王港の一族

鈴本恭一

①目覚めのキスはショックウェーブ

 アリアナとのファーストキスは、衝撃を伴うものだった。


 比喩ではなく、アリアナは唇を通して物理的な衝撃波をイヴへ浴びせたのだ。


 全身に流れた強力なエネルギー波がイヴの頭を激しく殴打。


 頭蓋が揺れ、

 胴体も手足も跳ね上げ、

 鬱屈と倦怠に蝕まれた精神すら覚醒させる。




 衝撃波を伴うそのキスで、イヴは目覚めた。




*******



 イヴは退屈だった。



 することと言えば、ガソリンばかり食べて暮らしている親兄弟と子作りをするか、一族以外の人間など来るはずもないダイナーでウェイトレスをすることだけ。


 店の中で繰り返される会話も決まっている。


「アーカムの連中、最近出来た原発の送電線周りに引っ越して、うまいことやってるらしい」

「テキサスの製油工場に住み込みし始めた奴らは?」

「スパイ容疑で全員拘束された。ありゃしばらく出られねえ」

「他人事じゃない。今時は少しのことですぐソビエトのスパイだ」

「いやだいやだ、こんな俗世」


 テーブルの上に置かれたジェリー缶を囲んで、街に住む一族の男達はぶつぶつ話し合っていた。


 ガソリンや灯油が入ったジェリー缶は、1日掛けてその中身を空にする。

 一族の人間に食べられたのだ。手で触れられることなく。




 イヴの一族は来たるべきクリスマスに向け、熱量を蓄えていた。


 その年に最も多くのエネルギーを神に捧げた一家が、神の導きによって天の国へ旅立つ。

 選ばれることは一族にとって最高の栄誉であり、一族は天の国を目指して生きていた。


 イヴにはどうでもいいことだった。


 祖国アメリカがベトナムで戦おうが、ソビエトがキューバに基地を作ろうが、東海岸の一港町にすぎないキングスポートの最も貧しい地区、その片隅に置かれた貧相なプレハブ食堂には、何の関係もなかった。


