第10話 偽りの誓い

「本当にいいんだよね?」


 玉座の間。全ての魔なる者達が頭を垂れるその空間で、男とも女ともつかない相貌びぼうが不安に曇った。


「何のことかな?」

「僕の友達がいる村。いくらなんでも魔王国領となった場所に人間の村をそのままにしておくのは拙くない?」

「異なことを言う。あの村の人間に手を出すなと私に言ってきたのは卿だったと思うがな」


 王冠のように輝く黄金の髪と、見る者を惑わす金銀財宝の如き黄金ひとみ。魔王国を統べる男を前にフラウダは拗ねたように頰を膨らませた。


「意地悪言うのやめてくれるかな。僕だって今の魔王国の状況は理解してる。だからあの子達を人間領に返そうとしたのにそれを止めたのは魔王だろ」

「あの村には名の知れた元聖天者もいる。理由もなく逃したとあっては今後の士気に影響も出よう」

「……本当にあの村の子達に手を出す気はないんだよね?」


 獅子の鬣を思わせる黄金かみが愉快げに揺れた。


「卿、王たるこの私の約束を疑うのか?」

「もしも疑っていたらとっくにあの子達を逃してるよ。ただ、魔王があの子達をどうするつもりなのかが分からないだけ」

「卿の注文通り暮らすのに不便のない環境を用意するつもりだ」 

「拷問やエッチな命令をするのもなしだからね」

「徹底させよう」

「王の名にかけて?」

「魔王として誓う。そう以前にも言ったはずだが?」


 そこでようやく不安げだったフラウダの顔に花のような笑みが浮かぶ。


「ごめん、ごめん。最近の魔王、昔に比べてよく分からない行動が増えたから少し気になっちゃって」

「卿は変わらんな。私の元にいた時からずっと卿は卿のままだ」

「いや、さすがにそれはないでしょ。あれから何百年経ったと思ってるの?」

「卿が二百超えで嬉しい限りだ。いや、卿に限らずあの頃の世代は今や魔王国の中核をなすほどに成長した。魔王園の設立者として嬉しい限りだよ」


 人間に比べて遥かに長寿な魔族はその寿命も個体によってまちまちで、最初の壁である百を超えた者を百越え、次の百年を超えた者を二百超えという風に言い表す。


 フラウダは千超えを果たした魔王国最強の男へとからかうような笑みを浮かべた。


「何ならまた魔王園の園長やったら? きっとあそこの子供達も喜ぶよ」

「考えておこう。それと話は変わるが卿に仕事だ。この手紙をマルダの所にまで持っていって欲しい」

「えー? マルダの所に? 結構距離あるじゃん。というかそれ四天王の仕事じゃなくない?」

「それだけ重要な手紙なのだよ。それに私は卿の頼みを聞いたというのに卿は私の頼みを聞いてはくれないのかな?」

「うっ。……はぁ。分かったよ。四天王フラウダ、その仕事謹んでお受け致します」

「それでいい。なに、簡単な仕事だ。そしてその仕事が終われば例の村に立ち寄ることを許そう」

「ほんと? あっ、じゃあナシナシの果実持っていこうかな。以前、聖亜に話したら食べたいって言ってたんだよね。差し入れとか別にいいよね?」

「武器以外の物であれば好きにするがいい。私もそれ程無粋ではない」

「流石魔王。じゃあちょっと行ってくるよ」

「ああ。……フラウダ」

「ん? なに、まだ何かあるの?」

「気を付けて行ってくるがいい。あまり私を待たせないようにな」

「アハハ。そのセリフ、なんだか園にいた頃の魔王みたいだね」


 そして笑顔で魔王と別れたフラウダは与えられた命令をこなした後、魔王国領内に唯一許された人間の村へと立ち寄った。


 そこで見たものはーー


「えっ? ……どういうこと?」


 両手一杯に抱えられていた荷物が地面に落ちる。死体に群がっていたカラスが空へと飛び立った。


「せ、聖亜?」


 焼け落ちた炭で出来た巨大な黒い廃墟。その前には磷にされた無数の死体。死体は老若男女問わず全裸で、その損傷具合から暴虐の限りを尽くされたのが見て取れた。


「あっ……えっと、その……ほ、ほら。君が食べたいって言ってた果物持ってきたよ。これ、凄く希少なんだけど、珍しく君がほしがってたから。だから僕は……僕、は……」


 泥に塗れた果実へと伸びかけたフラウダの掌が途中でその形を変える。


 ドォオオオン!!


 叩きつけられたそれが地獄と化した村を揺らした。


「……一度だけ聞くよ。何があった? いや、何をしたんだ? 僕の、俺の友人に」


 中性的だった体が精悍な男のものへと変わり、フラウダの周りに美しくも禍々しい色彩の花々が咲き誇る。


「答えろ!!」


 赤く輝く瞳が見ているのは無残な友人の姿ではなく、その向こうにいるーー


 

 パチリ! と目が覚めた。



「……嫌な夢見たなぁ」


 小さな光を放つ天井を見上げながらフラウダは溜息を付いた。


(あれ? なんで電気消してないんだっけ?)


 宿の術式に魔力を提供すれば使い放題とはいえ、このご時世、無駄な魔力消費を抑えるのが一般的な共通認識となっている。そしてフラウダも特にその考えに反対ではなかった。それ故に最も消費の少ない光量とはいえ、電気を完全に消さなかった自分の行動を不思議に思っているとーー


「ママァ」


 すがりつくような声、いや実際胸に何かしがみついていた。


「ああ、そっか。そうだったね」


 自分にひっついて寝息を立てている幼児の頭を元四天王は優しくなでた。


(真っ暗は嫌だってニアが言うから電気けさなかったんだ)


 よほど外出が楽しかったのだろう。はしゃぎ疲れた幼子達はベッドの上で深い眠りについている。


(残りは持ち帰りにしたとはいえ、流石にケーキ五つは多かったかな? 魔族の血も流れてるから大丈夫だろうけど、今度からはちゃんと注意しないと。……いや、でもなぁ~)


 初めて食べるケーキに瞳を輝かせて、もっと食べたいとねだる娘の顔を思い出すと、ダメと言える気がまったくしなかった。


(てっきりクローナが止めると思ったんだけど、やっぱりちゃんとしててもまだまだ子供だね)


 ニア程密着はしてないが、同じベッドで寝ているもう一人の娘の頰をフラウダは微笑みながら突っついた。


(ニアは甘いものと可愛いものが、クローナはお肉と本が好き……か。今から行く辺境にもあればいいんだけど)


 たまには都会のしがらみを忘れて田舎でのんびり暮らすのも悪くない。そんな逃亡中の兵士にあるまじき感覚で辺境を目指していたフラウダだが、娘を二人もったことで行動に慎重さが芽生え始めていた。


(でも都会だと魔王軍に補足されやすいし、そういう意味ではやっぱり辺境に行くべきかな? うーん。何にしろ僕一魔では色々限界があるな)


 魔族の中でもトップクラスの実力を持つフラウダではあるが、百戦錬磨の四天王であるからこそ群れの力を侮ってはいなかった。


(とにかくフレイアナハスとだけは絶対に出会わないよう気を付けないと。その為には……)


 部屋の中に甘い香りが満ちる。それは子供達をより深い眠りへと誘った。


「ちょっと出掛けてくるけど、すぐ帰ってくるからね」


 元四天王は二人の娘にキスをして部屋を出る。程なくして幼子達が眠る部屋を優しくも強靭な植物ゆりかごが包み込んだ。

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