「あの日のぼくら」スピンオフ 駿ルート「暗闇」
紫(ゆかり)
第1話 独占欲
人間という生き物に、こんな感情を抱いたことが、今まで生きてきて一度だってあっただろうか。
みなへの思いさえ、彼へ向けるものとは違っていた。みなに幸せになってほしい。そのためなら、俺はどんなことだってするだろう。
みなは、俺の家族。誰より優先すべき存在。みなが俺のものにならないなんてことは、以前からよく分かっていた。だから、みなに何かを求めたりしなかった。ただ、笑顔でいてくれさえすれば、それだけでいい。
みなに対してはそう思えるのに、直紀に対する俺の気持ちは、それとは大分違っていた。二人に求めるものが全く異なることを、俺は意識しながら、心のどこかで無視しようとしていたのかもしれない。
直紀のことを、自分のものにしたい。手に入れたい。そんなことばかり考えてしまう。
そうするためなら、直紀本人をどれだけ傷つけてもいいとさえ。
屈折している。そんなことは、知ってる。頭の中で語りかけてくる何かに気づかないふりをしながら、昼休みに入るまでの授業を終えた。廊下に出ると、みながこちらに向かって歩いてくるところだった。俺に気づいて、早足で近づいてくる。
「駿、早く直紀のとこ行こ!」
嬉しそうに話しかけてくるみなに、おう、と返す。
相変わらず、こいつは本当に直紀のことが好きだなあ、なんてぼんやりと思いながら、彼女の隣に並ぶ。
「聞いて聞いて、みな、昨日の夜、直紀とメールで話しちゃった。途中で眠たくなって、おやすみーって言い合ったんだよ。すっごく楽しかったなあ」
頬をピンク色に染め、直紀とのことを自慢するみなに、ふーん、と短く相槌をうって、食堂までの廊下を歩いていく。
直紀がね、直紀がね、と次から次へと続けるみなは、純粋に直紀に恋をしているように見える。
直紀が図書委員だと知った時も、みなはものすごく喜んでいた。これからは図書室に行けば、直紀に会える、とかなんとか。直紀がいるところが自分と縁遠い場所でも、みなは構わない。直紀と会える。その思いが、みなを突き動かす。
直紀、直紀、直紀。みなが呼ぶ彼の名は、どこか甘ったるい響きを含んでいて、聞くたびに、俺のどす黒い部分が刺激される気がする。
自分で分かる。俺のこの気持ちは、恋だとか愛だとか、そんな生易しいものじゃない。俺は直紀の気持ちなんてどうでもいいのだ。ただ、どうにかして俺のことを見てほしい。一瞬でもいいから。直紀の世界を、俺だけのものにしたい。
そのためなら、どんなことだってする。
食堂に着いて、直紀の姿を探す。直紀と初めて会った場所。いつものテーブルに彼がいるのを見つけ、手を振りながら近づく。
「よう、なーおき」
けれど、そこにいたのは直紀だけではなかった。隣に、あの一年生がいる。
「えーと、なんだっけ。なんか美味そうな名前の。……みかんだっけ?」
「もう、駿ってばー。柚ちゃんだよ」
直紀の、カノジョの。一見、当たり前のようにみなの唇が紡いだその言葉に、何か違う意味の響きを感じたのは、多分、俺だけではないと思う。直紀のカノジョの肩がびくっと跳ねた時に、そう感じた。
そう、直紀には彼女がいる。みなでも、もちろん俺でもない。その彼女は、俺らを怯えたように見たかと思うと、すっと視線を逸らした。別に、そんなにひどくいじめたわけでもないのに。
それ以外、直紀の彼女から俺たちに対しての反応がなかったからか、みながバカみたいに明るく、「こんにちはー、柚ちゃん」とわざわざ話しかける。俺も「コンニチハー、ユズチャン」とやや棒読みで続けると、とうとう何か言わねばと思ったのか、直紀の彼女も「こ、こんにちは」と短く挨拶をした。
あはは、と大きく笑うと、みなは「駿、気持ち悪いー」と言って直紀の隣に腰掛ける。俺は直紀の彼女の隣に座り、「うるせー」と言い返す。
その時にも、彼女の身体は大きく揺れたけれど、何も気づかないふりをして、
「直紀とカノジョは、上手くいってんのか?」
わざとらしく言うと、今までずっと俺らの様子を黙って見ていた直紀が、ようやく、「おかげさまで」と口を開いた。
「ほんとか? 直紀、実は泣かしてるんじゃねえの」
「泣かしてねえよ。駿は俺をなんだと思ってるんだよ」
「……ちょい悪小学生?」
そうからかうと、みなが笑いながら、
「それって、信号通る時手をあげませんでした、とかそういうの? まんま直紀じゃん、それー」
「あと、おやつの前に手を洗わなかったり、ゲームしすぎてお母さんに怒られたりしてるらしいな」
「直紀だよ、それ」
いや、違うから。と直紀がつっこみを入れる。そんな俺らを見つめる思い詰めたような視線には、ずっと前から気づいていた。
楽しくやれていたのだ、と思う。でも、直紀の顔色は日を増すごとに悪くなっていった。どうしてかは、見ていれば分かる。あの一年生が、あんな顔をさせている。
みなは、一年生に強い不快感を示した。でも、どうしたって自分のものにならない直紀にも、同じようにいらだっているように見えた。
だから。今更、理由になんてならないのは分かっているけれど。みなが階段で直紀を突き落とし、俺が受け止める、なんてことを、実行した。
直紀は俺らの狙いどおり、誰がやったのかと疑心暗鬼になった。一度くらいは、自分の彼女のことも疑ったりしたかもしれない。
でも、それだけじゃ足りない。直紀のクラスで、机に突っ伏して寝ている直紀の横に、携帯電話が盗ってくださいとばかりに置いてあるのを見て、俺は心がどす黒いものにくすぐられるのを感じた。
あんなふうに置いてあったら、いつでも盗める。そう判断した俺は、ある時、直紀がいない間に、彼の携帯電話を手に取り、みなのところへ急いだ。
みなに直紀の携帯電話だと言って見せると、みなはいとも簡単に俺がしたいことを理解してくれた。
みなが持つ。みなは躊躇せず、そう言い切った。
携帯電話がないと気づき、探し始めた直紀に、俺がみなが拾った、と言えば、直紀は表面上は冷静だったけれど、何か嫌な予感がしたようだった。
みなが直紀にどう言うのか、そこらへんの相談はしなかったけれど、多分、みなは言うだろう。自分が盗ったと。
みなに対して罪悪感がなかったわけじゃないが、心のどこかで安心している自分がいる。ひとまず、これで直紀とその彼女は連絡が取れない。
それであの一年生が落ち込もうが、はたまた死ぬかどうかなんて、俺にはどうでもいいことだった。
どんな非情なことだって、躊躇せずにできた。ほんの少しだけでいい。直紀を、手に入れるためなら。
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