 ましてや、一族の人間なら誰でも持っている異能を全く発揮できないイヴにとって、この世のこともあの世のことも何もかも関係なかった。




「イヴ、悪いね。コーヒーのおかわりを」


 カウンター席にひとり座った従兄弟のロバートが、イヴにわずかばかりの暇潰しを与える。


「ごめんロビン」


 イヴは作り置きしてあるコーヒーのポットを、ロバートの空いたカップへ注ぐ。


「気にしないで」


 ロバートが茶色の髪の下、人の良い表情で笑う。


 中性的な顔立ちをした、穏やかな青年だった。

 一族特有の貧弱な体も、むしろロバートに不思議な色気を与えている。


 古本屋で買ったであろう学術書とノートを広げていた。その昔、大学の教授と同棲してたこともあるらしい。



 ロバートは数少ない、イヴを抱きに来ない男だった。暇潰しに勉強を教えてくれたりもする。



 イヴにウェイターらしい仕事を与えてくれるのも、ロバートだけだった。


 それ以外に、イヴが昼間することなど無い。



 イヴは退屈だった。




 昼は陰気な会話とカビ臭い空気の店内で過ごし、夜は男達の骨と皮だけの体に抱かれる。


 一族は一族同士でしか子供を作らない。

 子供は洗礼式を経て、誰もがエネルギーを蓄え始める。

 子供を多く作ればその分蓄えるエネルギー量が増えた。


 男と女でとにかく交う。

 親だろうが兄弟姉妹だろうが無関係に。


 そのせいで一族の肉体は貧弱だった。障害を抱えている者も多い。周囲の人間達から忌避の目で見られ、店には誰も寄りつかない。


 そんな中、イヴの体は健常だった。

 整った顔立ちと女性的な肉体美。

 出産の負荷に耐えきれず死んでしまう一族の女達とは違う。


 が、イヴが異なる点は他にもあった。

 イヴは他の者達のように、エネルギーを蓄えられなかった。


 だから子作りをするしかない。イヴの意思など無関係に。


「お前の代わりにエネルギーを食える者が必要だ。孕め」

「時間が掛かる。早く孕め」

「多くの者をそろえないといけない。たくさん孕め」


 子供を作ることだけがイヴの使命だった。

 死ぬまで。


 イヴは退屈だった。



 その退屈を紛らわしてくれるのは、友達のキギだけだった。




*******




 その日の夜、イヴの一家は電線から電気を食べるため、町の郊外にある電柱に集まっていた。


 街へ繋がる街道沿いの電柱一本一本に、一家の人間が一人ずつ佇む。

 町に送電される電気を少しずつ掠め取るのだ。



 外套をかぶった一族の体から、奇妙な触腕が伸びている。


 木の根のような、動物の内臓のような、もしくはそれらの中間めいた人外の器官。



 一族に棲み付くモノの腕。



 それが電柱を這いあがり、電線に絡まる。

 こうして電流が彼らのもとへ流れ込む。


 イヴには出来ないことだった。


「早く帰りたいね、キギ」


 イヴは道の脇に置いた小型トラックの運転席で、それを眺めていた。


 エンジンは切っている。

 一家の送迎兼見張りだ。

 もし誰かが来たら売春婦となって時間と金を稼ぐ。


「つまんない」


 今夜はロバートもいない。

 話し相手として応えてくれるのは、友達のキギだ。



 ―――イヴの袖口から、つる草が一本伸びてくる。



 つる草はイヴの指に絡まり、慰めるようにすり寄った。


「ごめんね。キギも何か欲しいよね」


 イヴの声に応えるよう、つる草が指に巻き付く。

 イヴは微笑む。


「私? 私は別に大丈夫。キギのおかげで病気知らずだから」


 つる草――幼い頃に一族の洗礼式で授かったキギ――は、労る動きでイヴの手を這い上がる。

 手全体に巻き付き、揉みこむ。気持ちよかった。


「私がガソリンとか飲めればよかったんだけどね」


 イヴは遠く、街の明かりを見やる。


 暗闇を駆逐する街明かり。

 生まれてからずっと住んでいるキングスポート。


 死ぬまでいるであろう街。


 街の生きている光。






 その光が、不意に途絶えた。






「……え?」


 イヴは驚き、外を凝視する。


 街道を照らしていた街灯も全て停止。視界の全ての明かりが消えていた。

 暗黒が満ちる。


 停電だ。


 イヴはフロントガラス越しに、その唐突な無明の世界を見やる。

 





