第四章その3
放課後、一度解散して翔は太一と自転車に乗り、水道町交差点近くのコンビニでメモ帳を買うとブレザーのポケットに忍ばせ、筆箱から三色ボールペンを取り出して胸ポケットに引っ掛ける。
「よし太一、行こうか」
「ああ、今頃首を長くして待ってるぜ」
太一は自転車に跨いだまま待っていた。彩は自転車を持ってないので舞の自転車に乗せてもらい、通町筋側の下通アーケード入口で合流予定だ。合流場所に来ると周囲は放課後を楽しむ学生で溢れ返り、細高の生徒もあちこちにいた。
「二人ともお待たせ、それじゃあ作戦開始と言いたいけど……一つ肝心なことを忘れてない?」
何を言ってるんだ太一、これから放課後のダブルデートを装っ――それで翔は肝心なことに気付く、どのペアで行くんだと思いながら表情を強張らせると、彩も気付いたのか恥ずかしそうに両手の人差し指をツンツンさせる。
「ええっと……もしかして誰と誰がお付き合いをしていることにすること?」
「!? そうだったわ……目立つように装うとは言え、付き合ってるふりをするなら柴谷君か真島君とデートするわけね」
気付いた舞も深刻な表情を見せると、すぐにいいアイディアを思いついたのかパッと晴れやかな表情になる。
「そうだ! いい方法があるわよ! 私は彩と! 柴谷君は真島君と付き合ってるってことにすればいいじゃない!」
「却下! っていうかいろんな意味でアウトだアウト!! 俺にそっちの気はないぞ!!」
翔はいろんな意味で身を危険を感じながらアイディアを退ける。
「でも同性愛って案外珍しいものじゃないわよ、ねぇ彩」
舞は彩に目を向けるとなんの躊躇いもなく肯いた。
「うん、萌葱ちゃんも言ってたわ……同性愛っていうのは異性愛にはない、美しい愛の形があるんだって!」
まさかと思うが彩の言うことが本当なら、萌葱は漫研で所謂
「中沢、提案としては素晴らしいと思うけどインパクトが強過ぎて明日学校中で大騒ぎになるよ。というわけで僕の彼女役は中沢で」
「わかったわ……真島君、彩に何かしたら去勢するからね」
舞はまるで初めて四人で食べた時に見せた負のオーラを放ちながら睨み、翔は「あっ、ああ……」とうろたえながら肯くと彩は楽しんでるのか、ぽわぽわとした和やかな微笑みを見せる。
「よろしくね真島君」
「ああ、よろしく頼む……」
翔は頬を赤らめながら視線をそらし、右手の人差し指で頬を掻くと舞は不満げに腕を組み、尖った口調になる。
「それじゃあ、横一列で歩いて、私と彩は内側にいて、柴谷君と真島君は彼女役の隣ね!」
「舞ちゃん、そんなにカリカリしないで楽しくやりましょう」
「わ……わかってるけど彩……わかってるんだけど」
彩に諭されて舞は複雑な表情を見せながら肯くと、舞は自転車を押しながらアーケード街の道の真ん中まで立つ。
「なにやってるのみんな、目立つんなら真ん中の方がいいでしょ?」
「はいはい、わかってるよ中沢」
舞に急かされ、太一も自転車を押して急ぐと翔は胸をドキドキさせながら彩と顔を合わせる。
「それじゃあ……行こうか?」
「うん、行きましょう」
彩は朗らかな笑みで肯き、舞の隣に立って歩く。翔はその反対側に立って自転車を押して歩く、太一は危険な賭けに出てるにも関わらず楽しそうだ。
「さて、本当に補導員や先生は現れるのか? 鬼が出るか蛇が出るか? 楽しみだね」
「太一……随分図太い神経だな」
翔は今、自分たちがやってることは狙撃兵(スナイパー)に狙われるようにアピールしてる歩兵のようだと思いながら言うが、彩は同感なのか笑みを絶やさない。
「なんでも楽しむっていうの、結構大事だと思うよ……一度っきりの人生なら思いっきり楽しまなきゃ!」
「そうか……この時は今しかない……ということは……僕たちの時間を僕たちのものにする?」
翔は何げなく言うと舞は珍しく素直に褒める。
「あら……良いこと言うじゃない真島君! そうよ。彩、柴谷君、私たちの時間を私たちのものにしましょう!」
素直に褒める舞に太一も珍し気に言う。
「随分素直に褒めるね中沢、共感したのかい?」
「ええ、柴谷君のように大人や先生たちを出し抜いて不意打ちを与えるという根暗な目的が馬鹿になるくらい前向きだわ! 本当にやりたこと、いいえやるべきことが見つかったわ彩! どう?」
舞の眼差しは見違えるほど真っ直ぐだ、彩はぽわっとした笑みで肯く。
「うん、あたしたちの時間はあたしたちのもの……素敵なことよ。でも何より、舞ちゃんがこうして素直で真っ直ぐな眼差しを見せてくれたことよ、それが一番嬉しいわ」
「なあっ!? わ、わ、わ、わ、私はただ……いいと思っただけよ!」
舞は水蒸気を噴き出しそうな程耳まで赤くすると、太一がニヤけて教える。
「神代さん、中沢は実は褒められると弱いんだよ」
「あらまぁ、舞ちゃんそうなんだ?」
彩はまるで小さな子供を慈しむ若いお母さんみたいだと、翔は思わず口元を緩めると舞はブルブル震えながら罵る。
「何ニヤニヤしてるのよ真島君、キモッ! そんなに女の子の恥じらう姿を見て興奮してるの? 変態!」
