第64話 副ギルド長
しーんっと静まりかえる解体場。
「あ、あの……」
現実逃避していた俺だったがさすがにこのままでは話が進まない。目を丸くしている男性へ恐る恐る声を掛けてみる。
「こ、こんな大物があそこで出たのかっ! クソッ! おいっ! 誰か上の連中呼んで来いッ!! 」
突然再起動した男性が怒鳴ると、「は、はいっ! 」と慌てて返事をした近くにいた別の男性が急いで走り去っていった。
「えっと……」
「ん? ああ、あんたら悪いな。ちーっと上の奴らが来るまで待っててくれや」
「はあ」
俺の気のない返事を気にも留めずさっさと行ってしまった。
「どうすればいいんでしょう? 」
「とりあえず待てと言うのだから待つしかないんじゃないか? 」
スギミヤさんも肩を竦めるので俺たちは仕方なくぼーっと解体の様子を眺めていた。
「どうもお待たせしました」
暫く解体の様子を眺めていると突然後ろから声を掛けられた。振り返るとそこには小太りのおじさんが汗を流しながら立っていた。
「ええと……? 」
「おお、失礼しました。私はこのギルドの副ギルド長をしているカレヴァ・アルヴォネンと申します」
そう言って副ギルド長、カレヴァさんはハンカチで汗を拭きながら頭を下げた。
「あっ、これは失礼しました。自分はノブヒト・ニシダと言います」
「レイジ・スギミヤだ」
俺たちも慌てて自己紹介すると頭を下げる。
「ノブヒト君にレイジ君ですね。よろしくお願いします。さて……」
俺たちの自己紹介をニコニコしながら聞いていたカレヴァ副ギルド長がキョロキョロと周りを見回した。そして、目的の人物を見つけたのか「クスター主任! クスター主任! こちらへ来てください! 」と大声で呼んだ。
その声に「そんなでっかい声で呼ばなくても聞こえてるよ! 」と言いながら現われたのは先ほど俺たちが話し掛けた男性だった。
「カレヴァ副ギルド長、漸く来たのかよ。ったく、こっちはクソ忙しいんだから早くしてくれよ」
「いや、申し訳ない。これでも急ぎで処理が必要なものだけ片付けて飛んできたんですよ? 」
男性、クスター主任の悪態にも笑顔を崩さずカレヴァ副ギルド長はニコニコと返した。その反応に毒気を抜かれたのか、クスター主任は「まあいいけどよぉ」と言って視線を逸らす。
「内輪の話はこのくらいにして、これが報告にあった
「ああ、そうだ。詳しいことはこっちの兄ちゃんたちに聞いてくれ」
クスター主任はめんどくさそうに俺たちに向かって顎をしゃくった。
「はいはい、分かってますよ。それではお2人はこの熊と遭遇したときの状況を詳しく教えてもらえますか? 」
カレヴァ副ギルド長も慣れているのか、すぐにこちらへと話を振ってきた。
「あ、はい! それでは――」
俺は再度
カレヴァ副ギルド長は時折、「なるほど」とか「それから? 」とか適度に相槌を挟みながら俺の説明を聞いていた。
「――という訳で何とか倒すことが出来ました。おかげでこんな格好になってしまいましたが……」
俺が話し終わると、カレヴァ副ギルド長は「そうですか…」と言ったまま何か考え込んでいた。暫くすると「いやぁ本当にありがとうございました!」と言って、俺たちの手をそれぞれ取って硬く握手してきた。
「それでクスター主任、この熊が
一通り俺たちと握手をしたカレヴァ副ギルド長は真顔になるとクスター主任へと確認する。
「いや、それはねぇーんじゃねぇか? 」
「ほう、その根拠は? 」
クスター主任の気の無い返事に副ギルド長が更に説明を求める。
「俺も実際に経験した訳じゃねぇーが
「ふむ……」
主任の説明にまた副ギルド長は少し考え込んでいたが、やがて顔を上げると主任へと言った。
「そう言われれば確かにそうですね。では、何故私を呼びに? 」
「そりゃお前、森の浅いところでこんな大物が出てきたんだ。対策が必要だろう」
「なるほど。そういうことですか――そうですね。低ランクの冒険者へは森へ入ることに制限を付けることにします」
副ギルド長は主任の説明に納得した様に頷くと俺たちの方へと向き直った。
「お2人もありがとうございました。また何か伺うことがあるかもしれませんが本日は清算を済ませてお帰りいただいて構いません。主任、解体にはどのくらい時間が掛かりますか? 」
「これだけの大物だからなぁ……他の奴との兼ね合いもあるし、明日の昼頃には終わるんじゃないか? 」
「では、
「ありがとうございます。それから……一つ教えていただいてもいいですか? 」
「何でしょうか? 」
「実はこの
いろいろと段取りをしてもらったついでに、「偉い人に聞くようなことじゃないよな」と思いつつ聞いてみた。
「あっ、これは失礼しました。でしたら“ブルンベルヘン工房”がいいと思いますよ。場所はここの裏の路地を奥に進んでもらった突き当たりになります」
改めて俺たちを見た副ギルド長はそう丁寧に教えてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、構いませんよ。それでは私は仕事に戻りますね。お2人ともありがとうございました。クスター主任もよろしくお願いしますね」
俺たち2人が頭を下げるとカレヴァ副ギルド長はそう言って戻っていった。言われたクスター主任も「へいへい」と返事をすると俺たちにも「じゃあな」と言って仕事に戻ってしまった。
「俺たちも清算に行きますか? 」
「そうだな」
そうして俺たちも受付へと戻ることにした。
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「「どっ、どうしたんですかっ、2人ともっ!? 」」
ギルドで
「まあ待て待て。詳しい話は後で聞くとして、とりあえずお前らは裏の井戸行って汚れたもんを洗って来い。さすがにその格好で中に入られるのは困る」
主人のアンットさんに言われて俺たちはそそくさと裏の井戸へと向かった。
「はぁぁぁ。まだ臭う気がする……」
「た、たぶん大丈夫だ。気にするな……」
井戸であちこち洗い終えて着替えた俺だがまだ蜂の体液の刺激臭が取れてない気がしてため息を吐いた。そんな俺を慰めるように言うスギミヤさんだが視線は微妙に逸らされている。そんなスギミヤさんの方をジトーっとした目で睨んだが、「はぁぁぁ」ともう一度溜息を吐いて諦めた。
「そ、それで何があったんですか? 」
そんな俺たちの様子におろおろしながらエリーゼちゃんが聞いてきた。レオナールさんは横で苦笑している。ちなみにここは宿の食堂だ。
「あっ、そうだった。実は――」
こうして俺は何度目かになる説明を始めたのだった。
「――という訳で、装備の修理をするために明日は紹介された工房へ行ってみます」
「そ、そんなことが……」
俺がそう言って説明を終わらせるとエリーゼちゃんは若干ショックを受けている様だった。
「レオナールさんは“ブルンベルヘン工房”っていう工房は知っているか? 」
スギミヤさんがレオナールさんにギルドから紹介された工房について聞いている。
「“ブルンベルヘン工房”ですか? まあ知ってますよ」
スギミヤさんの質問に何故かレオナールさんはクスクスと笑いながら言った。
「??? 何かあるんですか? 」
「うーん、工房として腕は確かだと思いますよ? あとは―まあ行ってみれば分かりますよ」
気になって聞いてみた俺の質問にそう言うとレオナールさんは意味ありげな笑顔を浮かべるのだった。
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