 そこに、それはいた。





「――……」


 イヴは息を呑んだ。




 大きな外套を纏い、鬼火のように薄く発光した者が、暗闇の中から歩み寄ってくる。


 放埒に伸びた長い長い髪。

 無数の触手を垂らす仮面。



 それの肩から、人外の器官が生えている。



 ウミユリのような羽枝つき触手。

 内臓めいた触腕。




 イヴは気付く。

 一族だ。

 しかし、おかしい。


 暗闇の中に現れたそれは、あまりに強烈なエネルギーに満ちていた。


 闇夜を炙る体の放電は、収まりきれない力そのものだ。

 ブーツの足先からジーンズパンツ、コットンシャツ、仮面、髪の先まで、あらゆるところから力の波動が漏れ出ている。


 枯れ木のようなイヴの一家とは明らかに違う。



「……だれ?」


 イヴはその姿をさらによく見ようと前のめりになった。


 その直後。

 闖入者の姿が掻き消える。



 ―――トラックの屋根が轟音と共にへこむ。


「!?」


 イヴは自分の席が強烈に揺さぶられたことへ驚く。

 目の前のフロントガラスが砕け散る。イヴは咄嗟に腕で顔を覆う。


 その腕を、誰かに掴まれる。


 何者かは強引にイヴを運転席から引きずり出した。


 腕が潰れてしまいそうなほど強く握られ、イヴは苦痛に顔を歪める。


 その顔に、仮面が接近していた。



 触手状の飾りで覆われた仮面。


 トラックの屋根に乗り、イヴを無理矢理引っ張っている。



「―――あぁッ? ンだよ身内じゃねえかクソが」


 仮面が甲高い声をあげた。

 女の声だ。

 イヴは目を瞠る。


「せっかく電力一気飲み成功して停電させて良い気分になってたっつうのによぉ。美人も見付けたし記念に一発気持ちよくレイプしようって思ってたのによぉ」


 昂揚と不機嫌で異様に抑揚を利かせながら、ずずい、と仮面を近付ける。


 そして仮面をおもむろに外す。


 瞳。

 青緑、薄緑。

 双眸は色違いだった。虹彩異色症。ヘテロクロミア。


 イヴ、その瞳と目を合わせた。


「……っ」


 息を呑む。


 小さな顔。余計な肉も曲線もない、威力を秘めた顔立ち。

 薄い唇が歪に笑う。


「同じ一族の奴は襲わねえから安心しな。クリスマスのときに負けた言い訳されたくないんでな。だから」


 その女の肩から生えたウミユリめいた器官。

 それが触手を伸ばし、羽枝でイヴの両腕を絡め取る。

 力強い。

 イヴを宙づりにし、女自身は手を離す。


 そして両手で、イヴの顔を挟む。


 顔がさらに接近。イヴは目を離せない。



「これで我慢してやるよ」



 女が嗤う。肉食獣の笑み方で。




 その口が、イヴの唇を奪った。



 衝撃。




「!!」


 イヴの全身が跳ねる。


 流し込まれたエネルギーの負荷がショックとなって、全身の血管や骨肉を揺さぶった。

 びぐびぐと痙攣するイヴ。鼻から血がこぼれた。

 触手に拘束され、体は逃げられない。


「震動波入りのキスはいいもんだろ?」


 イヴの様子を見て、女は愉快げに目を細める。イヴの鼻血を舐め取り、


「さっき食べた電力分のお裾分けだ。気前いいだろ? あんた顔いいし、胸でかいし。気に入った」


 片方の手を離し、イヴの胸元を無遠慮に揉みしだきながら女は哄笑する。


 その動作のひとつひとつに、強烈な熱量をはらんでいた。

 乱暴にいじられる胸元から、その熱がイヴに浸透する。


「あ……」


 痺れる頭脳。

 重い視界。

 熱くなる胸と喉。


 イヴは熱された声で訊く。


「あなたは、だれ…?」

「私はアリアナ」


 にやりとわらう。



「太陽を目指す女だ」




 尊大に言い放ち、その女、アリアナはおもむろにイヴを地面へ放り投げる。



「っ!」


 突然の浮遊感に驚くイヴ。



 そして―――アリアナの背後から何人もが飛びかかってくるのを目にした。



 獰猛に嗤うアリアナ。



 ウミユリの触手、目にも留まらぬ速さで掻き消える。


 奇襲した者達が勢いよく弾き返され、そのまま地面に叩き付けられた。



 イヴも含め、アリアナ以外の誰もが大地に横たわる。


 強靱な羽枝の触手を小刻みにうねらせ、アリアナは見下す。


「私は同族は襲わねえけどよ、売られた喧嘩なら買ってやる主義だぜ?」


 不意打ちに失敗した者達は忌々しく舌打ちする。


「うちのトラックに何してやがる…」


 アリアナへ、憎たらしく吐き捨てたのは、イヴの父親だった。他の襲撃者は兄たちだ。


 アリアナは僅かに目を瞬かせ、


「なんだぁ? この街の連中は美人局で稼いでんのか?」

「車だ車! 女が欲しいなら普通にそのへんでやってろよ!」


 兄の1人が怒鳴る。イヴとアリアナをそれぞれ指さしながら。


「あ? こんなオンボロのトラックがなんだって?」


