第34話 料理


 イルナスが長家に帰ると、ヤンはいつも通りいない。彼は彼女に教わった料理を作り始めた。ヤル羊を2センチほどの暑さに2枚きり、麻辛子マージュジを加えて焼いたものと、ペンペン草のサラダ、そしてご飯を炊く。


 食材は一度には使い切れないので、数日も同じメニューなどザラにあったが全然気にならない。むしろ、王室の時よりも美味しく感じられた。

 一通り料理を準備し終えて、イルナスはお腹を少し押さえる。ヤンが帰ってくるのは、いつも19時頃。20分ほど余裕ができたので手持ち無沙汰になってしまった。あらためて、部屋を見渡してみると、ヤンの魔杖である牙影に目がとまる。


 ……あの時のヤンはかっこよかったな。


 そんなことを思い浮かべながら、悪いとは思いつつも牙影に触る。イルナスは星読みに潜在魔力の大きさを認められて皇太子になった。未だ、魔力の発現はないが、自分もヤンのように魔法を使えるようになるのだろうか。そんな風に考えながら牙影を動かす。


「イルナス様にはまだ早いですよ」


 ヤンが帰ってきた。イルナスは慌てて牙影を元の場所に返す。彼女は、笑顔を浮かべて荷物を下ろして台所に向かう。イルナスが勝手に牙影を触って怒っている様子はない。


「なんで、僕にはまだ早いのだ?」


 イルナスは少し頬を膨らませながら尋ねた。では、いつならいいのだろうか。魔力を発現してからなのか。学校を卒業してからなのか。それとも、成人してからなのか。どちらにしろ、早く使えるようになってヤンを守りたいのに。


「牙影は扱いが難しいですからね。魔力が発現したら、訓練用の魔杖を使うとよいでしょう。私も16歳になるまでは、訓練用のしか持たしてはくれませんでした」

「……なんで?」


 そう尋ねると、ヤンは優しくイルナスの頭をなでて説明する。

 魔杖は未熟な者が持つと、暴発することがあるそうだ。まずは、訓練用の魔杖で魔力の扱い方を覚えてからではないと、逆に危険にさらされるとのことだった。


「特にイルナス様の潜在魔力はすさまじいようです。正直言って、牙影をもって暴発したら、私でも抑えられるかどうか確証が持てません」

「……それなら、僕はいつ頃魔力が発言するのだ?」


 その問いにヤンは首を傾げてわからないと言った。一般的には7歳から9歳ほどだと言われているが、魔力が強い者ほど遅い傾向にあるらしい。ヤン自身も魔力が発言したのは13歳の頃らしい。


「その時、私は自分が魔力持ちだと気づいてませんでした。突然、大量の魔力が自分の中で抑えきれなくなって暴走一歩手前まで行ったんです。自分でもどうすればいいのかわからなくなって途方に暮れていた時、スーに助けられたんです」

「……そうだったのか」


 その後に、ヘーゼンは魔力をキチンと操れるようにするために、ヤンを弟子にしたという。彼女自身は平民のままいたいと頼んだが、体内に蓄積した魔力をある程度消費するような技術を身につけないと日常生活は送れないと言われて、今ここに至りますとヤンは笑う。


「魔力発現とはそれぐらい危険なものなのだな」

「イルナス様には私がついているので、仮に魔力発現しても大きくは問題ないと思っています。私の場合は、魔力発現に気づかずに数ヶ月以上も放置していたので、かなりヤバかったそうです。実際、あのスーが割とボロボロになりながら抑えてくれたそうなので」


 それ以来、後にも先にもヘーゼンが傷ついたのを見たことはないそうだ。


「イルナス様が魔力発現すれば、近くにいる私ならば気づくでしょう。そうした時に、適切な魔力の扱いを教えます。だから、今は魔法以外のことを学んでくださいと」


 ヤンは言う。皇族や貴族にとって魔法は嫌でも教わる。それは、非常に便利なものだが、非常に怖いものだ。誰かを救いもするし、誰かを殺しもする。自分の生活を豊かにもするし、自分を破滅に追いやることもある。


 重要なのは、魔法に翻弄されぬような自分を磨くことだとヤンは説く。魔法が全てになれば、魔法だけに囚われる。その力に魅入られ、食い殺された者たちは数知れない。魔法を扱う者は、魔法を扱わぬ方法も同じくらいに備えていなければいけない。


「……肝に銘じておく」

「適当に流して聞いててください。私の意見なんて、ほぼスーの受け入りで、しっくりきたことしか話してませんから。そんなことより、料理を温め直しましたから食べましょう。明日の魔法より、美味しい夕飯です」


 ヤンは笑いながら、スプーンをイルナスに渡した。



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