第70話 エメラルド級冒険者
「全員準備はいいか? 」
ハルヴォニの森の入り口で各々装備を確認していた俺たちに『蒼月の雫』のリーダーのアルバンさんが確認する。
「で、アルバン、隊列はどうすんの? 」
俺たちが了解の返答しているともう一つのパーティー、『夢幻の爪牙』のリーダーのスヴェアさんがそう声を掛けたので全員の視線がアルバンさんに集まる。
「先頭は
「俺たちは? 」
「君たちは後衛と同じく真ん中に入ってもらおうと思っている。それでいいか? 」
「分かりました」
俺はアルバンさんの指示に頷く。
「スヴェアもそれでいいか? 」
「……あたいたちもそれでいいけどさ、どこまで森に入るんだい? 」
スヴェアさんもパーティーメンバーを見回してから次の質問をする。
「とりあえずは“セトラデウズの巨木”まで行こうと思っている。そこからの調査は状況次第と考えているがどうだろうか? 」
アルバンさんが提案する。
“セトラデウズの巨木”とはハルヴォニの森の中央付近にある大きなビグバルの木のことで、“セトラデウズ”とは古代語で『偉大な』という様な意味らしい。
北の大森林にある大ビグバルの木もそうだが、大陸内には通常より遥かに大きく成長した巨木が何本かある。獣人たちの間では死ぬと魂がその木に還ると信じられており、一種の信仰の対象になっているそうだ。
「そうさね……それでいいんじゃないか」
スヴェアさんは少し考えた後にアルバンさんの提案に同意した。
「では、装備に問題がなければ早速調査を始めよう」
アルバンさんが言うと、エルネストさんを先頭にして俺たちは森に足を踏み入れた。
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今回俺たちは前回のように途中で道を外れることなく、通常多くの冒険者が森の奥を目指す際に利用している踏み固められた道を進んでいた。
「ッ! 警戒ッ!! 前方にクリーチャーの気配!数は10~15、恐らくは
先頭を進んでいたエルネストさんから警戒の声が飛ぶ。
「全員他にいないか周囲を警戒ッ! ドグラスは詠唱準備、ディーサとカーリンは弓の準備をッ! 」
「おいおい、またかよ……もう3回目だぜ……」
その声にアルバンさんから指示が飛び、ジルベールさんはうんざりした声を上げる。他の皆も声には出さないがやはり同じような表情をしていた。
「明らかに前回入ったときより遭遇率が上がってますね……」
「そうなのか? 」
俺の呟きにアルバンさんが反応する。
「はい。前回は少なくとも小川に着くまでは全く遭遇しませんでしたから」
「それだけ強力な個体の活動が活発化しているということかもしれんな……ッ! 来るぞッ!! 」
前方を見れば遠くに
その突進力は幹の太いビグバルの木でさえ数回の突進で折ってしまうと言われており、接近は危険なため通常は魔法などの遠隔攻撃で対処するのがセオリーとされている。
「我、ドグラス・ベイロンが求む その炎により 我を護る壁を成せ
詠唱を終えたドグラスさんが手を前に翳すと、俺たちの前方10mほどのところに燃え盛る巨大な炎の壁が現われた。
「ピギャァァァァァ!!!! 」
こちらへ向かってきていた猪たちは、その巨大な炎の壁に次々と突っ込み絶叫を上げる。止まろうとした個体もいた様だが、後ろからきた仲間に押されて結局壁へと突撃していく。周囲には猪の絶叫と肉の焼ける臭いが充満した。
「ディーサッ! カーリンッ! 今だッ!! 矢を放てッ!! 」
やがて壁の中から猪たちが飛び出してくるが身体のあちこちが焼け焦げ、さすがに先ほどまでの様な勢いはない。そこにディーサさんとカーリンさんが次々と矢を放ち、放たれた矢は猪たちの眉間や目へ突き刺さっていく。
「ビィギャァァァォォォォォッ!!!!!! 」
眉間に刺さった奴はその場へ倒れ、目に刺さった奴も視界を奪われのた打ち回る。後から飛び出した奴はそんな仲間たちに足を取られて倒れたところを2人の的にされていた。
「おっと、2人に負けてらんないね! あたいたちも行くよッ!! 」
そう言うと巨大な斧を持っているとは思えないスピードでスヴェアさんが飛び込んでいく。
「あーッ! リーダー、ズッルーいッ! あたしもッ! 」
スヴェアさんに続いて腰に差した2本のショートソードを抜いたヴェロニカさんも飛び出した。
「ちょっと2人ともっ! 」
俺が止めようとするが間に合わない。
一息で猪の中に飛び込むと、スヴェアさんは手に持った大きな斧で軽々と猪の突進を受け止めた。そこに追い付いたヴェロニカさんが猪の首筋を切り裂いていく。
鮮血が舞い、血飛沫が上がる頃にはヴェロニカさんの姿はそこにはなく、次の獲物へと飛び込んでいた。その姿はまるで血飛沫の中を舞う様であり、同じ二刀流ではあるが防御主体の俺とは全く別物のスピードを生かした戦い方だった。
「さっきも見ましたけど凄いですね」
「ああ、さすがエメラルド級だけのことはある」
俺とスギミヤさんは2人が飛び出してしまったので一応後衛の人たちの護衛として残っているのだが、エメラルド級冒険者の戦いに圧倒されていた。
それから数分後、危なげなく勝利した俺たちは転がった13匹の
「それにしてもあっという間でしたね」
「普通はこうはいかないですよ。これだけのメンバーが揃っていればこそですね。なのでそこら辺のクリーチャーなら危険に陥ることは殆どないと思いますよ」
俺の隣で片付けをしていた夢幻の爪牙の
「それにしたってこの辺りですらこれだけ遭遇するとなると、奥はどうなってることやら。ったく気が重くなるぜ……」
「……そもそも
更に近くで作業していたジルベールさんが溜息を吐く様に言い、口数が少ないドグラスさんは遭遇率よりも森の奥にいるクリーチャーにこんなところで遭遇することが気になっている様だ。
「ほら、あなたたち! 無駄口叩いてないでさっさと片付けを終わらせないとまたクリーチャーが集まってきちゃいますよ! 」
そんな俺たちにパンパンと手を叩いて夢幻の爪牙の
俺たちは口々に「す、すいません! 」「ご、ごめん! 」「へいへい」「……すまん」と謝罪すると片付けの手を早めた。
「見えてきた。もうすぐセトラデウズの巨木だ」
「はぁー、漸くかよ……」
エルネストさんのその言葉にジルベールさんがそんなことを言いながら、溜息なのか安堵なのか分からない息を吐く。
片付けを終えて再び歩き始めた俺たちだったが、それからも10回近くクリーチャーと遭遇することとなった。数はそこまで多くはなかったが、その都度片付けに時間を取られたこともあり、結局セトラデウズの巨木が見えるところに着くまでに通常の倍近い時間が掛かってしまった。
「っ!? ちょっと待て! これは……血の臭いっ!? 」
「うっ!? 」
先頭のエルネストさんの声で意識を鼻に向けると、飛び込んできた臭いに思わず口元を押さえる。
「全員周囲を警戒しつつ慎重に進むぞ」
アルバンさんの指示に全員が頷く。一気に緊張感が増す。
「これはっ!? 」
そうしてセトラデウズの巨木の根元が見える位置までやってきた俺たちが見たのは、想像もしていなかった光景だった。
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