黒髪・白セーラー・ハサミVS生首タコ野郎
夜の暗がりでもわかるくらいの、艶やかでまっすぐ、きらきらの黒髪だった。せっかく脱色したのにくすんだ色にしかならなかったアタシの髪が悲しくなるほどキレイだった。まっすぐ睨みつける瞳が力強くて、そこにも見とれてしまう。その視線の先で中程から断ち切られた触手が身をよじっている。
着ている制服は見たことがない学校のセーラー服だった。不思議なのはスカーフもカラーもスカートも白一色なことで、この暗闇ではよく見えるけどシンプルすぎて逆に特徴的だ。
びっくりしたのは片手にぶら下げているものだった。とんでもなくでっかい鋏。美容院で見るような形だけど、こんな大きさのものが売ってるはずがない。学校で大きな三角定規やコンパスとかはあるけど、こんなものが必要になる場面なんて――あ、今触手をこれで切ったの? だったらこういうときに必要になるわけね。常識はずれのことばかりでアタシの頭の中もちょっとズレている。
彼女の髪と同じ用に艶やかな黒一色の刃先。これで触手を切って、アタシを助けてくれた。
「ねえあんた、これって何がどうなってるの!? 洪水? あの化け物は何!」
助かったと思うと疑問を一気にまくしたてた。彼女はちらりとこっちを向いて、すぐ正面に視線を戻した。その瞳がウサギみたいに紅いのが分かって、アタシはその輝きにうっかり黙り込んだ。
「それだけしゃべれるなら無事ね。大人しくしてて」
整った唇から聞こえた怜悧な響き。直後、触手が彼女めがけて飛んでくる。
「あぶな――」
アタシが叫ぶ前に、彼女のハサミを持つ両手がすごい速さで動いた。立て続けに二回開閉し、シャキンという小気味良い音を響かせると二本の触手がすっぱり切れてぼちゃん、ぼちゃんと海面に落ちてしぶきをあげた。
三本も触手を切られて痛かったのか、海面が大きく荒れた。触手だけじゃない、巨大な体が暗い海から見え隠れしている。
「ざ、ざまーみろ、このタコ!!」
アタシは彼女の影に隠れるようにしながら、調子に乗って海に向かって叫んだ。
答えるように、触手で滑り台の上に這い上がるようにして、荒れる波間からそいつが頭を出す。
髪の毛のない、巨大な人間の頭。飛び出そうなほど大きな目玉がぎょろぎょろと動き、不揃いで汚ならしい歯が剥きだしになり、顎の下からは首ではなく八本の触手が伸びている。
「ウソ、どうなってるのあの体……」
馬鹿デカい生首から触手が伸びているとしか言えない有様。
「文字通りの頭足類ってわけかしら。どうせまた悪趣味な人体実験ね」
アタシに答えるでもなく黒白の彼女が呟いた言葉を聞きとがめるヒマはなかった。
「おんな、おんなああああ」
公園の海に浮かぶ巨大な生首が喚いて、アタシたちの足元が大きく揺れる。暗い海を見下ろせば、生首タコ野郎の無事な触手のうち二本がせんすいかんを掴んでいた。
揺さぶられるせんすいかん――丸い土管の上でアタシのスニーカーの底が滑る。
「ちょ、ちょっと……」
公園の海に落ちそうになって、彼女の肘の辺りを掴む。彼女はハサミを構えてジャンプするところだった。
「どっか逃げるならアタシもつれて行ってよ!」
置いてかれてたまるか!
「逃げる? 冗談じゃないわ」
黒々とした前髪の下から、紅い瞳がキッとこちらを睨む。その眼差しの強さが、なんだか眩しくて思わず目を逸らす。
「アイツを裁断して、アンタを家に帰して、それでお終いにするだけよ!」
グラグラと揺れる足場でキッパリ言い切る声が耳を打った。
アタシが彼女に見とれている間に、生首タコ野郎が甲高い叫びを上げてアタシたちに近づいてきた。足場がひときわ大きく揺れ、拍子でアタシたちの足が宙に浮いて、投げ出される。
「も、もうダメ――!?」
生首が嫌らしい目つきになって、これまたデカい口を大きく開いた。サメみたいな歯がアタシと彼女に迫ってくる。噛みつかれる、と思ったとき、ギロチンじみた勢いががくんと止まった。
生首の目が瞬きした。その上顎と下顎の間に、倍以上に伸びた真っ黒いハサミがつっかえ棒のように食い込んでて――それ以上顎が閉じない。
彼女はハサミの腹の部分を蹴って化け物の口から飛び出し、アタシの体を器用に抱えてジャングルジムに着地した。
「掴まってなさい」
回されていた腕が離れ、慌ててジャングルジムの鉄棒を掴む。
いつの間にかその手には新しいハサミが握られていて、ふつうの大きさだったそれがあっという間に身長以上に長く伸びる。
「おんなああああああああああああ」
生首タコ野郎が眉をつり上げた憤怒の形相で波をかき分けてくる。キモくてぞっとするアタシを余所に、彼女は腕を折り畳み、弓を引くようにハサミを構えた。その刃先が少しだけ開く。
「ああああああぁ」
生首が触手で跳ね、海面から飛び出してロケットよろしく向かってくる。
迎え撃つように、ハサミを持つ手が矢のように突き出された。黒い刃先がぐんぐん伸びて、瞬時に生首タコ野郎に突き刺さり、刃先が閉まる。
生首の顎の下、うねうね動く触手が根こそぎ全部ばっさり切り飛ばされる。
「ぐぎゃあああああああああああああ」
体液と唾と悲鳴をまき散らしながら頭だけになった生首が海に叩きつけられる。気を失ったのか、白目を向いて動かない。
「やった!!」
「このままトドメよ」
彼女の右手の中でハサミがふつうの文房具の大きさまで縮む。
え、そのままそのハサミでやるんじゃないの……と思っていると左手に別のハサミが現れた。U字型の黒い和ばさみだった。
それで何を、と首を傾げる前に彼女が頭に向かって跳んだ。小さなその和ばさみが髪の毛のない脳天に突き立てられようとしたとき、突然彼女の体が真横に弾かれる。
「ちょっと、大丈夫!?」
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