「うちの車はそれだけなんだよ!」

「てめえふざけてんのか!」

「女とだけやってろよ! そっちならいくらでもかまやしねんだから!」


 わめく父兄ら。

 マリアナはちらりと動けないイヴを見やり、


「……うっせえなあ」


 心の底から鬱陶しく呟く。



 ―――ウミユリの触手がしなった。恐ろしい素早さで。



 兄の1人の頭が大きく仰け反る。体が宙に浮く。冗談のように吹き飛んだ。


「……!」


 一家の人間達が殺気立つ。内臓めいた触腕も逆立った。


 その敵意を全て注がれても、アリアナの傲岸さは崩れない。


「私が何を壊そうが何を抱こうが、てめえらに関係ねえだろ」


 アリアナの肩から、内臓と木の根をミックスしたような触腕――イヴの父兄と同一のそれ――が伸びる。

 驚異的な速さでいくつにも枝分かれして生長。

 太さと素早さは父兄達の比ではない。

 表面からダラダラと粘性の高い分泌液を垂れ流していた。


 その邪悪な魔手がトラックを舐め回す。


「食べて蓄えたエネルギーが全ての一族で、くそしょぼい力しか持ってねえてめえらが、私に口利けると思ってんのか?」


 触腕に触れられたトラックの表面部分はボロボロに溶融。

 その強力な貪食に、一族の人間達は顔を強張らせる。


「一度に食えるエネルギー量は、そいつの持ってるエネルギー量に依存する。しょぼいエネルギーしか持ってねえ連中はしょぼい量しか食えねえ」


 トラックはあっという間に屋根やドアを失う。

 虫食いされる鉄の車両で、放電の光を強くするアリアナが吼えた。


「私に意見したかったら、街を停電させるくらい電気を食べてみろよ!」


 アリアナが跳ぶ。襲い掛かる。


 矢のような鋭さで跳躍した先は、イヴの父だ。


 肉厚の羽枝付き触手がしたたかに殴打。イヴの父は何も反応できない。横殴りにされた体が闇夜の中に吹き飛び消える。


 同時に別のウミユリ状触手が、父の近くにいた長兄を薙ぎ払っていた。

 長兄は父より優れた反応速度で対応。

 木の根めいた触腕を構えて防御する。

 アリアナの触手、それを防御姿勢の上から力尽くで突き飛ばす。

 長兄の触腕は潰され、千切れ、父親と同じく闇の中へ姿を消した。


「てめえっ!」


 次兄以下が慌て、叫ぶ。


 そんな彼らに殺到するのは、トラックを貪っていた触腕だ。


 いつの間にか足元に這い寄り、その下半身に巻き付く。

 ヘビのように早い。抵抗する間もなく空中に振り上げられ、そのまま地面へ叩き付けられる。数回それを繰り返し、おもちゃのように遠くへ放り投げた。全員。


 一秒に満たない時間で、イヴの父も兄らも闇の中へ消えた。


 アリアナの放電による光が照らす世界にいるのは、イヴだけだった。




「……」



 イヴはずっとそれを見ていた。


 輝きと力にあふれるアリアナが、自分の一家を蹂躙する様を。


 イヴを倦怠の中に埋めていたものたちを、圧倒的な力で薙ぎ払う光景を。



「きれい……」



 イヴは呟く。


 痺れが取れない。震動波のダメージが残っているのか。魂のようなものが奮えているのか。




 イヴは思った。






 ――あそこに、いきたい……






 イヴは願った。





 そして、それを聞き取る者がいることを、イヴは忘れていた。






*******




 キングスポートの一族を蹴散らしたアリアナは、背後からの猛烈な気配に振り返り―――羽枝つき触手でそれを掴み取る。



「……なんだ、お前?」



 触手が絡め取ったのは、剣だった。


 正確には、刀剣状の突起を持った黒いつる草。



 つる草の茎をたどると、栗色の髪の少女へ行き着く。


 茫と地面に横たわるその少女―――イヴの袖口から、剣状の植物が放たれたのだ。



 そしてその植物は、うっすら光を帯びていた。



「……キギ?」


 イヴは力の入らない声で呻く。


 キギのこの姿を初めて見た。普段はただの動けるつる草にすぎない。

 それが、まるで東洋のクナイのように鋭く投擲した。しかも自ら。イヴは困惑する。



 そんな宿主の戸惑いをよそに、黒いつる草はその身の光を強めていく。


 黒い刀身が輝き出す。


「っ!」


 アリアナが何かを察知し、羽枝の触手を引こうとした。

 が、遅い。


 白刃が閃く。


 黒剣は自ら捻り、絡みつく触手を容易く切断した。


「んだオイこら!」


 アリアナが、今度は内臓めいた方の触腕でつる草を捕獲しようとする。

 内臓のような触腕から、大量の分泌液が放出されていた。トラックを貪り消化したものだ。


 その消化用の触腕が、つる草の黒い茎部分を掴み取る。

 ジュ、と茎が溶けた。

 黒い先端が力なく地面に落ちる。


 が、その溶けた断面で、光がひときわ強く輝く。