舞は照れ隠しで言ってるんだろう、翔はなんとなくわかってる気がした。
「いや、中沢さんって無口で無愛想かと思ってたけど……本当はよく喋るんだね」
「そうよ、舞ちゃん本当は恥ずかしがりやで寂しがりやさんなのよ」
彩のぽわぽわっとした和みオーラを放ちながら舞の頭を撫でて、舞の放つ負のオーラを清めてしまうほどの威力だった。舞は恥ずかしそうに下を向いて震える。
「あんたたち……本来の目的忘れてない?」
「忘れるわけないだろ……翔、九時の方向だ」
太一は微笑みながらも鋭い眼光で言うと翔はすぐに左方向を向くと、買い物に行く主婦かと思うような五〇歳くらいの白髪の眼鏡をかけたおばさんが、真っ直ぐこっちに歩み寄ってきた。
「あなたたち、ちょっといいかしら?」
声をかけられた瞬間、翔は一瞬で目の色を変えて舞はいつもの無表情に戻った。彩は緊張した面持ちに変わる、入学式の新入生代表挨拶もこんな感じだったのかもしれない。
「何か御用でしょうか?」
さすが太一だ。鋭い眼光を瞬き一つで柔らかな眼差しに変わり、微笑みの貴公子と呼ぶに相応しい韓流スターのような笑顔を見せる。その間彩は周りの視線を気にしてるかのような素振りだ、太一は口調も応対も柔らかいが、雑談に持ち込んで質問もさりげなくしている。
「それじゃあということは……ボランティアで見回りされてる方は細高のOBで僕たちの先輩方なんですね」
「そうなのよ、最近の子たちって規則を守らない子たちが多いからね。私たちが校則を守って勉強に励んできたんだからそれをお手本にするの、気をつけて帰りなさいよ」
一五分ほど太一は雑談してようやく解放される。少し歩くと翔はメモを取り出して日時と現在地を書くと舞は少し考えながら言う。
「年齢は四九歳から……六〇歳手前ね」
「女の人一人だけだったけど……他にもこっちを見てる人がいたわ、男の人が二人で女の人が一人」
彩も太一が対応してる間、周囲を見回していたのは他に仲間がいないか確かめていた。メモを取りながら太一から特徴を聞く。
「特徴は嫉妬深くて、粘着質で湿っぽい感じかな? 人当たりはいいけど思い通りにいかないとヒステリックになるタイプだね」
「よくわかるな太一、性格まで見抜けるのか?」
「なんとなく思っただけさ」
太一はそれだけ言うと、自転車を押してまた歩き始める。
それから放課後は毎日、熊本市繁華街へ寄り道という名の情報収集を行った。舞曰く「あいつらへの反抗の意味を込めて」と言って毎日四人で昼休みを過ごし、一緒に帰ると決め込んでいたが、舞は彩と過ごして太一や翔とのふざけ合い、罵り合い、おちょくり合うのを明らかに楽しそうにしていた。
その間にも翔は学校裏サイトで情報を集めて書き込みは誹謗中傷で溢れる中、同時に有力な情報も手に入れた。
週末は私服で男女混合で外出しても、目立つような行動をしなければ見つかりにくく生徒指導の江本先生や幸長先生の前を通っても声をかけられず、むしろ制服姿の方が逆に目立ってしまうという。
金曜日の放課後、情報収集という名の寄り道の帰りにそのことを話してみた。
「――ということだが、どう思う?」
「私の推測だけど……声をかけられなかったのはきっと顔を覚えられなかったからかも? 帽子を被ったり伊達メガネをしたり、髪を結んだりあるいは解いたりして印象を変えたりしてたのかもしれないわね……例えば学校にいる時は地味にして、休日は派手な格好で印象を変える」
なるほど舞の言う通り普段の印象が違えば一目見た時、人違いかと思ってしまう。太一は案の定というか、悪戯を思いついた小さな子供のように微笑む。
「それなら、明日の土曜日は私服で、というのはどう? 勿論リスクは大きいけどね」
「うん、舞ちゃんの言う通り普段とは違う印象で会えば、わからないことあるかも? あっ、でももし見つかっても不純異性交遊に見えないよう二手に分かれて行こうか」
彩は乗るつもりらしい、それならと翔は思ったことを口にする。
「私服で行くなら目立つ目立たないよりも、街の風景に溶け込むような服装がいいな」
「名案ね真島君。彩、明日を楽しみにしてるわ……」
舞は肯くと落ち着いた微笑みで彩に言う、太一は悪戯小僧のような笑みになる。
「中沢、神代さんと週末のお出かけがそんなに楽しみなのようだね」
「それ以上言ったら頭蓋骨に穴空けて前頭葉切り取るわよ」
冷やかす太一に舞は相変わらず冷たく容赦ない眼差しと暴言を浴びさせる、翔は漠然とした気持ちを口にする。
「明日はみんなで町でブラブラか……情報収集と聞こえはいいが」
「あら、行きたくないのなら行かなくていいわ。おとなしく家に引きこもってゲームでもしていた方が安全だからね」
「確かに中沢さんの言う通り、この危険な綱渡り……いや、丸腰でサラエボの
翔は行くつもりだ。明日は天気がいい、外に出ないのは勿体ないからだ。それに最近、中学時代では考えられないほど生活が充実してるような気がするのだ。
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