第55話 喪失 side ××××
「ん? ……ここは……? 」
気が付くと真っ暗な空間にいた。前後左右どこを見ても何もない。ただ暗闇が続いている。
「なんだここ? どこだ? 自分は………えっ……」
どうしてこんな所にいるのか考えるが思い出せない。それどころか自分がどこの誰なのかすら思い出せないのだ。記憶は靄が掛かった様に霞んでいる。
「痛っ! 」
何か覚えていることはないかと必死に考えていると急に頭を激しい痛みが襲った。目の前がチカチカと明滅する。立っていることが出来ずに頭を抱えてその場に蹲る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
どのくらいそうしていただろうか? 漸く頭痛が治まり、白く明滅していた視界が戻ってくる。
「なんだったんだ……? 」
軽く頭を振って立ち上がる。周りを見回すがそこにはやはりどこまでも闇が続いているだけだ。
「ははっ、何なんだよ……」
理解できない状況に口からは乾いた笑いが漏れ、立ち尽くすことしか出来ない。
「おや? 目が覚めたのかい? 」
「っ!? 」
突然自分の耳にそんな男性の声が飛び込んできた。慌てて振り返ると先ほどまでどこまでも暗闇が広がっていた空間に誰か立っている。
ボサボサの黒髪にメガネを掛けたニヤケ面。こんな暗闇で何故だかメガネには光が反射していて瞳は見えない。ヒョロ長い体つきにヨレヨレの皺だらけのシャツとスラックスを身に付けてその上から同じくヨレヨレの白衣を羽織っている。
「調子はどうだい? どこかおかしなところはないかい? 」
男が軽い調子で聞いてくる。声には心配の色があるがニヤケ面のせいでどうにも胡散臭い。
「体の調子は……悪くないと思います。そんなことより貴方は誰ですか? ここはどこなんですか? どうして自分はこんなところにいるんですか? どうして何も……自分のことも思い出せないんですかっ!? 」
「落ち着いて、落ち着いて。ちゃんと説明してあげるから。(まだ調整不足か……)」
最後は男に詰め寄ってしまった自分に男は押し戻す様な仕草をする。その男の言葉に何故だか頭に上った血が下がって気持ちが落ち着いていくのを感じた。
「落ち着いたようだね。少し混乱しているみたいだからゆっくり説明するよ」
男は自分を気遣う様に言うのだがなんだかその様子が目の前の男のイメージと合わなくてどういう表情をすればいいのか分からない。
「うーん、そうだね。まずは僕のことから話そうか。僕はある世界を管理する“神”だよ。ここは……まあ“神”呼ばれたら来られる場所、とでも思ってくれればいい」
困惑する自分の様子に苦笑を浮かべながら男はそう話し始めた。
「神様……ですか? 貴方が? 失礼ですが……その……」
自分はそう言いながら視線を男の頭の上からつま先まで何度も上下させる。目の前の男は“神様”と聞いて想像する姿とはあまりにもかけ離れていた。どう見てもどこかの研究員と言ったほうがしっくりくる外見をしている。
「あはははは。まあ見えないだろうね。実際僕には
自称“神”と名乗る男はそう言って肩を竦める。
「そ、それで貴方が神様だとすると、その……自分は死んでしまったのでしょうか? 」
「ん? ああ、違う、違う。別に君は死んだ訳ではないよ。僕の都合でここに来てもらったんだ。君には申し訳ないと思うんだけどね」
自分の状況を恐る恐る聞くと、男は顔に笑みを貼り付けたまま答えた。
「そうなんですね! そ、それじゃあ、自分はいつになったら帰れるのでしょうか?いや、その前にそもそも自分は誰なんでしょうか? 自分のことが全く思い出せないんです……」
死んでいないと聞いて安心したのだが、そもそも自分がどこの誰なのかが思い出せないのだ。
「たぶん僕がここに連れてきたことが原因だね。いや、本当に申し訳ない。君が僕のお願いを聞いてくれればきちんと君が
自称神様は深々と頭を下げた。
「えっ!? そんなっ!? ちょっと!? あ、頭を! 頭を上げてくださいっ! 」
まさかニヤケ面を浮かべていた神様がそんなことをすると思わず慌てる。
「それじゃあ僕の頼みを聞いてもらえるだろうか? 」
自分の言葉に頭を上げると自称神様はおずおずと聞いてくる。
「自分なんかでお役に立てるのでしょうか? 」
「むしろ君にしかお願い出来ないことなんだ」
こんな自分のことも思い出せないような人間が役に立てるかと聞いてみたが、自称神様はじっと僕の目を見つめてくる。そこにはこれまでのような軽薄そうな笑いはなく、どこか思い詰めたような雰囲気があった。
「……分かりました。自分でお役に立てるのであれば協力させていただきます」
「そうか! ありがとう! 本当にありがとう!! 」
自分が答えると、自称神様は自分の両手を握ってぶんぶんと上下に振りながら何度もお礼を言ってきた。
「分かりましたから! そ、それで自分は何をすればいいんでしょうか? 」
その様子になんだか照れ臭くなって少し強引に手を離す。
「おっと、これは失礼。つい嬉しくなってしまってね。それで何だっけ? ああ、君にお願いしたいことだったね。実はね、僕の管理する世界でまもなく魔王が生まれそうなんだ。君には勇者としてその魔王を倒してもらいたい」
「はいっ!? 」
この人は何を言っているのだろうか?
「いやいやいや! 無理ですよ、そんなことっ! 」
勇者? 誰が? 自分が? そんなの無理に決まっている! 慌てて無理だと訴える。
「これは君にしか出来ないことだ。いや、むしろ君なら出来る」
慌てる自分に何故か自称神様は胸を張った。
「もちろん僕も君が本物の勇者に成れるよう出来る限り力を貸すつもりだよ。だから君は何も心配しなくていい」
「分かり……ました。……あれ? 」
「おっと」
付け加えるように言った自称神様の言葉がどこか引っ掛かったのだが、どこの部分が引っ掛かったのかよく分からず首を傾げながら了承の返事をしたところで視界がブレた。ふらついたところを自称神様に支えられる。
「すみま……せん……。なんだ……か……急……に、眠……く……」
「やはりまだ……不足か……今は眠って……さい」
自称神様の声が遠のいていくのを聞きながら意識が深い闇へと落ちていった。
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