 輝く先端が瞬時に枝分かれ。

 4本に別れる。

 その増えた先端から、やはり黒い刀剣のような突起が生成された。


 ひどく正確な4つの剣撃。

 先端の刀身部分は消化分泌液をものともせず、アリアナの触腕を悉く両断する。



「おいおい、冗談だろ……てめえ強いんじゃねえかちゃんとよお!!」


 アリアナがわめく。


 イヴはやはり茫然としている。

 知らなかったのだ。


 一族は洗礼式であのウミユリめいたものを授かる。

 内臓に似た触腕で物質やエネルギーを分解・吸収することができた。


 しかしイヴに宿ったのは、それらが一切出来ないキギだった。


 キギはイヴが実際に口にしたものを、体内を通して吸収する。


 つまり普通の食事がエネルギー源だ。たかがしれている。

 その上キギはけっしてイヴを病的に痩せ細らせるような極端なエネルギー吸収はしなかった(一族に宿るウミユリじみたものは平然とそれを行っていた)。


 つまり宿主であるイヴへ非常に慮っているのが、キギという存在だった。


 なのでイヴはこれまでキギを、メンタル面はともかく、能力的には怪我や病気に強くしてくれる程度のものだと思っていた。


 だが、今のキギは違った。


 一族の人間を一方的に蹂躙できるアリアナが、明らかに苦戦している。



「舐めんなオラァッ!」



 アリアナは距離を取って対抗。

 切断された触手や触腕を再生し、キギの茎を破壊しようと殺到する。


 キギの4つの剣は巧みな動きでそれを阻む。

 攻撃する2本の刃。その刃の茎をカバーする1本。状況に応じて攻撃と防御のそれぞれに参加する最後の1本。


 アリアナの魔手は4本の光跡に切り落とされ、そのたびに驚異的な再生速度で幾度も襲い掛かる。キギが迎え撃つ。攻防が続く。



「……」


 イヴは触手とつる草の戦いを眺めながら、ふと、自分を苛んでいた痛みが無くなっていることに気付く。

 衝撃波がもたらした全身の痺れは消え、視界もクリアだ。


 それと同時に、キギの動きが徐々に鈍っていくことも分かった。



「キギ?」


 キギの黒い体から、少しずつ光が失われていく。

 アリアナの触腕に茎を溶かされそうになるなど、危うい場面が増えていった。

 そしてその劣勢はどんどん濃くはっきり浮き彫りになっていく。


 対して、アリアナの再生速度と強襲頻度はまるで衰えない。

 4本の剣の結界を、力任せに押し込んでいく。


 イヴは自分の袖口から伸びる茎を撫でた。


「……キギ、私に遠慮しないで」


 イヴ、体を起こし、微笑む。



「あなたの力を、私に見せて」



 ―――イヴの肩から、生える。


 一本の樹木だ。


 人の腕ほどの長さ。

 細く小さい枝葉を茂らせ、ナンテンのような赤い実をつけている。


 その赤い実が、急激に輝き出す。


「!!」


 アリアナが異変に気付く。


 黒いつる草が持つ光が瞬く間に薄くなったからだ。

 剣の動きも極端に鈍くなる。

 分泌液したたる触腕でそれらを消化するものの、アリアナの意識はイヴ本体へ向けられていた。


「なんのつもりだそりゃ……」


 周辺の空気に異臭が混じる。イヴの肌がひりつく。樹状の器官からもたらされる赤い実の輝き。


「何してんだって訊いてんだよッ!!」


 アリアナ、羽枝つきの触手群をイヴに叩き付けようとする。


 ウミユリめいた触手がアリアナの前で構えた。


 同時。



 赤い実。

 弾け飛ぶ。



 ―――紅色の火柱が、アリアナの触手から立ち上がった。



「ぅぉおお!?」


 激烈な熱と光と爆風。

 アリアナの体が木の葉のように吹き飛ばされる。

 触手も触腕も粉微塵に粉砕。

 膨大な爆煙が暗黒の天に突き刺さった。



 そのあまりの光量は、未だ停電中のキングスポートの町並みさえはっきり照らし出す。


 夜闇を駆逐する、尋常ならざる爆発力だった。


「………」


 それをイヴは、間近で眺めていた。


 全身が再び重く怠くなる。

 頭痛が激しい。目眩。手足の感覚がない。


 失神する直前、イヴは肩から生えた樹状の触手が消えていることに気付く。

 つる草も体外にはいない。


 一族の人間もいない。

 アリアナも。


 イヴだけだった。



 が、イヴに不安はなかった。

 空虚な退屈も。


「……すごい」


 その紅い光を目に焼き付けて、イヴは意識を無くす。














 その夜の出来事が、彼女と、その一族の全てを変えた。


 その年のクリスマスに起きる異変の始まりだった。


















 翌日。


 イヴのダイナーに、アリアナは現れ、そして言った。




「私と来いよ」



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