第三章 story of other Brave candidate

第44話 覚悟 side 杉宮 玲司

 クロギア大陸からフェルガント大陸のガルド帝国へ向かう商船の中に杉宮 玲司はいた。彼は勇者候補である。


 歳は22歳。あちらの世界では大学生であった。短く刈り上げた黒髪に涼し気な目元、スッキリとした鼻筋、薄い唇、身長は178cmほどで引き締まった体つきをしている。ジョブは【騎士ナイト】である。


 彼はある願いを叶えるためこのデスゲームとも呼べる戦いに参加を決めた。



 そんな彼が転移したのはクロギア大陸の南東部、その中でも辺境に位置するとある村近くの平原だった。


 その村と平原の間に―正確には村の外れだが―何故か一軒だけ家が建っていた。


 外観は草臥れていたが利用はされているようだった。近くの森の物見か狩り用の小屋かと思ったが彼が近付いても誰も出てくる気配がない。今日は誰もいないのかとそのまま通り過ぎようとしたとき、小屋の裏手から小さな影が出てきた。


 それが彼と彼女、エリーとの出会いだった。



 小屋の影から出てきた少女エリー(正確にはエリーゼというそうだ)は、小屋に1人で住んでいるとのことだった。


 彼は村八分かと思って詳しく話を聞いてみると彼女は『何故かクリーチャーを寄せ付けてしまう体質』だと言う。


 絶えずクリーチャーが寄ってくるという訳ではない。クリーチャーの近くに彼女と誰かがいる場合、クリーチャーはたとえ他の誰かのほうが近くに居ても彼女を襲ってくると言うのだ。


 そんなことが何度かあった結果、体のいい魔除け代わりか彼女がいると村が襲われると思ったのかは分からないが、身寄りがなかった彼女はこの村外れに連れて来られた。以来、村には入れてもらえないとのことだった。


 こんな辺境の村なのだ。不安の種は少しでも遠くに置きたい気持ちも分からなくはないが聞くと彼女はまだ12歳、子供である。


 こんな話を聞くと玲司はなんとなく村に入りづらくなってしまい、別の―どちらかと言えばこちらのほうが玲司には重い―理由もあってそのままエリーの家に留まることにした。



 折角なのでと森に入った玲司は兎を狩って夕食のおかずに提供した。普段は森の浅い所で山菜やキノコを採って食料にしているそうで「お肉は久しぶりです! 」と喜んでいたのを見て、嬉しい反面、この子が置かれている環境の厳しさに胸が痛んだ。


 夕食の後、「何故知り合ったばかりの自分にこんなに良くしてくれるのか? 」と聞かれたので異世界転移のことを暈した上で自分の妹と重ねてしまったことを正直に話した。


 そう、玲司はこのエリーという少女を妹と重ねていた。


 玲司の妹は4年前に轢き逃げに遭い、それ以降4年間、意識のないまま眠り続けている。


 杉宮兄妹は早くに両親を亡くした。幸いなことに祖父母は優しくそれなりに裕福でもあったので、両親が亡くなった寂しさを除けば不自由なく生活出来ていた。


 そんなある日、あの事故は起きた。妹は玲司の誕生日に大学生になった彼が一人で住む部屋に来る途中に起きた事故。原因は脇見運転による信号無視だった。


 医者の話ではいつ意識が戻るかは分からず、もしかすると一生このままかもしれないと言われた。


 それ以来、彼の生活は一変した。大学とアルバイトに加え、毎日意識の戻らない妹の病院に通う日々が始まった。


 その後、祖父母が相次いで亡くなったこともあり、玲司の家族は妹だけになった。


 そんな毎日が4年続いたある日、彼は気が付くと何もない薄暗い空間にいた。彼が「ついに自分もおかしくなったか」とどこか諦めに似た思いを抱いたとき、はいつの間にか目の前に立っていた。


「はじめまして、杉宮玲司くん」


 それは始まり。

『たった1人の家族を救う』、そのために玲司はこのデスゲームに参加を決めた。


 理不尽な事故にあった妹と理不尽な環境に置かれたエリー、状況は違うにしろそんな2人の姿が重なってしまいここに泊まることを決めたのだ。


 そんな話をしてしまい、何となく雰囲気が気まずくなったこともあってその日はもう休むことにした。


 眠ってからどのくらい経った頃だろうか?


 体を揺さぶられて目が覚めた。目を開けると床で寝る自分をエリーが揺さぶっていた様だ。


「どうかしたのか? 」


 玲司がエリーに聞く。


「貴方は勇者候補様で間違いありませんか? 」


 寝る前は歳相応の子供らしい話し方であったエリーとは明らかに違う、落ち着いた口調で問いかけられて一瞬玲司は戸惑った。


「何のことかな? 」


 彼は『勇者候補』という言葉に警戒してはぐらかす。


「警戒されるのは分かります。しかし、今はまだ詳しくはお話出来ませんが私は貴方の敵ではありせません」


「どういうことだ? 」


 このままだと話が前に進みそうもないため、少しだけ警戒を緩めて玲司は先を促した。


「申し訳ありません。今はまだが多いので、私自身も全てをお話出来る状況ではないのです」


 要領を得ない話に玲司は困惑する。


「とりあえず良く分からないが、それは何についての話なんだ? 」


「勇者と魔王についてです。そのために私をアーリシア大陸のエルフの里へ連れて行ってもらえませんか? 」


 よく分からないが彼女は―いや、彼女は、と言うべきか―勇者と魔王について何か知っているということのようだ。


「分かった。君のことを全面的に信用した訳ではないが、少なくともエリーは信じる。あの子に人は騙せない」


 玲司がそう言うと、


「それで構いません。申し訳ありません。時間が来てしまいました。どうかエルフの里まで宜しくお願いします」


 言うと電池が切れたように意識を失った彼女を玲司は慌てて受け止める。


 彼女をベッドに寝かせると玲司は立ったままその顔を見つめた。


(ただ、他の勇者候補を倒して魔王を倒せばいいという単純な話ではないのかもしれない。だけど俺は……)



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 あの日からすぐに村を出た玲司とエリーは交易都市に向かい、そこで冒険者となって旅の用意と路銀を稼ぐ日々を1ヶ月ほど過ごした。


 その間にも何度か『あちらの』エリーと話をして玲司にも少しずつ見えてきたものがあった。


 長かった船旅もあと1週間程。フェルガント大陸はこの世界で最も人口の多い大陸になる。


(もしかすると他の勇者候補と会うかもしれないな。覚悟は決めておかないと)


 玲司はいよいよ始まるかもしれないデスゲームに改めて自分の覚悟を確認するのだった。

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