③ガソリンスタンド、カジノ、レストラン ――ボストンの夜――
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○月×日 0時39分 キングスポート郊外に発生した爆発現象について。
爆発の発生源は不明。
爆発物及び可燃物の痕跡は発見されず。
ただし市警察からの連絡にあった通り、爆心地より放射線の検出を確認。
放射線の大部分はガンマ線であり、爆心地の物質を採取し、一部がガンマ崩壊を起こしていることも判明。
また現段階において確定ではないが、ガンマ崩壊を起こしている放射性物質は電子捕獲によるベータ崩壊に起因する可能性がある。
つまり何らかの作用により原子核中の陽子が電子と結び付き中性子に変化。
中性子が増え、陽子が減ったことで安定を欠いた原子核がガンマ線を放出。
核子内の安定化を図ったものと推測される。
爆心地の放射線量は軽微であり、また調査のために大部分の放射性物質を回収したため、現地での汚染警戒態勢を解除して問題なし。
ただしこの放射化を引き起こした原因が何らかの放射線によるものである可能性が高いため、国家安全保障上の観点より当事件が重大案件として扱うことを勧告する。
[アメリカ原子力委員会による調査報告書より抜粋]
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アリアナはまずガソリンスタンドを襲撃した。
「手っ取り早く腹を満たすならとりあえずこれだな」
深夜の無人のガソリンスタンドで仁王立ちし、内臓めいた触腕を大量にコンクリートの地面に這わせるアリアナ。
人外の触腕はコンクリートを不可思議な原理ですり抜け、地下の燃料タンクに到達する。
アリアナの全身が発光。
木の根にも見えるその触手が、気違いじみた勢いでガソリン・灯油・軽油を問わず暴食する。
監視カメラはロバートの触手が破壊済みだ。イヴも手伝った。
「すごい」
イヴはキャンピングカーの車内からアリアナの様子を眺め、その食事スピードに改めて驚く。
一家の者達は20リットルのジェリカンに入ったガソリンを、一日かけて取り込む。
しかしアリアナはジェリカンの1000倍もあるタンクの燃料を、10分かからず飲み尽くそうとしていた。
「ロビンの分がないね……」
「僕はあんなに食べられないよ。この間補給したから、しばらくは食べなくても大丈夫」
「そうなの?」
「僕らは食べた物を元素の単位まで分解したり、化合物にできたりするからね。ビタミンやカロリーはそれで問題ないんだ。ミネラル不足が心配だけど」
「知らなかった、そうなんだ。みんな毎日ガソリン食べてたから、毎日食べなきゃいけないんだと思ってた」
「クリスマス用に貯めてるだけだよ。取り込めるエネルギー量は限られるから、出来るだけ毎日可燃物を食べたいんだ。けど普通に過ごすだけなら、あれは過剰すぎる」
アリアナの触手から、細かい糸が無数に伸びる。
伸びた繊毛は燃料タンクの中にみっちり詰まり、表面から燃料を吸収する。
格段に上がった表面積を使い、アリアナは一気にガソリンスタンドの燃料を飲み干していく。
「アリアナは、今どっち?」
「両方かな。昨日の傷を治すのに、物質とエネルギーの両方をかなり使ってたから」
「……お腹空いてきた」
「イヴこそちゃんと食べないと駄目だ。アリーと喧嘩したんだって?」
運転席のロバートが面白げにイヴを覗き込む。
「喧嘩じゃなくて、正当防衛。あと私じゃなくてキギがしてくれた」
「キギかぁ、すごいなあ。洗礼式のときのみんなの驚いた顔、憶えてる? 見たことないのが来た、って」
「ねえロビン」
「うん?」
「キギは、どこから来たの? キギだけじゃなくて、洗礼式でもらう、みんなのウミユリみたいなのも」
ロバートは僅かに目を細め、そして首を横に振る。
「分からない。彼らは何者で、僕らが何者なのかも」
「そっか」
「でも、言い伝えだと、彼らはかつて天の国に住んでたらしい。天で別の誰かと戦って、負けて、ばらばらにされて、地上に堕ちた。だから天の国に戻りたがってる、とかなんとか」
