう、おめーらも今日から学校か」


 三人は帰宅途中のようで、赤いランドセルを背負って暑そうにしていた。

 そういえば、ランドセル姿の眞昼と朝華を見るのはこれが初めてかもしれない。胸には名札を付け、黄色い通学帽子をかぶっている。


「ん?」


 もう一つ変化があった。


「眞昼、お前、白くなったな」


 いつも男の子のように真っ黒に日焼けしていた眞昼の肌が、漂白したように白くなっていた。


「やっと皮が剥けたんだ。こっちはまだ少し黒いぞ」


 そう言って眞昼はシャツの襟をぐいっと引っ張り、小さな鎖骨が露出する。その周りは、たしかにまだら模様に皮が残っていた。


「う……」


 こういう中途半端な状態を見ると、無性に剥がしたくなる。一気にぺりっと剥がしたら気持ちいいだろうなぁ。


「そんなにじっと見るな、へんたい」


 ジト目で俺を見上げ、眞昼は襟を戻す。


「お前、自分で見せといて……」


 というか、


 俺はこんな薄っぺらい胸には興味ないわ!

 ボンキュッボンが好きなんじゃああああ!


 と声を大にして言いたいが、天下の公道でそんなことは言えない。


「それよりお前ら、あちぃだろ。なんか飲んでけ」


 三人とも額に汗を浮かべている。まだまだ残暑が厳しい。


「でも学校の帰りだからお金ないです」


 朝華がしょんぼり言う。


「奢ってやるよ」


「マジか」

「ナイスだ勇にぃ」

「やったぁ」


 店内の一角に陣取る三人。グレープジュースを飲みながら未夜が言った。


「そういえば勇にぃ、来週は眞昼の誕生日だよ」


「うん? そうなのか?」


「九月九日だ」となんだか気恥ずかしそうに眞昼は言う。


「へぇ。で、いくつになるんだ? くくっ、五歳か?」


「うがー、七歳だ!」


「冗談だって」


「全く。プレゼント、期待してるぞ」


「分かったよ」


「勇にぃは男なのになかなかセンスがいい。私の誕生日にくれたこのヘアピンも可愛いし」


 未夜が頭のヘアピンを指さす。


「それ、勇にぃに貰ったものだったの?」


 朝華が羨ましそうな顔をして聞く。


「うん」


「勇にぃ、私の誕生日は十二月八日ですから! 覚えててくださいね」


「分かった分かった」


「そういえば、勇にぃの誕生日はいつだ?」と眞昼。


「俺か? 俺は十月二日生まれだ」


「来月ですね」


「ふふふ、期待してるぞ、お前ら」



 2



「うーむ」


 どれがいいだろうか。


 前にクソガキ共と一緒に来たイ〇ンの雑貨ショップ。メルヘンチックな店内はやはりというか、当然というか、少女ばかりだ。


 子供向けのアニメグッズや文房具、アクセサリーなどが点在するショップ内において、店員を含め男は俺だけ。


 明らかに浮いている……


 眞昼も女の子なんだし、プレゼントするならこういった系統の方がいいだろうと思ったが、眞昼がアクセサリーを身に付けているのを見たことがないな。


 おてんばだし、男の子っぽい嗜好があるし、服装も男の子みたいだし、きらきらしたアクセサリーで着飾った姿が全く想像できん。


 髪が短いからヘアゴムは使わないだろう。ヘアピンは未夜と被る。ネックレスや指輪なんかはまだ年齢的に早い。


「うーむ」


 悩むなぁ。


 別のところで探そうかな。


 そろそろ「うわ、なにあの男」という周囲の視線に耐えきれなくなった。


「おっ」


 店を出ようとしたところで、ある物が目に留まった。


 これなんかいいんじゃないか?


 眞昼のやんちゃな雰囲気に合うし、けっこうおしゃれじゃないか。


 俺が目を付けたのは黒いリストバンドだ。裏にも表にも柄のない無地だが、こういうシンプルなのが気取らなくていい。

 眞昼のボーイッシュな服装にもぴったりだ。


 我ながら恐ろしいセンスだ。


 そうして、俺はリストバンドを手に取りレジへ向かった。



 3


 そして九月九日。


 〈ムーンナイトテラス〉のテラス席。


「すげぇ、かっけぇ!」


 華奢な左手首にはめたリストバンドを恍惚の表情で見つめる眞昼。


「眞昼ちゃん似合ってるね」と朝華。


「あたし、こういうの欲しかったんだ」


 タンクトップに短パンといった軽快な服装に映えるリストバンド。スポーティーな雰囲気を演出しつつ、どこかで子供らしさが感じられる素晴らしいアイテムだ。


「分かるぞ。指ぬき手袋とリストバンドは子供の憧れだからな」


 俺も子供の頃はアニメの主人公を真似してリュックサックと帽子と指ぬき手袋を身に付け、ガチャガチャのカプセルを投げたものだ。


「眞昼、かっこいいじゃん。ねぇねぇ、私にもつけさせて」


 未夜が眞昼に抱き着く。


「ふふ、いいぞ」


 リストバンドが未夜の手首に移動する。


「うわぁ、なんか力がみなぎってくる」


「だろ?」


「勇にぃ、私の誕生日忘れないでくださいね」


 朝華が俺の手を掴んで言う。


「分かってる分かってる。十二月八日だろ」


「はい!」


「勇にぃ!」


 椅子に深くもたれた俺の膝に眞昼が乗ってくる。

 ここまで喜んでもらえるならプレゼントしたかいがあるというものだ。


「ありがとう」


 抱き着いてくる眞昼の小さな体から、お日さまの匂いがした。



 *



「……はぁ」


 テラス席ではしゃぐ三人の少女とそれに交じる息子を見やり、さやかはため息をついた。


「女の子の誕生日に贈るのが黒いリストバンドって……嘘でしょ」


 眞昼が喜んでいるからまだいいけれど、息子の子供みたいなセンスに不安と戦慄を覚えるさやかであった。

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