外伝1 ある施設管理者の憂鬱
滞りなく葬儀が進行していた。この町を襲った災厄により、犠牲になった者の棺がノルンの町の墓地に並べられている。口に出すことは憚られたが、町を襲った連中の残虐さと数の多さから考えれば、奇跡のように数は少ない。それというのも儚げな少女が佇む棺に納められている男のお陰だ。
名前はハリス。私の管理する神殿に配属されたエイリアを惑わしていた不届きもの。卑賎な冒険者であったが、最後は英雄として死んだ。あのような得体のしれない男に入れあげてエイリアの修行が疎かになっているのが悩みの種だった。しかし、そのハリスはもう居ない。
災厄直後に王都から帰還したエイリアは聖女に列せられるかと言われるほどの実力を見せ、多くの者の命を救い、傷を癒した。ただ、それも、あのジーナという女からハリスの死を告げられるまでのこと。忌々しいことに、それを聞いてからは、あられもなく取り乱し、涙を滂沱と流して、エイリアは単なる若い女となってしまう。
本来なら本日の葬儀にも参列するべきであったが、とても人前に出せる状況ではなかった。棺の前に佇む少女といい、エイリアといい、なぜ、あのハリスのような男の死がそれほどまでに悲しいのか理解ができない。若く美しい女性が横に並び立つのに相応しい立派な男は他にも多くいるではないか。
まあいい。今回の事件で神殿は避難所としての役割を果たしたし、町の人々の治療に当たった。これでまた我らが神殿への信仰は厚くなり、喜捨の額も増えるに違いない。そうすれば、私もこのような田舎町ではなく、もっと大きな町の神殿に移ることができる。場合によっては、王都に戻れるかもしれない。
これから、我らがエピオーン様に彼らの魂に安息を与えて頂くようお願いする儀式を始めようとした時だった。警備の者に袖をとらえられながら、エイリアが墓地へと駆け込んでくる。
「待って。まだ望みはあるわ。この体を依り代に……」
周囲の者に命じて、エイリアをこの場から連れ出させる。顔をしかめないようにするのに努力が必要だった。これだけ多くの者に目撃されては、王都の最高神祇官様の耳にも入ってしまうだろう。さすがに、一介の冒険者の命を救うために自らの身にエピオーン様を降臨させようとするなど奇矯なふるまいには眉を顰められてしまうはずだ。
まったく。その責を負わされるのは私なのだぞ。監督不行届きをとがめられてしまうではないか。どうしてそうなるのかは分からないが、エイリアは王都の神殿上層部に受けがいい。確かにエイリアに命を救われた者は多いのかもしれないが、ダンジョンに赴く冒険者に同行し、蛮族と戦う騎士団に同行するなど狂気の沙汰だ。
葬儀が終わってから数日経っても、エイリアはちっともお勤めに熱が入っているようには見えなかった。もう看過できず、エイリアを呼びよせてお説教をする。
「そのような姿をさらして、聖職者として恥ずかしくはないのか。もしや、エピオーン様への信仰を失ったのではないだろうな」
俯いていたエイリアが顔を上げる。
「エピオーン様は誰かを慕うことを禁じられてはおりません」
「そうは言っても、ものには限度ということがある。いい加減にするのだ」
「親しい者を亡くして嘆くのは自然なこと。エピオーン様も理解されます」
エイリアは私への反発心からか語気を強くした。前から私のことをハリスとの間を邪魔する者として陰で嘆いているというのは聞いていた。まるで、身も心もあの男に捧げているかのような態度に疑念が湧く。
「それはどうかな。まさか、もうエピオーン様の声が聞こえぬのではないのか?」
エイリアの目に怒りと悲しみが満ちた。
「分かりました。そこまで言われるのであれば、これから三日三晩一心に祈りを捧げます。きっとエピオーン様は私の真心を汲んでくださることでしょう」
形だけ頭を下げてエイリアは退出する。やれやれ。まあ、形だけとはいえ、長時間の祈祷をしていたということは悪くは伝わらないはずだ。
そして、満願の日を迎えた。雑事に追われていたが、時間ができた際にエイリアのことを聞くと、行が終わってからすぐにギルドに出かけたと言う。今までのやつれた姿からは回復したと聞き、やっと目が覚めたかと安心した。その一方で、なぜすぐにギルドに出かけたのか訝しく思っていると当人が面会を求めてくる。
「見れば迷いは晴れたようだが、目は覚めたかね?」
「神殿長様にお伺いしたいことがございます」
「質問に質問で返すのか。いささか……」
私の目の前でエイリアは詠唱を始めた。滑らかでよどみない声が耳を打つ。これは……。
「あなたはハリス様に癒しの技を施しましたね?」
「はい」
「そして、きちんと詠唱は効果を発揮したのですね?」
「はい」
頭がぼうっとして思考を巡らすことができない。質問に反射的に答えてしまう。
「あなたは、ハリス様が亡くなったのを確認はしていませんね?」
「はい」
「あなたはジーナにハリス様が亡くなったと告げられ、それを受け入れた。本当は嘘だと分かっていたのではないですか?」
頭の中で警告が鳴り響き、否定の言葉を述べようとする。しかし口から出たのは別の言葉だった。
「はい」
エイリアの顔が陶然とする。そして、両手を強く打ち合わせた。
私は荒い息をする。まさか誓言の呪文で私に偽りを言えなくするとは思わなかった。この私もそれなりの実力を有する神官だ。それなのに守りの力を突破して、この私を支配下に置くとは……。エイリアはふうと息を吐き出す。目に怪しい光が宿っていた。
「あなたは私を騙しましたね」
「う……。いや。違うぞ。ハリスは死んだと聞かされていただけだ。嘘は言ってない」
「そうですか。あなたも謀られたというのですね。そうですか。では悪いのはあの女」
エイリアの体から怪しい気配が立ちのぼる。
「まさか。聖職者の身でありながら、ジーナの身に危害を加えるつもりでは……」
エイリアは高らかに笑う。
「そんなことはしませんわ」
私は胸をなでおろす。
「そんなことがハリス様の耳に入ったら、私が嫌われてしまいますもの。ジーナのことはハリス様も大切にしていますから。それに、コンバさんからも聞き出しました。命を狙われているハリス様の身を守るための計略とのこと。この私を除け者にしたことは残念ですが、恨んだりはしません」
エイリアの背後から光が溢れた。生気がエイリアの体から放射する。
「ハリス様の体は不思議な力のせいで本調子ではないとのこと。それを癒すことができるのはこの私しかいません。これこそ、エピオーン様のお導きでしょう」
「いや。そうとも限らないだろう」
エイリアはきっと私を睨む。
「もう、あなたに私の邪魔はさせません。今参りますわ。ハリス様!」
一声叫ぶとエイリアは私のことなど眼中にないように部屋を出て行く。私は力なくつぶやくことしかできなかった。
「なんてこった」
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