「天の国……神さまの国?」
「どうだろう。多分知ってるのは、クリスマスに現れる僕らの神さまだけじゃないかな」
「ロビンは、行ったことある? クリスマスの儀式に」
「あるよ。地下でする。真っ暗なところ。そこに川が流れてて、川を渡った先で神さまに会える、らしい。川を渡れるのは一番強いエネルギーを持った一家だけ」
ロバートは顔をしかめ、
「僕らの一家はいつも川を渡りきれず、ふるい落とされる。川の彼岸は見えない。暗闇の向こうだから。あの奥にいる神さまがどんな姿なのか、誰も知らない」
「アリアナは、神さまに会おうとしてるの?」
「うん」
「ロビンも?」
「……アリーの補給が終わった。どこかで食べ物買って、路銀を稼ぎに行こう」
ロバートはエンジンのセルを回す。
甲高い音を立てながら苦労してエンジンを始動。
アリアナを乗せ、発車した。
「……」
イヴはそれ以上、何も訊かなかった。
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イヴはチップをテーブルの赤い枠内へ置く。レッドブラック。
アリアナも赤に置く。手持ちのチップ全てを。
ロバートは観戦した。
ディーラーがボールをルーレット盤に投げ込む。
勢いよく回転するルーレット盤の上で、弾むボール。
やがて回転力を失った盤面の枠に、ボールが落ちた。
赤の13。
「やった」
イヴはアリアナに目配せする。アリアナは薄く笑う。
賭けたチップと同額が彼女らのもとへ送られる。
夜通し走ってボストンに到着した3人は夕方まで眠り、それなりの格好に着替え、ここニューイングランドホテル内のカジノでルーレットに興じていた。
しばらく何度か遊び、イヴとアリアナはテーブルを去る。
代わりにロバートが遊び始める。
「お金の稼ぎ方、アリアナにしては地味だね」
「最初は銀行を襲うつもりだった」
「派手だね」
「そしたらボビーに泣いて止められた」
「ロビンは賢い」
イヴは離れた場所から、ルーレットに興じるロバートを見やる。
ロバートは偶数の枠にチップを置く。オッドイーブン。
ディーラーがボールを投げる。
ボールは黒の4に収まった。
「……ああいう使い方があるんだね」
イヴはロバートが僅かに触手を出している様を見て、感心する。
正確には、触手の表面から伸ばした繊毛を見ていた。
ロバートもアリアナも、その繊毛で投入されたボールを操作していた。
繊毛は人の目に見えないほど薄く細く展開されるため、まず発見されない。
見つかったとしても、任意に消すことが出来る。
「ボビーはちびちびした遊びが好きなんだよ。もっと一気に賭けて一気に稼ごうぜって言ってんのによ」
ロバートは必ず半々の確率で当たる賭け方をする。
ボールの操作もここぞというときだけだ。
怪しまれない程度に負け、ほどほどの利益を出す。
そんな遊び方だった。
「いつもならもっと派手に稼いで女を買って遊ぶんだが、今日はイヴがいるからな」
「私は邪魔?」
「お前と遊びたいって言ってんだよ」
アリアナは苦笑する。
どきどきと頬を熱くしながら、イヴは周りを見る。
「こういうとこ、初めて入った。私、浮いてない?」
喧噪と熱気、酒精の香り、くゆる紫煙。
キングスポートのダイナーとは何もかもが違う。
ボストンの町並みも。
「むしろ一番溶け込んでやがる」
アリアナはイヴの格好を見て笑う。
若葉色の半袖ワンピース。
Vネックの白いデコルテ、絞られたウェスト、広がる裾のラインが魅惑的だった。
アリアナはイヴの肩をぐいっと自分に寄せ、
「今すぐひん剥いて食い散らかしたくなるくらい似合ってるぜ」
「この服はアリアナの趣味じゃないの?」
「着せたまま頂くのが好きなんだよ」
「良い趣味」
イヴはくすっとこぼし、
「私を勧誘してくれたのは、ベッドのお相手が欲しかったから?」
「それもある」
くくっと揶揄の笑声を捻り出しながら、アリアナはイヴの腹部を指で撫でる。
「とりあえず腹に何か貯めようぜ。そこで作戦会議だ」
「作戦?」
「カナダの話だ。この国で最後の食事になるかもしれねえから、何食べるか考えとけ」
アリアナはイヴから手を離す。
