第82話 水の如く

 スギミヤさんの降参で決着し、2人がこちらへ戻ってくる。


「スギミヤさん、最後は一体何が? 」


 俺は戻ってきたスギミヤさんに決着の瞬間、一体何が起こったのかを聞いてみる。俺には気が付いたらスギミヤさんとユキの位置が入れ替わっていた様にしか見えなかったからだ。


「いや、それが……正直俺にもよく分かってない。確かにシールドバッシュが当たった感覚はあったんだが……」


 俺の質問にスギミヤさんも困惑した様子で首を捻る。


「……」


「……」


「ええと、説明してもいいんですが先にニシダさんとの手合わせをしませんか? 」


「いや、申し訳ないが先に説明を聞いてもいいか? 」


 彼女は先に俺との手合わせをしたいと言ってきたのだが、どうしても理由が分からないのかスギミヤさんが説明を求めた。


「構いませんが……ええと、別に特別なことはしてませんよ? 私は受け流しただけなので」


「受け流した? 」


 彼女が言葉の意味がよく理解出来ず俺は首を傾げる。見ればスギミヤさんも同じような顔をしている。


「はい。あれはうちの流派、『九能水鳴流くのうすいめいりゅう』の“水柳みずやなぎ”という技です」


「九能水鳴流“水柳”……」


 スギミヤさんが小さく呟く。


「どういう技なんですか? 」


 その呟きを聞きながら俺は技について聞いてみた。


「相手の力を利用して攻撃を受け流す技です。その姿を水の中で揺れる柳に見立てて“水柳”と名付けられたとか」


 俺は彼女の答えに「へえ」と感心の声を漏らした。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

「それでは次はニシダさんの番です。先ほどのスギミヤさんの位置に移動してもらえますか?スギミヤさんは合図をお願いします」


「えっ、あ、はい」


「ん? ああ、分かった」


 彼女の言葉に俺は慌てて移動を始め、先ほどの攻防のことを考えていたらしいスギミヤさんも俺と彼女の間に移動する。


 スギミヤさんと対峙したときと同じように、3mほどの距離を空けて俺たちは対峙する。彼女は正面で先ほどと同じように剣を正眼に構えている。


(くっ! なんて圧迫感……!! )


 こうして自分が対峙してみると先ほど自分が感じた圧力がその一旦でしかなかったことを思い知らされた。彼女の構えは自然体でどこにも不自然な力が加わっていない様に見える。


「準備はいいか? 」


 中央に立つスギミヤさんが俺たち2人を交互に見ながら確認してくる。


「構いません」


 彼女が頷く。俺は右手の剣を前に、左手の剣を少し後ろにややクロスする様に構えて頷く。


「それでは……」


 スギミヤさんが右手をスッと上に上げる。辺りの景色がスローモーションになった様に感じる。自分の鼓動がやけにうるさい。俺は正面のユキを見据え、やや腰を落として前傾の姿勢を取る。


「――はじめっ! 」


 声とともに右手が振り下ろされた瞬間、俺は勢いよく大地を蹴った。先ほど見た彼女の動きとは比べるべくもないが、それでも今の自分に出せる最速のスピードで正面のユキへと肉薄する。


 接近した勢いを殺さず右の剣を振り下ろす。彼女はそれを正眼の構えのまま、軽く体を逸らすだけで躱した。俺は続けて左の剣を振り下ろすが、やはり彼女は最小限の動きで躱してしまう。俺は攻撃の手を休めることなく二度、三度と左右の剣を振るうが、彼女は全てを悉く躱してしまう。


「クソッ! 」


 繰り返す俺の左右の連撃を、彼女は剣を合わせることすらせず、ただひたすらに避け続ける。


 当たらない攻撃に徐々に俺が焦りを覚え始めたとき――


 それまでひたすらに攻撃を躱すことに徹していたユキの体が一瞬ブレる。次の瞬間には彼女の顔が俺の目の前に迫っていた。驚き暇もない。それまで正眼に構えていたはずの剣は、いつの間にか下段へと変わっている。


