第29話 魔医


           *


「ヤンから伝信鳥デシトが届きました」

「君らしくもなく、遅かったな」

「申し訳……ありません」

「……」


 反射的にラスベルへの苦言が出てしまったヘーゼンだったが、次の瞬間、『しまった』と思った。先日、圧倒的教育不足につき、駄文を書きまくったアホ弟子のことを、ヘーゼンは思い出した。


「……またヤンが駄文を書きまくったのか?」

「いえ。それは前回わかっていますから。割合、駄文は多かった……と言うか10ページ以上ありますが、適当に飛ばしました」

「なら……君らしくもなく、遅かったな」

「……申し訳ありません」


 ヘーゼンの叱責に、側近のラスベルが悔しそうに頭を下げる。ヤンが飛ばした2羽目の伝信鳥デシト。そして、またしてもラスベルの隠字解読が半日以上かかったのだ。

 彼女の優秀さならば、やはり2時間ほどだとヘーゼンは見ていた。


「で、なんて書いてあったんだ?」


 ヘーゼンが尋ねると、ラスベルが説明する。無事にスヴァン領に辿り着いたこと。ゼ・マン候と会うことができ、現在は平民としてつつがなく暮らしていること。ノラーラという魔医の助手になって、励んでいることなどだった。

 あとは、要望をいくつか添えてきたとのこと。


 バクセンと連絡を取り、帝都の相場を調べさせて欲しいとのことだった。


「……なるほど。ゼ・マン候に進言して領地自体の富国に励もうという訳か。悪くない考えだ。しかし、意外にも彼を選んだ理由は聞いてこなかったな」

「興味のないことには、あの子は無頓着ですからね。それだけ、スーを信用しているのでしょう」


 決して信頼はしてくれないでしょうが、と若干引っかかる物言いをするラスベルに、黒髪の魔法使いは大きくため息をつく。目の前にいる側近は、優秀だが、口うるさい。そして、ヘーゼンの立ち入って欲しくない領域すれすれで止まるのだから、なおさら性質たちが悪い。


 そして、ヘーゼンの見解は若干異なる。恐らく、ヤンには意図が伝わっているのだろうと思った。ゼ・マン候と会って、いろいろと話をしていくうちに思い当たったのかもしれない。


「しかし、報告内容がそれだけならば、解読はそこまで時間がかからなかっただろう?」

「……あと、もう2つ。『ラスベル姉様、現在、私はノラーラ先生に悪穴あっけに魔力を流し込む技術を習得させてます(優しく)。でも、帝都の魔医にはゴロゴロいるとつい言ってしまったので、ノラーラ先生が帝都に行くときは、ゴロゴロ用意しておいてください』とのことです」

「……っ」


 いつも冷静なヘーゼンが思わず息を飲んだ。アイツは、いったいなにを言っているのだと。弟子の中でもラスベルとヤンしか習得していない技術だ。それほど扱いが難しく繊細な方法を、帝都の魔医にゴロゴロ教えられる訳がない。


「なぜだか、あの子はこの方法が魔医の基幹技術だと思い込んでいるようです。実際に、調べましたが少なくとも帝都にはこの技術を持った魔医はおられませんでした」

「……」


 ラスベルのジト目に、ヘーゼンはコクリと頷く。表情は冷静。でも、心当たりはガンガンにあった。ヤンに教える時、『近いうちに、この技術は帝都全体に拡がるだろう。魔医の基幹技術になる。現に、お前以外の弟子は全員できる』と言った気がする。というか、言った。


 誤算だったのが、ヤンの潜在能力の高さに気づかなかったことだ。ヤンに習得した後、いざ他の弟子に教えようとした時、誰もこの技術を習得できなかった。

 繊細かつ素早い指の動きと、魔力の威力調節、ピンポイントに悪穴あっけをうがつ集中力。その3つが揃っていないとできないことを、ヘーゼン自身がわかっていなかった。


「……報告前に、ヤンの要望が実現できるかの参考資料をここに置いておきます。これが、帝国に在住する平民魔医の医療レベルの資料。、あの子にそんなことを吹き込んだかの弟子たちの証言。こんなことで能力を疑われるのは、哀しすぎますから」

「ラスベル……すまん」


 ヘーゼンは真摯に謝まりながら、手紙の返信を考える。やっていることは末恐ろしいが、医に目をつける着眼点は悪くない。

 遙か古から、医を制する者が頂点の裏権力を握ってきた。それは、王である権力者の生死を決めるのが医であるからだ。

 しかし、天空宮殿に従事する魔医司の要職には、あまり人材は揃っていないように思うので、そこから攻めるというアプローチは面白いかもしれない。


「しかし、地方の魔医などに教えても、まず習得はできないだろうな。一応、『時間の無駄だこの馬鹿者』と書いておくか」

「……いえ。多分、あの子はやるでしょう。そういう子です」

「……」


 確かに、とヘーゼンは思う。実際、やれそうにない課題をいくつか出したことがあるが、全て何かしらの形で実現してきた。

 以前、血だらけ重傷の身体と引き換えに、魔竜グレイフォンの角をとってきて、『ほ、褒めてください』と自室で倒れていたことがあった。その時は、素直に褒めるのがしゃくだったので、傷口をグリグリと足蹴にしてやったが。

 

「あと、魔力を瞳に込めて診療する技術。その論文も取り下げて欲しいそうです」

「えっ! なんで!」

「つい、使って疑われちゃいました。ごめんなさい、とのことです」

「……っ」


 あ、あの馬鹿とヘーゼンは唸った。あれこそ、一般的に広めたい技術だ。だからこそ、魔医の界隈で論議になっているところ、ヘーゼンはガラにもなく足繁く通っているというのに。まあ、どちらにしろ、先日第一派閥が反論に加わったので却下が濃厚だ。


 ヘーゼンは苦々しく、説教を10ページ追加した。

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