第84話 看病
デニスが出奔してから平穏な日々が過ぎた。指導を兼ねてダンジョンに潜る日々はそこそこの収入をもたらす。これなら楽しく年が越せそうだと浮かれているところに凶報は突然やってきた。別パーティに加わっていたフォルクが重傷を負う。なんとか町の近くまでは戻ってきたが、城壁を目にすると安堵したのか力尽きたのだった。
最近は形骸化していたとはいえ一時は指導者の立場だった俺は葬儀に参加する。遺体をきちんと埋葬して貰えるだけマシなのかもしれないが、若くして死んだフォルクを思うと心は晴れない。俺のパーティだったらこんな結果にならなかったかもと考えるのは不遜だろうか。
不意に占い婆の言葉が蘇る。
「いずれは俺もこうなるのか……」
葬儀にはフォルクとは1・2度顔を合わせただけのティアナも参列していた。ティアナが俺の手をぎゅっと握りしめる。横を向いてそっと耳打ちした。
「心配するな。俺にはお前がしてくれるおまじないがあるだろう。ちゃんと俺は帰ってくる」
自分でも確信はもてない言葉だったがティアナは表情を緩める。この言葉が嘘となった時にティアナはどうするのだろうか? 頭を振って不吉な思いを追い払った。
最後にひと鍬ずつ棺に土をかぶせて埋葬は終わりになる。沈痛な表情のサマードと目が合った。その後デニスに関して連絡はない。俺はティアナの肌着のお陰でそれほどでもなかったが、皆寒さに震えていた。ドーラス山から吹き下ろしてくる寒風にさらされたのが良くなかったらしい。埋葬の翌日になるとティアナは熱を出して寝込んでしまった。
知らせを聞いてやって来てくれたエイリアは穏やかにほほ笑む。
「体が冷えたのと疲れで熱が出ただけで、ゆっくり寝ていれば治ります。反動が出るのも心配ですし、治癒魔法をかけるほどではないでしょう」
お大事にと言ってエイリアは帰っていった。
「すいません」
熱っぽい顔でティアナはベッドの上で首を縮める。玄関までエイリアを送って戻って来ると、ふらふらしながら起きてきて食事の支度を始めようとした。怖い顔を作って大人しく横になっているように厳命する。
ジーナとミーシャは出かけているので俺が食事をつくるしかない。ティアナも口にするかもしれないのなら消化の良い物がいいだろうと穀物粥を作った。
「おじさん。あんま美味くないね」
「タック。文句言わずに食え。ティアナの料理のありがたさが分かるだろ」
タックは食べ終わると外に飛び出していく。
「暗くなる前には帰れよ」
「うん。夕飯はちゃんとしたものが食べたい」
「……なんとかしよう」
寝室にティアナの様子を見に行く。苦しそうに寝ていた。ためらったが額に手を当ててみる。かなり熱い。放そうとする手をティアナの小さな手が押さえる。手も熱かった。
「悪い。起こしちまったか?」
ティアナは微かに首を横に振る。
「ご主人様の手、冷たくて気持ちいいです」
かすれた声は小さく儚い。
「あ、タオルを冷やして持ってこよう」
「しばらくこのままで」
俺の手に熱が移ったので反対の手を当ててやる。やがて寝息を立て始めたのでそっと離れ、タオルを濡らして持ってきた。こまめに替えてやっているうちに表情がやわらぐ。ティアナの顔を見つめているうちに俺も眠くなってきたので添い寝をすることにした。
目を覚まして様子を伺うと先ほどよりは具合が良さそうだ。睫毛が震えたと思うと霞がかかったような瞳で俺を見る。起き上がろうとするので肩を押さえた。
「どうした? そうか。喉が渇いたのか?」
ティアナは顎をこくんとする。
台所で湯冷ましをマグに入れて運んだ。頭を支えてやり飲ましてやる。口からこぼれたものを拭いてやった。
「少し何か食べるか?」
「はい。お願いします」
俺は先ほど残した粥をさらに薄めて温めなおし器に盛る。トレイに粥入りの器と匙を乗せて寝室に運んだ。ベッドわきの台にトレイを置く。自分で持とうとするのを遮り、俺が匙ですくった。口をすぼめて息を吹きかけ冷ます。口元に運んでやると、ちょっと唇をつけ温度を確かめてから口に入れた。同じ動作を繰り返す。
「美味しいです」
ティアナの言葉に俺は疑いの目を向ける。さっき食ったので辛うじて食えるレベルなのは分かっていた。
「本当です」
食べ終えるとティアナは居心地が悪そうにしている。どうやら汗を吸った夜着などが気持ち悪いようだ。
「着替えた方がいいな」
衣装入れからティアナの服をひと揃え持ってくる。
「着替えたのはこの籠にいれておけばいい。洗濯しようとなんかしなくていいぞ。勝手にベッドから出たらお尻をひっぱたいてやるからな」
大人しく頷いて夜着をすぽんと脱いだティアナから目をそらす。汗を吸った肌着は体のラインをはっきりと見せていた。
髪の毛が額に張り付いた姿はやつれているにも関わらず、妙に色気を感じる。網膜に焼き付いた姿態を振り払うようにして台所に食器を片付けに行った。戻ってみると籠の中に服がきれいに畳んで入れてあったが、ティアナ自身はすっぽりと夜具に収まっている。
乾いたタオルで額と首筋の湿り気をぬぐってやる。くすぐったそうな顔をしながらも神妙にしていた。
「すいません」
今日何度目かの謝罪の言葉を言う。
俺はベッドの端に腰掛けた。
「もう謝るのはやめろ。大人に甘えるのが子供の仕事だ」
まだガキだった頃の俺にあの人が言った言葉をかけてやる。
「まあ、いつも家事をしてもらってる俺が言うセリフじゃないがな」
「もう子供じゃありません」
唇を尖らせるティアナの姿に若い頃の俺の姿が重なる。
「子供はみんなそう言うんだ。俺もそうだった」
ティアナが俺の顔を見つめる。
「ご主人様も誰かにそう言ったんですか?」
「ああ。そうしたら笑いながら頭をくしゃくしゃにされたよ」
瞼に浮かぶ懐かしい顔。
「きっと、その人もご主人様みたいに立派な方だったんですね」
「俺の何倍もな。さあ、おしゃべりはこれぐらいだ。ゆっくりお休み」
夜具の上からポンポンと叩いて、籠を持って立ち上がる。中庭に出て洗濯を始める。久しぶりの水仕事に手がかじかんだ。さすがに肌着の効果もこれには及ばないらしい。洗い終わったものを竿に干しながら後で忘れずに手荒れ防止の軟膏を買っておいてやろうと思った。
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