大師 ヘーゼン(2)


 ヘーゼンは嬉しそうに近づき、イルナスの身体を触診し始める。その表情は先ほどとは打って変わり真剣な表情をしていた。時は10分が過ぎ、20分が過ぎ、やがて30分が過ぎた。


「……いつまで診ているのだ?」

「っと申し訳ありません。あまりにも素晴らしい身体だったので、つい」

「そなた……まさか、変な趣味がないだろうな?」

「とんでもございません」


 イルナスがジト目で尋ねるが、ヘーゼンはこともなげに否定する。


「さて、聞かせてもらおうか? の身体にはなにが起こっている?」

「先ほど言ったじゃありませんか。成長が遅れているのです。それ以上でもそれ以下でもございません」

「……ふざけているのか? ならば、そなたはなにを触診して確かめていたのだ」

「あなたの潜在魔力ですよ。私は、星読み方ほど魔力感知が得意ではないので、こうして触診させて頂くことで測っておりました。グレース様の予想通り、イルナス皇子殿下の持っているものは本当に素晴らしい」


 ヘーゼンの答えに、イルナスはグレースの方を見た。そんなことを彼女は一言も言わなかった。自分には魔力がないと落ち込んでいる姿を見せても、黙って隣に座って慰めてくれるだけで。


「本当か? グレース」

「……私は星読みですので、真鍮の儀式前に潜在魔力のことは教えられません。ヘーゼン大師ダオスーも口を慎んでください」

「し、しかしヘーゼンには何かを話したのだろう? だから――」

「違います。目の前の方は、嘘が非常に得意です。大方、私に答えさせるためにさりげなく誘導しようとしたのでしょう」

「……っ」


 だったら、どっちなんだ。イルナスは怒鳴りたい衝動を必死に抑えた。自分に魔力があるのか。それとも、単にヘーゼンという男が嘘をついてからかっているだけなのか。そんな悶々とした表情を浮かべていると、ヘーゼンは興味深そうに笑う。


「イルナス皇子殿下。あまり彼女をいじめるのはよくありませんよ。真鍮の儀式が星読みにとって、どれほど大事な儀式か、わからぬあなたではないでしょう?」

「で、でも……」


 イルナスは歯がゆそうに唇を噛む。

 真鍮の儀式は次期皇太子を決定するための儀式である。皇位継承候補社の魔力を測定し、皇太子を星読みたちが決定する。唯一魔力のみを測定するのは、判断基準の中で潜在魔力の量が最も大きく左右されるからである。


 その点から、星読みは皇族の魔力に関する発言は禁じられている。もちろん、星読みの中にもさまざまな解釈を持つ者がいるので、周囲に漏らす者はいなくはないが、グレースは星読みの中でも厳格な人物で有名だ。


「思い出してみてください、グレース様はあなたに魔力があるとは言わなかったでしょう。しかし、ないとも言わなかったはずだ。そして、代わりに私の下に連れてきた。それが、苦悩していたあなたに対する精一杯の答えじゃないでしょうか?」

「……」


 イルナスはヘーゼンの表情をジッと見つめた。その黒々とした瞳には、感情が読み取れない。嘘をついているのかも。それとも真実を言っているのかも。ただ、信じたいと思った。自分には魔力があるという彼の言葉を。


「教えてくれ。の身体をそなたは現象だと言った。成長が遅れているだけだとも。ならば、いずれは伸び始めるのか?」

「先ほどの話との関連ですよ。魔力が強すぎると、成長が阻害される例があります。私の弟子が一人、そういった者がいました。女ですが、13歳まではイルナス皇子殿下と同じくらいの身長でしたよ」

「ほ、本当か?」


 イルナスの問いにヘーゼンは笑顔で頷く。その瞬間、救われた気分になった。永遠にこのままかと思っていたこの身体が、成長することができなんて。まるで、夢のようだった。


「その子に会うことはできるのか?」

「今は、宮殿で別の仕事に従事していますので、ここにはいません。しかし、いずれ。お約束します」

「……ありがとう」


 心の底からお礼を言った。いつか、その子に会うことができれば、話したいことがいっぱいある。どれだけ苦労したのか。どれだけ大変だったのか。どれだけ馬鹿にされて……どれだけ泣いたのか。


「ヘーゼン。そなたはどこの派閥にも属していないと聞く。それはなぜだ?」

「どうも、私には面倒でね。戦でのし上がる方が性に合っているんです。ただ、自力で上がれるのはどうやら大師ダオスーが限界のようで。できれば、どこかの派閥に属したいと模索中です」

「……そうか」


 イルナスは下を向く。できれば、自分の臣下となって欲しいが、自分には派閥がない。とてもではないが、彼の地位を押し上げる権力はない。せっかく見つけた希望の光が、他の派閥に取られることで、関係が薄くなってしまうことが悲しかった。


「イルナス皇子殿下、そこで一つ相談があるんです」

「なんだ?」

「私とともに、派閥を作りませんか?」


 ヘーゼンは満面の笑みを見せた。

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