「っ!? 」


 俺は慌てて後ろへ一歩下がる。先ほどまで俺がいた場所に下からの鋭い斬撃が走る。剣が空を斬るが彼女はそのまま手首を返して今度は上段から剣を振り下ろす。


「くっ!! 」


 回避が間に合わず、俺は頭上で剣をクロスさせてることで振り下ろされた剣を受け止める。思いのほか体重の乗った一撃に片膝を突く。


「こォのォォォッ! 」


 押し返す様に剣を弾く。彼女は俺の押し返す力に逆らわず、後ろに跳んで距離を取った。俺はすぐに立ち上がって彼女と向かい合うと剣を構え直す。


「はぁはぁはぁはぁ」


 荒くなった呼吸を整える。そんな俺とは対照的に、彼女は特に息を乱した様子もなく相変わらず構えには淀みがない。


(くっ! とにかく手を緩めなければと思って焦り過ぎた! いや、たぶん彼女の圧力に負けたんだな)


 少しだけ頭も冷えたところで今の攻防を思い出す。とにかく手数を多く出して隙を窺うつもりだったが打ち合うことすら出来ずに焦れたところを逆襲された。


(あの攻撃だってたぶん俺が避けられるギリギリを狙ったんだろうな)


 彼女が本気あれば、俺は彼女が攻撃に転じた時点で負けていたはずだ。


(頭を冷やせ。正攻法じゃダメだ。彼女の意表をつかないと! )


 俺は左手の剣を鞘に納める。


「えっ? 」


 彼女がやや意外そうな顔をした。それに構わず俺は右手で剣を構え、左足を軽く引いて腰をやや低くする。


「……」


 彼女は怪訝そうな顔でこちらを見つめる。


「……」


「……」


 沈黙が場を支配する。次の瞬間、俺は彼女に向かって飛び出した。今度は先ほどの様に一息で距離を詰めるのではなく駆けて距離を詰めていく。そんな俺に彼女は剣を下段に構え直すとほんのわずか重心が前に移った。


(ここだっ! )


「っ!? 」


 俺は左手を腰の後ろへ回す。ホルスターから素早く魔法銃を引き抜くと正面に構え、二発、三発と引き金を引く。照準は雑だがとにかく彼女のどこかに当たればいい。


 放たれた魔法の弾丸はどうにか彼女の上半身目掛けて飛んでいく。一瞬驚いた顔をした彼女は慌てて剣を正眼へ構え直し、自分へ飛んでくる弾丸を迎撃する。それに構うことなく俺は弾幕を張るように彼女へと魔法銃を乱射する。


「くっ! 」


 はじめて彼女の表情が険しくなった。


(ここだっ! )


 俺は彼女が弾丸の対処に追われ始めた瞬間を狙って、一気に間合いを詰めると右袈裟から斬り込む。ちょうど正面からの三発の弾丸を打ち落とした直後で彼女は間に合わない。


(もらったァァァッ! )


 俺の心の中で絶叫する。もうすぐ剣が彼女に届く―そう思った瞬間、


「九能水鳴流“乱水月みだれすいげつ”」


「えっ? 」


 口から間抜けな声が漏れた。彼女の剣の動きが変わる。一見無秩序にも見える様に振るわれた剣。それは周囲の空気を巻き込み、濁流の様な斬撃となって俺へと襲い掛かった。


「ぐわァァァッ!! 」


 斬り込んで無防備だった俺はその斬撃をまともに受ける。上から、下から、右から、左から、あらゆる方向から濁流に飲まれ、平衡感覚を失って吹き飛ばされた。


「がはッ! 」


 うつ伏せに地面へと叩きつけられる。


「痛ェッ! 」


 なんとか体を起こし、回る視界に頭を振る。


 ―ジャキッ―


「うっ! 」


 耳元で音がして首筋に冷たい感触。ゆっくりと首を動かすと――そこには剣の鈍い光。


「私の勝ちですね」


 頭上からそんな声が降ってきて、俺は体を起こしながら両手を挙げた。


「参りました……」


 ここに俺とユキの手合わせが決着した。

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