そして笑う。
アリアナにしては穏やかな笑み方で。
「誰かと一緒に飯食うのも、けっこう久しぶりなんだぜ?」
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追加報告 第11-2号
調査メンバーであるワーズワース博士(ミスカトニック大学 素粒子物理学 教授)のチームが、爆心地で回収したサンプルの中から微量ではあるものの、ヘリウム3を発見した。
ヘリウム3の存在比率は安定体であるヘリウム4の100万分の1であり、爆心地の環境から考えて不自然な量である。
ワーズワース博士の見解では、以下の2通りのシナリオが考えられる。
A.何者かが爆心地でヘリウム3をばらまいた。
B.ヘリウム3が現地で生成された。
Bの可能性はヘリウム3の生成条件を考えるとひどく低いため、シナリオAを想定し調査を続行すべきと考える。
[キングスポート爆発現象調査委員会の報告書より抜粋]
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「欲しいのは濃縮ウランなんだ。原子力発電用の、ウラン235が3%前後の低濃縮ウラン」
レストランの最も奥の席で、チキンブロスをかき混ぜながらロバートが言う。
「軍事用の高濃縮ウランは臨界量を超えて核分裂反応が持続すると、いわゆる核爆発が起きる可能性があるから、そこは避けたい」
「いくら私でも、核爆弾には耐えられねえよ。クラーク・ケントじゃあるまいし」
「うん。無限に貯蔵できる燃料タンクの中で核爆発が起きたらどうなるのかは、誰にも分からない。だから臨界量に満たない低濃縮ウランが欲しいんだ………僕の言ってること、伝わる?」
「全然分かんない」
イヴはカルボナーラとフルーツパフェ、エスプレッソを順々にいじくりつつ、首を横へ振って応えた。
ロバートが嫌みなく苦笑する。
「要するに、原発のエネルギー源を丸ごと頂こうって話」
「どこから?」
「原発から」
「核燃料を作ってるところじゃないんだ?」
「狙ったさ、前にな。ウラン精製工場だ。けど警備の数が半端じゃねえ。軍隊までいやがった」
アリアナがビーフステーキを乱雑に千切りながら、憎々しげに言う。傍らにはウィスキーのグラス。ダブル。
「鉱山とかは?」
「そっちも変わらずだ。なんせ核爆弾の材料だ、警備はどこも厳重にしてやがる。クソが」
「だから、比較的警備の緩い原子力発電所を狙うんだ」
「うまくすりゃ原発一基分のエネルギーをかっぱらえる。あんなガソリンちびちび舐めてる連中なんざ敵じゃねえ」
アリアナは歯茎を剥き出しにして獰猛に笑い、肉片を噛み潰す。
「……盗まれたその発電所は、しばらくは動けないね」
「ああ」
「街の人達の電気が無くなるね」
「ああ」
「死ぬ人も出るね」
「ああ」
「でも、やるんだ」
「ああ」
「イヴ、降りるならここで降りて構わない。ボストンならいくらでも働き口がある。住むところを見付けるまで僕らも一緒にいる」
ロバートが真剣な顔つきでそっと言った。
その優しい声音に、イヴは苦笑する。
「ありがとロビン。でも大丈夫。私もいく」
けど、とイヴはアリアナの顔を見て尋ねる。
「なんで私を誘ったの?」
「強いからな。私にあんだけ大怪我させた同族なんて、お前が初めてだ」
ウィスキーをストレートで呑み、アリアナは笑う。肉食獣の貌で。
「相棒にしたくなった」
「……やったのはキギだよ。キギにスカウトした?」
「誰がするか。一緒にやるなら女がいい」
「ロビンは?」
「僕は非戦闘員」
「ボビーはノーカン」
「なにそれ」
イヴはおかしく吹き出してしまう。
レストランにジャズが流れる。
どこかの席から子供の声。女達のかしましい笑い声。
窓外から入る車のライト。
3人は笑いながら食べる。はしゃぐ。イヴは今までで一番笑い、食べ、楽しんだ。
ボストンの夜。
彼ら3人がアメリカでする、最後の食事。
――――――――二度と3人ですることのない、祖国での食事。
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