第22話 ネココ達の不満
「納得いかないニャ」
「そうニャ、そうニャ。全然いかないニャ」
辺境の村で一番大きな屋敷、その離れには今、四天王の一家と獣人四魔が住み着いていた。
「もう、そんなこと言わないでよ。これから村に住むんだから役割はあったほうがいいでしょ」
「だからって何でフラウダ様がパシリみたいなことさせられるニャ?」
全身の毛を逆立て、時折シャアア!! と威嚇音を上げる獣人達を前に、フラウダは困ったように頰を掻いた。
「パシリじゃなくて運び屋ね。ネココ達もグラシデアからこの村の状況は聞いたでしょ。幻獣対策は勿論として快適な生活の為にも物資の調達は必要不可欠だよ」
村に住むにあたってグラシデアから、時折でいいので物資の買い出しを行ってくれないかと頼まれたフラウダ。幻想山脈を難なく超える力を持ち、さらには一度に多くの荷物を運搬することのできるフラウダに買い出しを頼むのは至極真っ当な選択ではあるのだが、しかし
「反逆者のくせにフラウダ様を顎で使おうとは……。あっ、ダメニャ。やっぱ我慢できないニャ。ちょっと行ってグラシデアを殺ってくるニャ」
「賛成ニャ。僕も行くニャ」
「私も賛成だわニャ。すぐに行きましょうニャ」
「俺はリーダーについて行くニャ」
「ちょっと、ストップ! ストップってば」
フラウダはグラシデアの元に向かう四魔、そのリーダーに背中から抱きついた。
「もう、君達ってほんと見かけに寄らず沸点低いよね。ほら、ほら。そんな顔してないで笑ってよ」
猫にするかのようにネココの顎下に指を入れると、フラウダは怒れるアサシンの体をくすぐった。
「ニャ、ニャにするニャん? そ、そんなことしたくらいで、私は、私は……ニャアアアン❤️」
「ず、ずるいよニャ! 僕も怒ってるニャ」
「私だってそうよニャ。怒りで身体がはち切れそうだわニャ」
「俺はフラウダ様を愛してるニャ」
「僕も君達を愛してるよ。ほら、おいで、おいで」
フラウダが両手を広げれば、獣人達は元四天王の体にスリスリとその体を何度も擦り付けた。
「よし、よし。少しは落ち着いたかな? 今回の一件、グラシデアは出来ればと前置きを入れていたし、そもそも軍への反逆行為と言うなら僕も一緒だろ」
「フラウダ様はアイツとは違うニャ」
「そうだよ、違うニャ」
「同じにして欲しくはないわねニャ」
「俺はフラウダ様を愛してるニャ」
獣人達の言葉に苦笑するフラウダ。
「ありがと、そう言ってもらえて嬉しいよ。君達がいると本当に心強い」
獣人達のしなやかに鍛えられた肉体を優しく愛撫するフラウダの体は、いつの間にか男性的なものへと変化していた。
「そんな君達だからこそ、手伝って欲しいんだ。ねっ? 僕の為に怒りを抑えてはくれないかな。いいだろ?」
「も、もう、仕方ないニャ。それで? 私達は何をすればいいニャ?」
「何でも言ってよニャ」
「この村ではなくフラウダ様の為に働くわニャ」
「俺はフラウダ様を愛してるニャ」
獣人達の怒りが一先ず収まったのを見て、フラウダの顔に花のような笑みが浮かんだ。
「それじゃあ僕の代わりに二魔で買い出しをお願い。あっ、勿論運搬自体は僕の能力でやるから安心して。買った荷物の近くにこれを植えるだけ、簡単でしょ?」
ネココへと種を渡すフラウダ。獣人達のリーダーは小さなその種を見てそっと息を吐いた。
「まぁ、私達としてもフラウダ様が雑用させられるよりはいいニャけど、残りの二魔は何をすればいいニャ?」
「僕が何も言わなくてもこの村と、あと二つの村を調べるつもりでいたでしょう? そっちをお願い。それとクローナとニアのことを気にかけてあげて。目を離すつもりはないけど、何が起こるか分からないのが世の常だからね」
百戦錬磨の四天王であっても、否、百戦錬磨であるからこそ、フラウダは守ることの難しさをよく知っていた。
「了解ニャ。それじゃあこちらに残るのは私とーー」
「あー!? リーダーだけずるいよニャ。僕もフラウダ様と一緒がいいニャ」
「それを言うなら私だってそうだわニャ」
「俺はリーダーを信じてるニャ」
わいわいと騒がしくチーム分けを行う獣人達。そんな彼女達をフラウダが楽しげに眺めているとーー
スッ、と部屋の襖が開かれた。そして小さな影が矢のような速さでいつの間にか女性らしさを取り戻していたフラウダの胸へと飛び込んだ。
「ママ、ただいま!」
「おっと、ふふ。おかえり。どうだった? お出かけは」
「あのね、あのね、お魚釣ったの。ニアはお姉ちゃんより釣ったんだよ」
「そんなんだ。凄いねニアは」
「エヘヘ」
母親に頭をなでられてご満悦なニア。妹に続いて姉が部屋に入ってきた。
「クローナもお帰り……って、どうしたの? それ?」
クローナは全身泥だらけで、服は所々破れており、よく見れば小さな傷をあちらこちらに負っていた。
「すみません、せっかく買っていただいた服を」
「いや、そんなのはどうでもいいんだけど、何があったの?」
「まさか虐められたニャ?」
「誰にやられたニャ? ちょっと僕に教えるニャ」
「安心していいのよニャ。今後その馬鹿は貴方の顔を見るだけで腰を抜かす哀れな生き物に成り果てるニャ」
「戦争ニャ」
殺気立つ獣人達、そんな彼女達をフラウダはクローナから引き離した。
「はいはい。いいから君たちはチーム分けの続きをしててよ。……それで? 本当に何があったの?」
「あのね、あのね。お姉ちゃんエミちゃんと勝負したの。エミちゃんお姉ちゃんと同じくらい強くて、私ビックリしたの」
「エミちゃんって、エミリアちゃん? グラシデアの娘さんと喧嘩したの?」
「よーし。アイツをぶっ殺す理由がまた一つ増えたニャ」
「今から行こうよニャ」
「賛成だわニャ。善は急げだわニャ」
「戦争ニャ」
短慮な大人達を前にこれは拙いと幼い天才が慌てて声を上げた。
「待ってください! あの、これは喧嘩とかではなくて、単純に腕くらべをした結果なんです。なので皆さんが怒るような事は何もないんです」
「そうなの?」
フラウダの視線はもう一人の当事者である幼子に向けられていたが、ニアは何を聞かれているのかよく分からず不思議そうに目を瞬いた。
「え~と……お姉ちゃんとエミちゃんは仲悪いの?」
「お姉ちゃんとエミちゃんはとっても仲良しだよ。あのね、本当はニア、訓練なんかよりもお散歩したかったの。でもね、二人が楽しそうだから黙ってたんだよ」
「そっか、ニアは優しいね」
「エヘヘ」
「それじゃあ今度ママとお散歩行く?」
「行く!」
フラウダは腕の中で嬉しそうにはしゃぐ娘に頬擦りする。その横ではネココ達がクローナを囲んでーー
「クローナ、今度私達が鍛えてやるニャ」
「そうニャ。だからくれぐれもあのグラシデアの娘には負けないように頑張ってニャ」
「ふふ。面白くなってきたわねニャ」
「戦争ニャ」
「え? いや、あの……えっと、あ、ありがとうございます?」
大人気なさを爆発させて幼子を困らせていた。
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